朝起きていつも通り登校すれば、昇降口で会長を見付ける。
「あ」と声を漏らせば、会長も俺に気付いたらしい。
こちらを振り返り、にこりと微笑む。


「齋藤君、おはよう」

「あ、おはようございま……ふぎゃっ!」


す、と言いかけた矢先のことだった。
駆け寄ろうとした先、ぬっと伸びてきた誰かのつま先に思いっきり躓き、派手に転倒する。
顔面から床に突っ込み、泣きそうになりながら顔を上げれば目の前にはミニスカートから伸びる黒ハイソに包まれた細く引き締まった脚。
因みにここは男子校だ。
つまり、これも。


「あっはっはっ!どんくせぇやつ」


聞こえてきたのは予想していた人物の笑い声。
俺を見下ろす櫻田は悪びれた様子もなく、それどころか開き直っている。この清々しさ。
そんな櫻田の隣、呆れたような顔をした芳川会長は膝をつき、俺の手を引っ張って立ち上がらせてくれる。


「櫻田君、君ってやつは……。おい、齋藤君、大丈夫か。怪我はないか?」


櫻田に引っ掛けられたとはいえ、ど派手に転んだ姿を見られて素面でいるのはなかなか難しい。
顔が熱くなって、よろよろと立ち上がった俺は「す、すみません……大丈夫です」と頭を下げながら制服の埃を払う。
しかし、すぐに険しい顔をした芳川会長に腕を掴まれた。
ビックリして、思わず会長を見上げる。


「無理をするな。腕、擦りむいてるじゃないか」

「あ、ほんとに俺……」


大丈夫です、と言い掛けたのと腕に芳川会長の顔が近付いたのはほぼ同時だった。
肘の近く、擦り傷にぬるりと舌が這わされ、まさか舐められるとは思ってもいなかった俺は思わず「ひぃっ」と悲鳴を漏らす。


「かっか、かかかか会長……っ」


な、なにをしているんだ、この人は。
顔から火が吹き出しそうになり、いきなりの出来事に頭が追い付かずに全身が緊張する。
あわわわと狼狽える俺とは対照的に相変わらずケロッとした芳川会長は、俺から腕を離すとともに少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「悪いな、今絆創膏切らしているんだ」

「や、あの、大丈夫です。ご、ごめんなさい」


なんで俺が照れなければならないのか。
そういくら自問しても顔は熱くなるばかりで。


「そうか。しかし、あとからでも保健室へ行った方がいい。痕になったら大変だからな」


「せっかく綺麗な手をしているのだから大切にしなくては」そう笑いながら掌を指で撫でられ、触れられた箇所が緊張のあまりじんと熱くなる。
いや、そこ肘だし手関係ないしと言い返すこともできず、ただ芳川会長のペースに呑まれてしまった俺はどうすればいいのかわからずただ唖然とアホヅラで会長を見詰めた。


「か、会長……はっ!」


そして、会長の背後。
禍々しい殺意を全身から滲ませた般若のような櫻田と目があい、そこでようやく俺はここが昇降口だということを思い出す。


「すっ、すみません、俺、失礼します!」


このままではまずい。
次第に人の目も増え、また良からぬ噂を流される前に俺は慌ててその場を立ち去ることにした。
背後は振り返らない。
まあ、ただ単に、櫻田から逃げたいというのもあるけれど。
というか、多分そっちが本命だろう。

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