自室の前までやってきたとき、ふと、扉の前に見知った姿を見つけた。


「縁先輩!」

「おかえり、齋藤君。デートはどうだった?楽しかった?」

「だからデートじゃ……って、待ってたんですか?」

「そりゃねえ、そろそろ着くなんて連絡もらったら待たないわけには行かないじゃん」


そう、笑いながら俺に歩み寄ってくる縁はそのまま軽くハグをしてくる。
すぐに離してくれたが、場所を選ばない縁には毎度毎度驚かされる。


「でも、せっかくのデートなんだから泊まってきたら良かったのに」

「……なに、言ってるんですか。志摩とはそういうのじゃないんですって」

「そう思ってるのは齋藤君だけだったりして、ねえ?」


本当、人がいなくてよかった。
ニヤニヤと笑いながら迫ってくる縁に壁際まであっと言う間に追い詰められた俺は、そのまま顔を寄せてくる縁の口元を慌てて手で塞いだ。


「もう、どさくさ紛れてなにするんですか……っ!」

「……齋藤君てばつれないなー。俺がどんな気持ちで君を待ってたのか知ってるくせに」


そう、大袈裟に悲しむ縁だが、その言葉に俺はなにも言えなくなる。

前々から、縁にはあまり志摩と付き合うな、と言われていた。
だけど、俺にとっては志摩は数少ない大切な友達だし、縁が思うようなことはない、そう言い続けているのだが、俺も一応男だ。縁の気持ちはわかった。
だからこそ、目の前で拗ねる先輩を冷たく突っぱねることはできなくて。


「……今日は、許してくれてありがとうございます」


「それと、我儘言ってすみませんでした」そう、縁の頭にそっと手を伸ばした俺は、そのまま恐る恐る青い髪を撫でた。
心地よさそうに目を細める縁はうっとりと微笑み、そして、ゆっくりと唇を重ねてくる。
今は慣れたその柔らかく温かい熱に僅かに身動いだときだった。


人気のない通路に、カチャリとなにかが落ちる音が響く。
びくりと飛び上がり、音のする方へと目を向けた俺は、そのまま硬直する。

そこには目を見開いた志摩がいて、その足元にはキーホルダーが落ちていて。
あのとき志摩が選んだものとは違う色違いのそのそれに、目の前が、真っ暗になっていって、俺は。

俺は……。


おしまい

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