休日の学生寮。
普段ならばゆっくりベッドの中で寛いでいるはずの早朝、阿賀松に呼び出された俺はやつの部屋の中転がっていた。
そう、文字通り転がっていた。
手首と足首を縛られて、柱にぐるぐる巻きに取り付けられたリードと繋がった首輪を嵌めさせられて。


「おはよー伊織……って、うわっ!どうしたの齋藤君。今度はなにやらかしたの」

「……」


阿賀松の部屋の扉が開いたと思えば、縁がやってきた。
両手には一階、ショッピングモールの買い物袋。
どうやらパシられていたようだ。
俺は無言で俯いた。
だって、俺自身もどうしてこうなったのかわからないのだから答え用がないのだ。


「うるせえぞ、方人」


興味津々になって俺の前に座り込んで話し掛けてくる縁に狼狽えてると、寝室の扉が開き、現れた阿賀松に全身が強張った。
いつも以上に目付きの悪い阿賀松はどこからどうみても触るな危険状態で。
「あ、伊織」と、立ち上がった縁も阿賀松の姿を見るなり僅かに顔を引き攣らせる。


「え、なになに、一段と機嫌悪いねー」

「別に悪くねえよ。どっかの愚図がヘマをやらかしたせいでその尻拭いに追われているだけだ」


ちくちくちくと言葉に含められた棘が刺さってくるようだ。
まるで、というか確実にどっかの愚図というのは俺のことだろう。
更に俺は小さくなる。


「ご、ごめんなさい……」

「人語喋んなっつってんだろうが!」

「ひぃっ!」


怒鳴られ、慌てて俺は体を捩らせ壁の隅へと避難する。

元はと言えば、呼び出されたとき阿賀松の機嫌は悪くなかった。
暇だからなにか面白いことをしろと無茶振りされて狼狽えているところに全裸でケツ文字しろと更に無茶振りされたりはしたが、いつもより機嫌はいい方だっただろう。
だけど。


『ゆうき君、なにこれ』

『え、あの、先輩がお腹減ったって言ってたので、その、棚にあったもの使ってちょっと作ってみたんですけど……』

『お前、俺に犬の餌食えっていうのか?』


その瞬間、阿賀松の機嫌メーターが勢い良く降下して限界突破するのが目に見えるようだった。
言葉のアヤだと思って棚にあったのを確認してみれば、確かにそこには犬の絵が描いてあって。
だってパッケージの文字全部外国語だし写真肉だったしてっきりジャーキーかと思って……というか先輩犬好きなんですか、そんなもの棚に並べないでくださいとかなんやかんやなっているうちに現在に至る。因みに俺の作った犬の餌入り料理は阿賀松に食わされ、現在俺の腹にいる。味はなかなかだったのに、食わず嫌いなんて、と思わずにはいられなかったがこれ以上は犬小屋に放り込まれそうなので大人しく口を閉じることにする。


「うぅ……」

「なんか知らねえけど、大変だねえ齋藤君も」

「方人、それに話し掛けんじゃねえよ。犬くせぇのが感染る」

「酷いなー。ったく、頑張ってね、齋藤君」


ぽんぽんと横たわる俺の頭を撫でる縁はそれだけを言い残し阿賀松の元へ向かう。
ああ、縁、たまにあれだけどやっぱり良い人だなぁ。
床の冷たさしか感じていない俺にとって縁の言葉は暖かく、染み渡るようだった。
じーんと感動しながら俺は頑張りますと視線で応える。
伝わったかはわからない。
というか、なにを頑張ればいいのだろうか。床と戯れればいいのだろうか。
俺はもうわけがわからない。

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