というわけで、取り敢えず座るためにラウンジへと場所を移動した俺たちは、まだ人の居ない貸切状態のそこで色々伝授してもらう。


「でもま、亮太、あいつはどっちかっつーと静かな場所のが好きだからなあ。人混みとかすげー嫌がるから気をつけなよ」

「そうなんですか?」

「そうそう。だけど、齋藤君と一緒ならあいつも大丈夫なんじゃないの?」


しらねーけど、となんとも適当なアドバイスだが、その縁の言葉は心強い。
第三者である縁から言われるとなんだか認めてもらえたようで、嬉しくなると同時に気恥ずかしくなる。

丁度、そのときだった。
ポケットに突っ込んでいた携帯電話が震え出す。


「あ……志摩だ」

「出なよ」

「すみません、じゃあちょっと失礼します」


そう言って、俺は通話を繋げた。


「もしもし」

『おはよう、齋藤。……その声、ちゃんと起きてるみたいだね』

「あんだけ言われたら嫌でも目が覚めるよ」

『やった、大成功』


電話越しに聞こえてきた志摩の笑い声につられて笑う。
楽しみ過ぎて早起きした、なんて言ったら引かれそうなので、俺は敢えてそのことについて追及しなかった。


『じゃあちょうど良かった、早めに会って一緒に食堂で食べない?もしかして、もう食べた?』

「今から?」

『そうだね、俺は今からでも構わないけど』


予想外の誘いに、「えっと……」と口ごもってしまう。
ちらりと目の前の縁を見上げたとき、ちょいちょいと縁は手を動かす。
こっちに来て、というジェスチャーに疑問符を浮かべながら椅子から腰を浮かせた時、手に持っていた携帯電話を引っ手繰られた。
「あ」と気づいた時にはもう遅い。


「よう亮太、お前なに俺の齋藤君をデートに誘っちゃってんの?抜け駆けしてんじゃねえよ」


人の携帯を耳に当て、縁は向こう側の志摩に対しそう言い放つ。


「っちょ、先輩っ、なにやって」


突然の縁の行動にぎょっとした俺は慌てて携帯を奪い返そうとするが、意地の悪い笑みを浮かべた縁は『ちょっと待って』と手を振った。

いやいやいや、だめだって、ほんと。
しょうもないことですぐ機嫌を損ねる志摩のことを知っているだけに、今まさに縁がしているのは地雷に刺激を加えることと同じだ。


「はあ?なんで?俺が齋藤君となにしてようがお前には関係ないじゃん」

「せんぱ……んん……っ!」

「言っとくけど、齋藤君のこと狙ってんのお前だけじゃないから」


強引に口を塞がれ、強制的に黙らされている間に半ば強引に通話を終了した縁はもごもごしている俺に微笑み、そして手を放した。


「あ、これ携帯。ありがとね」

「……あっ、ありがとうじゃないですよ……っ、何言うんですか!」

「あれ、なに、もしかして怒ってんの?」

「誰だって怒りますよ!……なんで、あんな意地の悪いこと、志摩に言うんですか」


ちらっと漏れてた志摩の声からして、怒っていたのは明らかで。
先程俺が志摩とのお出かけを楽しみにしていると聞いておきながら、引っ掻き回すような真似をせる縁が理解できなかった。


「あーあー、ごめんね?そんな顔しないでよ。大丈夫、亮太に捨てられたら俺が大切にしてあげるから」

「なっ、何言ってるんですか……ふざけないで下さい……っ」

「酷いなあ、齋藤君ってば。俺本気なのに」


嘘だ、絶対嘘だ。
誂われているのがわかって、ますます志摩への申し訳なさが立たなくなる。
とにかく、もう一度志摩に電話しなければ。
絶対機嫌悪くなっているだろうが、このまま放っておくわけにはいかない。

そう、端末を握り直したときだった。
 

「齋藤!」


声が、聞こえた。

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