その日は本来ならば俺にとって楽しい思い出となる日になる予定だった。

あの人と会うまでは。


◆ ◆ ◆ ◆


「齋藤、明日十時だからね。遅刻しないでよ」

「わ……わかってるってば、何回も言わなくても。どんだけ心配性なんだよ、志摩は」

「俺が心配性なんじゃなくて、齋藤がぼんやりしてるから特別心配なんだよ」

「してないよ」

「いや、してるね」

「……」


そんなに自信たっぷりに言われると、段々自信がなくなってなにも言い返せなくなる。
押し黙る俺に、「ごめん、いじめ過ぎた」と志摩は楽しそうに笑った。


「でもま、一応モーニングコールするからね、俺。それまでにはちゃんと用意しとくように」

「うん、わかった」

「じゃ、また明日」


学生寮、ラウンジ。
手を振る志摩に「おやすみ」と手を振り返す。

消灯時間まであと数分というギリギリの時間まで志摩と過ごした俺は、志摩の後ろ姿が見えなくなったのを確認し、自室へと向かって歩き出した。

明日、志摩と出掛けることになった。
なんてことはない、明日の休日公開の映画の話で盛り上がり、『一緒に観に行こう』と誘ってくれた志摩に乗っただけの話だが、正直、俺は今非常に興奮していた。
学校ではよく話すけど、全寮制であるこの学校ではなかなか普通の友達らしいことが出来なかった。
でも明日、一緒に街に出て映画を観に行ける。
志摩にとってはなんでもないイベントかもしれないが、この学校へ来る前まで華のない学園生活を送ってきた俺にとってこういうイベントは重大で。


「……ちゃんと、寝れるかな」


夜にも関わらずびっくりするほど冴え渡った脳味噌に、思わず俺は呟く。

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