「ほんっっとうにすまなかった!」


額を床に擦り付け土下座をする芳川会長に、慌てて俺は「もういいですから」と立ち上がらせようとする。

生徒会室にて。
数日前の一件から、芳川会長は顔を合わせる度にこの調子だった。
他の役員たちの目があるにも関わらず土下座を止めようとしない芳川会長に、俺はどうすればいいのかわからず他の役員たちに助けを求めるように視線を向ける。


「そーそー、会長は悪くないんですからそんな謝らなくていいんですよ。……っていいたいところだけど、今回のは流石にな」


「流石の俺もフォローできないっていうか、なんというか」ソファーに腰を下ろしていた五味は、そう苦笑いを浮かべながら生徒会室の隅で正座する十勝に目を向ける。

先日、生徒会室に充満していたアルコール臭の発生源は、元々十勝が部屋に持ち込んでいた缶ビールが原因だったらしい。
それをたまたま見つけた芳川会長が十勝から缶ビールを取り上げ、怒る芳川会長の機嫌を取りなんとか説教を免れようとした十勝が無理矢理芳川会長に缶ビールを飲ませた。
そのせいで芳川会長が貧血を起こし倒れ、焦った十勝は慌てて酔いを醒まさせるために烏龍茶を買いにいったようだ。
どうやら俺と十勝は擦れ違ったようで、俺は気絶した芳川会長だけが残された生徒会入り、冒頭というわけらしい。

あとはもう、それを発見した十勝が慌てて芳川会長を止めようとして体を動かしたのが悪かったようで、再び芳川会長は貧血を起こした。
十勝に事情を聞いた俺は十勝とともに芳川会長の介抱をし、なんとか芳川会長は目を覚ますわけだが……それからずっと芳川会長はこの調子だ。


「謝れば済む問題ではないとわかっている。本当に申し訳ないことをした。いくらアルコールが回っていたとはいえ、俺は齋籐君になんてことを……」


顔を青くしゴリゴリと床に額を擦り付ける芳川会長に、俺はなんて声をかければいいのかわからなくなってくる。
うっすらながら芳川会長には酔っ払っていたときの記憶が残っているようだ。
あまりにも申し訳なさそうにする芳川会長に、なんだかこちらまで恐縮してしまう。

色々あったにしろ、未遂で終わったわけだし俺としてはもう早く忘れてくださいとしか言いようがない。

っていうかなんで五味にまでその話が伝わっているんだ。


「いやー、まじ焦りましたよー。会長が心配で急いで帰ってきたらチューっすよ、チュー!なんのいじめかと……いって!!」

「元はと言えばお前のせいだろうが!」


正座したまま悪びれる様子もなく冷やかす十勝の頭部をぺしんと叩いた五味は、呆れたような顔をしため息をついた。
「だってぇ、会長が竹刀持って怒鳴るんですもんー」五味に叱られわざとらしく泣き真似をする十勝。
いや、確かにそれは怖いな。
つられてその光景を想像してしまった俺は、つい十勝に同情してしまう。
実際、自業自得以外のなにものでもないわけだけれど。


「チュー……俺は齋籐君にそんなことまでしたのか……」


余計な十勝の一言のお陰で、みるみるうちに芳川会長の顔が青ざめていく。
どうやら芳川会長はキスのことは覚えていなかったようだ。
新たな事実を知り、罪悪感で押し潰されそうになる芳川会長に俺と五味は焦る。


「……あの会長、そんなに深く考えないでください」


生娘がファーストキスを奪われたのとは訳が違う。
物事を深刻に受け止める芳川会長に、俺はそう恐る恐る声をかけようとした。
「……よし、わかった」俺の慰めが効いたのか、ようやく土下座を止めた芳川会長は言いながら立ち上がる。
よかった、やっとわかってくれたようだ。
そう内心ほっと胸を撫で下ろしたとき、いきなり芳川会長に手首を掴まれる。


「俺が、責任持って君のキスの責任を取らせていただこう」


ぐいっと顔を近付けてくる芳川会長は、そう真面目な顔をしながら妙なことを言い出した。
どうやら俺の話をわかってくれたわけではなさそうだ。


「え、あの……」


嫌な予感がし、冷や汗を滲ませた俺は芳川会長から逃げるように後ずさるが、その度に芳川会長が詰め寄ってくる。


「どーした会長、頭の打ち所でも悪かったのか?」


五味も芳川の異変に気付いたようだ。
妙に積極的な芳川会長に顔をひきつらせる五味は、そう声をかける。


「打ち所だと?失礼なやつだな、俺が変なことを言っているように聞こえるのか、お前は。俺はいつでも真剣だ。男に二言はない、責任持って俺が齋籐君の面倒を見よう」


現在進行形で変なこと言ってます、会長。

ガシッと俺の顎を掴んだ芳川会長は、そのまま俺の顔を正面向かせる。
真正面から見据えられ、二人きりのときとはまた違った緊張感が……ってなにこれ、なにこのデジャヴ。


「五味先輩、芳川会長のグラスの中身が酎ハイに入れ換わってます」

「……なんだって?」


不意に、五味の向かい側のソファーに腰を下ろした灘の言葉に五味は顔を険しくした。
「ですから、芳川会長のグラスの中身が水ではなく無色透明の酎ハイに……」ご丁寧に二度目の説明をする灘に、五味は「いや、二回言わなくてもわかる」と突っ込みをいれる。
ちょっと灘が嬉しそうな顔をしていたが見なかったことにする。


「どーいうことだ、十勝」

「え?俺っすか?違いますよー、俺そんな酎ハイだなんてそんな」

「どーいうことだって聞いてんだよ」

「……だってぇ、会長元気ないから気分転換してもらおうかと……」


どうやらまた十勝が芳川会長に酒を飲ませたようだ。
確かに、未成年の飲酒は許されるべきではない。
というかそれはあとからでいいから先にこっちを助けてくれ。

ぐぐ、とキスするように顔を近付けてくる芳川会長に、俺は芳川会長の顔を押さえ力の限り芳川会長を離そうとする。
力を入れるあまりにぷるぷると痙攣する腕に、俺は「誰か会長を止めてください」と慌てて応援を呼ぶが、芳川会長との力比べに俺の勝ち目はなかったようだ。


「だからって、会長に酒飲ませてどうすんだよ」

「元気がない会長なんて見るのつらいっていうかぁ、そのーまあ、いいじゃないっすか!」

「よくねえよ。そんなんだからお前、知ってるか?お前周りから生徒会のバカって呼ばれてんだぞ」

「ええっ、誰だよそんなこと言ったやつ!ぜってーモテないやつの僻みだろ!」

「誰がモテないやつだ、てめえ!!!」

「五味さんが言ったんすか!」


「あの」


「ああ?」

「んだよ、灘。邪魔すんなよ、俺はいまこのバカに世の中のマナーってやつを……」


「齋籐君が少々危険なことになっていますが」


「あ……」

「あ……」


おしまい

←前 次→
top