からかうような視線を向けてくる縁にそうなけなしの勇気を振り絞る。
このようなことで阿賀松の名前を出したくなかったが、縁を黙らせるにはこれしか思い浮かばなかった。
俺の口から出た脅迫にきょとんと目を丸くさせた縁。
そして、すぐに小さく吹き出す。
いきなり笑い出したかと思えば縁は俺の足から手を離し、立ち上がった。
そのまま椅子の左右の取手を掴み、縁の顔が近付く。


「酷いなあ齋籐君、俺を脅すわけ?」


てっきり怯むかと思ったが、どういうことだ。
逆に悪化している気がする。


「いえ、あの……そういうわけでは……」

「いやー怖いなー応急処置しただけなのに。こうなったらさ、齋籐君が伊織にチクらないよう口止めしなきゃいけないよねえ」


至近距離まで顔が近付き、自然と俺は背凭れに逃げる。
その手があったか。
どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。
間近で見据えられ、とうとう身動きがとれなくなった俺は覆い被さるように立つ縁に狼狽する。
脅迫なんて慣れないことするんじゃなかった。
そう悔やみ、俺は目を瞑る。


「口止めより先にすることがあんだろうが、なあ」


そして、どこからか聞こえてきた声に目を見開いた。
瞬間。


「ん゙ッ」

「ぐぅ゙ッ」


なにかを殴ったような鈍い音とともに目の前に迫ってきた縁の唇がぶつかり歯に言い表せないような痛みが走った。
重なる唇。
そのままずるりと力なく凭れてくる縁にビックリして慌てて体を引き剥がせば、その背後に立っていた人物と目が合う。


「あ……阿賀松先輩……っ」

「よぉ」


全くもって図書館という場所がそぐわないその男もとい阿賀松は、分厚い本片手にそう素っ気なく挨拶を返してくる。
なんで阿賀松がここにいるんだ。
というかいつからだ。
そう目を丸くし愕然とする俺を他所に人の膝に突っ伏していた縁は頭部を押さえ、「あいだだだ」と呻きながら起き上がる。


「ひっでーな、なにすんだよ伊織」

「はぁ?それはこっちの台詞だ。十分以内っつったのに本一冊にどんだけ待たせんだと思ったらてめぇ、なに暢気にきゃっきゃきゃっきゃユウキ君と遊んでんだよ。あ?俺はすぐに持ってこいっつったよな?なぁ方人」


そう詰るように続ける阿賀松の目は笑っていない。
手にした本の背表紙でぱしりと掌を叩く阿賀松に、ぷりぷりと怒った真似をしていた縁の顔色が益々悪くなった。


「なんだよ、ちょっとジョーダンだろ。ジョーダン。ちゃんと探してたって」

「へえ、じゃあ今すぐここに持ってこいよ」

「……まあ、まだ見付けてませんけどね!」

「はははっ!」


冷や汗を滲ませつつお茶目に笑う縁に、阿賀松はそう爽やかに笑いながら縁の肩に腕を回した。
それも束の間。
縁の首を鷲掴んだ阿賀松は表情を消した。


「冗談は顔だけにしろよ」


おしまい

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