縁と阿賀松が部屋に引っ込んで数分。
その間ずっと玄関に放置されていた俺は喉の乾き諸々で死にそうになっていた。
冷蔵庫はある。
無駄にでかいのが。
だけど首輪が邪魔で冷蔵庫まで寄ることが出来ず、なにか棒のようなものがあればなんかこう頑張ることもできたのかもしれないが俺の周囲には何もない。
あっても靴くらいだ。嗅ぐ以外の使い道はない。いや、嗅がないけども。

唾液を飲み込んでなんとかこの飢えを誤魔化そうとしていたとき、ふと、傍に人の気配。
小さく軋むフローリングに反応し、ゆっくりと顔を上げればそこにはにっこりと微笑む縁がいた。


「や、齋藤君。生きてる?」

「縁、せんぱ」


そう、返事をしようとした時。
しっと、縁は唇に人差し指を添えた。
静かにしろのジェスチャー。


「静かに。伊織にバレたら怒られるから」


そういって、縁は背後に隠していたなにかを俺の前に差し出す。
それは新品と思しき特濃牛乳パックだった。


「ほら、喉乾いたっしょ?」

「あ……ありがとうございます!」

「いいよ、気にしなくても。ほら、たくさん飲んでいいからね」


一瞬、縁が天使のように見えた。
その優しさに泣きそうになって目を輝かせた時、目の前にもう一つ何かが置かれる。
それは皿のように見えた。
犬用の。


「あ、あの……せんぱ……」

「ん?どうしたの?もしかして、牛乳嫌い?」


言いながらもとぷとぷとぷと犬用の皿に牛乳を注いでいく縁。
これは、ボケなのだろうか。なにか試されているのだろうか。
どうすればいいのか素で狼狽えたが、断ってしまったらこのまま牛乳をお預けされてしまいそうな雰囲気を感じ、俺は「これはおかしいぞ」と声を上げる自分を押し殺し、無理矢理笑みを作った。


「いえ、大丈夫です……いただきます」


そう言って、自由の効かない体をなんとか起こし、皿に顔を寄せた俺はそのまま牛乳に顔面から突っ込んでしまわぬよう舌を突き出し、ある程度の体勢を保った状態で皿の牛乳を舐める。
舌が攣りそうだ。
全身が、辛い。
だけど、顔面から突っ込んでこぼして更に阿賀松に怒られるようなことにだけはなってはならない。
そんなことを思いながらも、必死に中の液体を舌で掬うくらいには牛乳は美味しくて、俺の渇きを潤してくれた。


「……ん、ぅ……っ」


それにしても、もどかしい。
ストローがあればいいのだろうが。
なんて思いながら、一旦体を休ませるために皿から顔を離した時。
にこにこと笑いながら俺を見下ろしていた縁と目が合った。


「齋藤君はよく飲むねぇ。美味しい?」


心なしか、鼻息が荒い。
なんとなく怖気付きながらも、俺はこくりと頷けば更に縁は笑みを深くした。


「なら、もっと飲みなよ」


「直接ね」そういって、自分のベルトに手を掛ける縁に俺は牛乳を噴き出しそうになった。
あまりにも優しい縁にうっすらと予感はしていたが、ここまでわかりやすい人とは思わなかった。否、思いたくなかった。
面倒なのか下着ごとずり下げ、徐にそれを取り出す縁に蒼白になる俺は慌てて後ずさる。
背後には壁。
よし、終わった。

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