「あっ、ちょ、志摩!待って!なに……っ」

「煩いよ」

「……っ」


そのまま歩き出す志摩に引きずられるようにラウンジを後にした俺は、そのまま玄関ロビーまで引っ張られた。
休日の学生寮も次第に生徒たちがちらほらと活動し始めたが、それでもまだいつもに比べたら人気はない。
そんな中、人気のない通路までやってきた志摩はようやく俺から手を離した。
内心ホッと安堵した矢先のことだった。


「っ、痛……ッ」


ドン、と肩を掴まれ、そのまま壁へと押し付けられる。
壁にもろぶつかり、背筋に鈍痛が走った。


「し、ま……」

「ねえ、方人さんとなに話してたの。こんな時間から二人で、どうして?……ちゃんと説明して」


目の前、道を塞ぐように立つ志摩に照明の明かりを遮られ、視界が暗くなる。
すぐ傍にある志摩の顔に、目のやり場に困った俺は視線を泳がせた。
なにも答えずに居ると、苛ついたように志摩は壁を殴る。
壁から背中へと伝わる振動に、俺はびくりと跳ね上がった。


「先輩とは、本当、たまたま会ったんだ。……話していたのも大したことじゃない、ちょっとした世間話だけで」

「じゃあ、なんでこんな時間にここにいるの」

「それは……」


ここの辺りのことを調べるためにわざわざ本屋を尋ねたから。
そう言ったら、志摩はどんな顔をするのだろうか。


「へえ、俺には言えないんだ?」

「……だって、志摩、怒るし」

「誰のせいだと思ってるの?」

「……俺のせい?」

「十中八九、齋藤のせい」


そんな風に言われると益々言い出しにくくなるが、このままでは埒が明かない。
ぐっと拳を握り締め、俺は決意を固める。
怒られて嫌われるくらいなら、正直に白状して嫌われる方がましだ。
本当はサプライズ的な感じで驚かせたかったが、この際仕方ない。


「……早起きしたから、時間までに志摩が好きそうな場所とか、遊べるような場所を調べに来たんだ。それで、縁先輩と会ったから……志摩の好きな場所とか、俺、全然知らないから、少しでも知りたくて、それで……それで……」


そこまで言い切った俺は、なんだか急に申し訳なくなってきて、「……ごめん」と呟いた。
黙って俺の話を聞いていた志摩はそのまま押し黙り、そして、やがて小さく息を吐く。


「……なにそれ、そんなことだけでわざわざ方人さんと一緒にいたわけ?」


相変わらず不機嫌な声。
全て受け入れられるとは思ってもいなかったが、返ってきた刺々しいその言葉には胸が酷く痛んだ。


「……確かに、約束まもらなかったのは……ごめん、謝る」

「うん、猛省して」

「……ごめんなさい」

「許さないよ。俺の言うことをちゃんと聞かない齋藤なんて」

「……」


やっぱり、余計なことをするんじゃなかった。
志摩には怒られるし、嫌な思いさせてしまうし、本当、どうして喜ばせようとする度に絡まってしまうのだろうか。
情けなくて、志摩の顔を見るのが辛くて、逃げるように俯いたとき。


「……ッああ、もう!」


苛ついたような志摩の声とともに、いきなり両肩を掴まれる。
何事かと目を丸くした時、自分が抱き締められていることに気付いた。


「……し、志摩……?」

「……っ、ごめん、本当はこんなことを言いたいんじゃないんだ。……齋藤がそんな風に思ってくれてるって知らなくて、俺」


「俺」と、言葉に詰まる志摩。
あの饒舌な志摩が、言葉に詰まっている。

抱きしめられていることよりもそちらの方に驚いて、


「……すごい、嬉しい。と、思う。ごめん、ちょっと俺、なんかすごいテンパっててかっこ悪いな。…………正直、むかつくのと嬉しいのが頭ん中でごっちゃになってどうしたらいいのかわかんない」


言いながら、肩口に顔を埋めてくる志摩に俺は石のように硬直した。
密着した体から志摩の鼓動が流れ込んできて、その脈打つ音が酷く大きくて更に驚く。


「……ごめんね、志摩」


少しだけ迷って、そっと背中に手を伸ばした。
ぽんぽんと軽く撫でれば、志摩はそのまま動かなくなる。

誰かが来たらどうしようとか、そんなことを考える余裕なんてなくて、今はただ、全身で志摩を受け止めることだけが精一杯で。


「……本当だよ、全部齋藤のせいだ」

「うん」

「齋藤といると、調子が狂わされる」

「……今日はもう、映画やめとこうか?」


この調子じゃ、映画どころではないだろう。
本当は楽しみにしていたけど、やはり、お互いに楽しめるような心境でなければ楽しむことはできないだろう。
恐る恐るそう持ち掛けた時、むくりと顔を上げた志摩は俺を睨んだ。


「……なにいってんの?」

「え?」

「関係ないよ、行く、行くに決まってんじゃん。それともなに?方人さんと話したせいで気が変わったわけ?」

「ちっ、ちが、違うよ、違うけど……いいの?」


ころころと変わる志摩の表情に戸惑いながら、しどろもどろと尋ねれば志摩は呆れたような顔をした。


「あのね、例え齋藤が乗り気じゃなくても俺は行くと言ったら行くよ。……なんとしてでもね」


「そういうことだから、諦めて?」そう微笑んだ志摩の表情は先程に比べ、幾分も柔らかくなっていて。
聞き様によっては横暴な言葉だが、今の俺にとってその言葉は救いだった。

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