「ゆうき君」


自分用に用意したお茶をちびちび飲んでたら不意に名前を呼ばれる。


「なに?」

「なんでそっち座るの?」


一瞬言葉の意味がわからず「え?」と聞き返せば、阿佐美はつまらなさそうに唇を尖らせた。
そして、ばふんと空いた隣のクッションを叩く。


「とーなーり。もっとこっち来なよ」

「え、でも……」

「いいから、早く」


有無を言わせない雰囲気を纏う阿佐美に気圧され、渋々立ち上がった俺はやつの隣に移動する。

やっぱり、変だ。
なにかがおかしい。
しかし見た目、声、どれも阿佐美張本人に間違いない。

思いながら、こそっと隣の長身を見上げようとしたときだった。
ぐ、と肩を掴まれる。


「あの、詩織……?」


大きな手に握り潰されそうになる肩と目の前の長い前髪で半分隠れた阿佐美の顔を交互に見た。
なにも言わずにそのまま顔を近付けてくる阿佐美に思わず後退りすれば、不意にふわりと甘い薫りが鼻腔を擽った。

……香水?
いや、でも阿佐美は香水なんてつけなかったはずだ。

そこまで考えていると、気付いたら阿佐美の鼻先が数センチ先にまで近付いていた。
しかもなんか、押し倒されてるような体勢になってて、デジャヴに青ざめた俺は慌てて目の前の阿佐美の胸を押し返す。
しかしビクともしない。


「ちょ、待って、なに……」


段々不安になって、泣きそうになったときだった。


「あっちゃん!!」


バン、と勢いよくリビングの扉が開いたと思ったと同時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
何事かと扉に目を向けた俺はそのまま硬直する。


「ぁ……あぁ……っ」

「やっと見付けたよ、あっちゃん!いきなり人を閉じ込めてどういうつも……ゆ、佑樹くん!」


赤い髪を振り乱し、眉を寄せる闖入者もとい阿賀松伊織は青ざめる俺に気づいたのか呆れたような顔をする。
いつもは見せないような困惑した顔をし情けない声を上げる阿賀松にこちらまで困惑せずにいられなくて。

しかも、それに、あっちゃんって。

いつも阿佐美が阿賀松を呼ぶときの愛称を口にしそれを阿佐美に向かって使う阿賀松。
矛盾したそれらが勢いよく頭の中で論理付かれていく。
そして、一つの可能性に俺は目を見開き目の前の阿佐美『のフリをしたそいつ』を見た。


「あが、まつ……せんぱい……?」

「せいかーい」


そうだらしなく唇の両端を持ち上げ三日月型の特徴的な笑みを浮かべた阿佐美、もとい阿佐美のコスプレをした阿賀松伊織本人はべえと舌を出す。
その肉に埋め込まれた銀色の球体には死にそうな顔をした自分がこちらを見ていた。

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