この間、ユウキ君が部屋に来たときテレビを食い入るように見つめていた。
画面には高級和菓子の特集が組まれていて、どうやらその一つに強い興味を持ったらしい。
「食べたことねえの?」そう尋ねれば、ユウキ君は気恥ずかしそうに頷いた。
まあ別にユウキ君の食生活に興味はないので本人がなにを食べようか食べたことなかろうがどうでもいいのだが、そのときのユウキ君の顔が腹を空かせた犬みたいであまりにもみすぼらしかったので俺はユウキ君が興味を惹かれていた和菓子を取り寄せることにした。

そして今日昼頃。
特注した例の和菓子が届いた。
せっかくだし、嬉ションするくらい驚かせてやろうか。
あまりにも地味すぎる包装紙から取り出した和菓子を一つ食べながらそんなことを思い付いた俺は仁科たちを呼び出した。
「授業が終わるまでの間、この部屋を装飾しろ」そう自室に集まった仁科たちに命令した俺はユウキ君が帰ってくるまでの間、雇用の料理人に夕飯を作らせる。
合間見て仁科たちに任せた自室の様子を覗けば、それはもう酷い有り様だった。


「何時間かけてなんだよこれ。園児のお遊戯会じゃねぇんだよ」


「テーマは季節外れのクリスマスな!俺が考えたんだぜ、すっげーだろ」

「伊織さんの部屋を飾り付けなんて恐れ多すぎて僕には出来ません。この使えない馬糞に是非お仕置きを!」

「すっ……すみません、今すぐやり直します」


上から縁、安久、仁科。
なにをどういう風に考えたらこうなるのか無駄に手作り感溢れる安物の装飾が施された自室をコーディネートした三人はそう各々好き勝手口にする。
「もういい、勝手なことすんじゃねえ」あまりにも致命的な人選ミスをしてしまった自分の判断力を悔やみつつ、三人には強制的に部屋を出ていってもらう。
本当なら全部ひっぺがして最初から全てやり直したいところだが、方人たちとうだうだしている間にあっという間に放課後になる。
完成した夕食を運びに来た料理人を部屋に通し、入れ違うように俺は慌ててユウキ君を迎えに校舎へと足を運んだ。
ユウキ君をもてなそうなんて、やはり慣れないことはするもんじゃないな。
つくづくそう思う。
今からでも場所を変えるか?しかしもう料理を並べさせている。
また明日やり直せば全て上手く行く自信があったのだが、少しでも早くユウキ君に旨いもの食べさせてやりたかった。
いつもしょんぼりした貧相なあの顔がみっともないくらい嬉しそうに綻ぶ瞬間を眺め、二度とそんな幸福を味わえないよう嫌ってくらい旨いもの食べさせてなに食べても感じないくらい舌を肥えさせてやりたかった。
まあ一番はたかが暇潰しにいちいち日を跨ぎたくないだけだが。

廊下を歩き、ユウキ君の教室まで大股で歩いて行く。
ユウキ君のクラスまで行けば、丁度ユウキ君が出てきた。
「先輩」まさかこんなところで鉢合わせになるとは思っていなかったようだ。
ユウキ君はそう驚いたようにこちらを見上げてくる。
「今から暇だな?」そんなユウキ君を無視して詰め寄れば、ユウキ君は「今からですか?」と更に目を丸くして、すぐに気まずそうな顔をした。


「……すみません、今日はちょっと先約が……」


そう眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をするユウキ君。
正直、予想外だった。
いつも暇そうにしているユウキ君に用事があるなんて思うわけがない。
「本当にごめんなさい」そうぺこぺこと腰を折って謝るユウキ君は早速泣きそうな顔になる。
どうやら嘘ではないようだ。


「先約ってなんだよ」

「それは、その」


尋ねれば、わかりやすく口ごもるユウキ君。
なかなか答えようとしないユウキ君に「言えよ」と促せば、ビクビク肩を跳ねさせるユウキ君はこちらから視線を逸らした。


「……友達と遊ぶんです」


そして、そう恥ずかしそうに呟く。





温くなった夕食の匂いで充満した自室にて。
結局ユウキ君と別れた俺は一人で自室まで帰ってきた。
別に無理矢理引っ張ってくることもできたのだが、なんだかテンションが下がってしまいユウキ君のために失敗してまでムキになる自身が馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
仁科たちが施した安っぽい飾り付けが物悲しい。
どうすんだよ、これ。
ユウキ君の貧相な味覚に合わせた夕食の数々は俺の口に合わない。
処分するのも面倒臭いし、飾り付けを外すやる気も出てこない。
先程までのテンションが高かった分、その反動が来ているようだ。
無駄に賑やかな雰囲気の部屋の中、時間が経つにつれ冷めていく料理を眺める。
こうしている間もユウキ君は友達だかなんだかと楽しそうに馴れ合ってると思ったら胸がムカムカしてきた。
俺に誘われてんだから先約断るくらいしろよ。
今さら苛ついてきて、俺はむしゃくしゃしてユウキ君にやるはずだった和菓子をまた一つ口に入れる。
やはり口に合わない。
ユウキ君はこんなのが食べたかったのか。
物好きだな。
なんて思いながらぼんやり口を動かしていたときだった。
ふと、玄関の扉が叩かれた。
今にも消え入りそうな控え目なノックの音。
口の中のものを飲み込んだ俺は静かに扉へと目を向ける。
そしてそのまま立ち上がり、扉へと向かった。
鍵を開け、そのままドアノブを捻る。

学生寮、自室前廊下。
扉を開けば、そこにはユウキ君が立っていた。


「すみません、その、今帰ってきたので……あの」


人の顔を見るなりそう謝り出すユウキ君は聞いてもいないことをしどろもどろ話し出した。
どうやら俺が予定を聞いたことを気にして早く帰ってきたようだ。
だから、今から付き合います。
そういうことなのだろう。
正直ユウキ君のくせに気を遣ってくるなんて生意気すぎてムカつく。
遅れてきたやつに俺がわざわざ対応して尚且つしっぽ振って喜ぶと思っているのだろうか。
ムカつく。
なにより、後片付けを怠った自分がまるでユウキ君が来ると思って健気に待っている馬鹿みたいで不愉快だ。
もうムカついてムカついて仕方なかったので、俺は廊下に突っ立っているユウキ君の頬をつねった。


「い……っいひゃいです……」

「ユウキ君のくせにおっせーんだよ」

「す、すみません。ごめんなさい」


思いっきりつねってやれば、ユウキ君は泣きそうになりながらそう謝ってくる。
ユウキ君の声がぴーぴー煩くてしょうがないので赤くなった頬から手を離した俺は、代わりにユウキ君の腕を引っ張り部屋に引きずり込んだ。
強く引っ張りすぎたのが悪かったのか「うわわ」とバランス崩しそうになる相変わらず鈍臭いユウキ君から手を離す。
そのまま玄関の段差で躓いていたユウキ君だが、部屋の中の有り様を見て躓いたときよりも驚いたような顔をした。


「全部食え」


テーブルの上の夕食を指し、そう告げればユウキ君は「え?」と更に目を丸くさせる。
「あの、良いんですか?」そう戸惑いの色を浮かべるユウキ君。
興味と困惑半分半分といったところだろうか。


「当たり前だろ。なんのために俺がお前を誘ったと思ってんだよ。ちゃんと残さず食えよ」


そう宣言すれば、困惑していたユウキ君は「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。
可笑しい。
てっきり「無理ですよそんなに入りませんよ」とわんわん泣き事いいながらじたばたすると思ったのに。
そこから料理食べて感動するはずだったのに。
こいつさてはマゾか。
料理を食べる前から嬉しそうにするユウキ君に早速調子を狂わされそうになりながらも、俺は「全部食い終わるまで帰さねえから」と言い足した。
それでもやっぱりユウキ君は「頑張ります」と凹む様子がなくて、寧ろニコニコしてて、あまりにも生意気な態度にムカついたので俺は追加注文して一生部屋から出れないようにしてやろうかと思ったがユウキ君はそんなことしなくても居座りそうな気がしたのでやっぱり止めた。


おしまい





「あの……ところで、今日なんかの日なんですか?なんかすごいことになってますが……」

「あ?あー……俺とユウキ君が付き合って2ヶ月記念日」

「…………」

「…………なんだよ」

「あ……いえ、なんでもないです」

「(冗談も伝わんねえのか、こいつ)」

「(覚えてるの俺だけかと思った)」

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