「齋籐君ってほんといい尻してるよね。腰回りとケツにかけてのラインがこう撫で回したくなるっていうかさー、鷲掴んで顔埋めたくなるようなこうぷりっとした感じが本当堪んない」

「…………」

「足の付け根からの太股の形もいいし、あー齋籐君の太股で思いっきり三角締めしてもらいたいなあ。想像しただけで勃起しそう」

「……縁先輩」

「ん?なあに?」

「あの……少しお静かにお願い出来ませんか」


放課後、学園付属の図書館にて。
担任に頼まれ資料を片付けにやってきた俺はそこで不運にも縁と居合わせるハメになってしまう。
不幸中の幸いか、殆どの生徒は学生寮に帰っており周りに人はいない。
が、それもそれで俺の不安の種子になっているのも事実だ。
机の上に腰をかけ、本棚に資料を片付ける俺を眺めていた縁はへらりと笑い「はーい」となんとも無邪気な返事を返してくれる。
が、本人は邪念の塊だ。
あなどれない。
黙ってくれるならそれが一番有り難いのだけれど。
縁が大人しいうちにさっさと片付けを済ませてしまおう。
そう決意し、俺は足元に積んだ書籍を元あった場所へと戻していく。

俺の背丈を越える程の高い本棚が立ち並ぶ図書館内。
まあ手を伸ばせばなんとかなるような高さだが、結構キツい。
広辞苑並みの厚さがあるその書籍を両手で抱えた俺は、一番高い棚までそれを持ち上げる。


「ん……っ」


抱えるのと持ち上げるのでは掛かる負担が変わってくる。
小さく背伸びし一気に棚まで置いたとき、下腹部に違和感が走った。
伸びてきた手に尻を撫でられ、目を丸くする俺は咄嗟に振り返り、いつの間にかに背後に立っていた縁と目が合う。


「ちょ……っ齋籐君、本!」


そして、縁はそう驚いたように声を上げた。
「え?」言われて再び顔を上げたのと持っていた分厚い書籍が俺の手から離れるのはほぼ同時だった。


「うわ……わ……っい゙ぃッ!」


スローモーションで落ちるそれに慌てて手を伸ばそうとすれば、丁度出していた右足の甲へ書籍が直撃した。
丁度硬い角がのめり込み、あまりの激痛に堪えきれず声を上げる俺は書籍がごとりと床の上に落ちると同時に踞り足の甲を押さえる。


「うわっ、いったそ……。ごめんな、大丈夫?」


涙目になる俺に、縁はそう申し訳なさそうな顔をして声をかけてくる。
全くもって大丈夫ではないのだが、そんな風に心配されるとつい「大丈夫です」と返さずにはいられない。
手を伸ばし俺の近くに落ちていた書籍をひょいと持ち上げる縁は、そのまま俺の代わりに棚へ戻してくれた。


「あ……ありがとうございます」

「齋籐君って本当お馬鹿だなぁ。普通お礼言わないって」


そう可笑しそうに笑う縁は俺の腕を引っ張り上げ、「足見てやるから取り敢えず座れよ」と促してくる。
縁なりに心配してくれているのだろうがなんとなく嫌な予感が拭えない。
が、確かにこの体勢は辛い。
縁に促されるまま立ち上がった俺はひょこひょことした足取りで近くにあった椅子まで歩く。
気を利かせた縁は椅子を引いてくれ、俺はそのまま座面に腰を下ろした。


「ん、痛い?」

「……ちょっとだけ」


本当はすごく痛いのだが、先程までのような激痛はない。
まあ皮膚の下でずくりと疼く鈍痛はまだ続きそうだが。

椅子に座る俺のその正面、向かい合うような形で立つ縁は膝を折り、そのまま俺の右足の脹ら脛を掴んだ。


「あの……なに……っ」

「いやいや、齋籐君の体が傷物になってないか確かめるだけだって。別に変なことしないからそんな怖い顔すんなよ」


いきなり体に触れられ慌てて身を引こうとする俺に対し、縁はそうヘラヘラと笑う。
嘘をついてるようには見えないが、縁がどういうやつなのか先程よく知らされた俺からしてみればそれを鵜呑みにすることはできない。
そう警戒心を露にする反面、まじで心配してくれていたら結構失礼なこと考えてるよなという自己嫌悪が芽生える。
というか傷物ってなんだ。


「あの、本当俺は大丈夫ですから……」

「あーほらダメだって!遠慮しなくていいから齋籐君は座っときなよ」


そうしどろもどろ断りを入れてみるが、そう言う縁に気圧されて俺はなにも言えなくなる。
まあ、見せるだけだしな。
あまり嫌がってると自意識過剰の被害妄想なんて思われるかもしれない。
縁を信じ、俺は渋々大人しく縁に体を預けることにした。
上履きを脱がされ、くるぶしまでしかない靴下のゴムを指で摘まみ、縁はそれをゆっくり下ろしていく。
足の甲の怪我のことがあるから慎重になってくれているのかもしれないが、他人から脱がされているという感触がなかなかこそばゆくて恥ずかしすぎるのでここはがっと脱がしていただきたい。


「齋籐君って結構甲高いなあ。土踏まずから踵にできた滑らかなカーブがいいよ」


本当この人はそこら辺の小石にも欲情しそうなくらい節操がないな。
靴下のゴムの間に指を滑り込ませ、親指で土踏まずをなぞるように靴下を脱がす縁はそううっとりした顔でぼやく。
褒められているのかよくわからなかったが、先程のような露骨なセクハラよりかはましなのかもしれない。
至近距離で足を見詰められ、なんだかいたたまれなさでいっぱいになりつつ空気を読んだ俺は「……ありがとうございます」と小声でお礼を言う。

爪先まで靴下をずらされ、甲に浮き出た赤黒い内出血が現れた。


「うっわ、グロいなぁ」


まじまじと足の甲を見つめる縁は裸になった爪先を掴み、甲に顔を近付ける。
確かに目を背けたくなるような見た目だとは思う。
っていうか顔が近い。
自分の体に出来た大きな痣に縁の息がかかり、冷や汗を滲ませた俺は「見た目ほどは痛くないですよ」と言いながら縁から足を離そうとした。
が、そのタイミングを見計らったかのように伸びてきたもう片方の手に足首をがっちり掴まれ、固定される。


「あの……せんぱ……っ」


早く離れてください。
そう言いかけて、甲の痣に触れる濡れたそれに俺は顔を青くした。
なにを思ったのか、縁は人の足を軽く持ち上げ、頬擦りをするように顔を寄せればそのまま唾液で濡れた熱い舌で足の甲を舐め始める。


「なっ、なななにやってるんですか……っちょ、あ、やっ止めてくださいっ……!」

「……ほら、こういうのって唾つけたら治るって言うじゃん?」


「だからさ、応急処置」べぇ、と赤く濡れた舌を出したまま笑う縁。
それはなんか意味が違うんじゃないのか。
そう笑い、再び甲に唇を寄せ、痣をしゃぶられる。
ズクズクと痛む痣が小さく疼き、熱が増す。
図書館内に響く濡れた音と舌の感触に耐えきれず、慌てて縁の舌から逃げようとするが右足を掴まれているお陰で動けない。


「ほんと、も……ッ足、痛くないんで……っ」


ピチャピチャと湿った水音に顔が熱くなり、皮膚の上を這うもどかしい感覚に心臓が煩くなる。
痣を嬲るように蠢く生々しい舌の動きになんだかこっちが恥ずかしさで死にそうになってきた。


「んー?なあに?」


目のやり場に困り、視線を泳がせる俺を見上げる縁は人の反応を楽しむようににやにやと笑う。
喋る度に息がかかり、ゾクリと背筋が震えた。
足首をなぞる手は徐々に上がり、ズボンの裾の下から直接脹ら脛をなぞる。


「せっかくだし、このまま足マッサージしてあげようか。齋籐君にならいっぱいサービスしてやるよ」


そのまま裾を捲るように太ももを撫で上げる縁は唇の両端をつり上げ俺を見据えた。
ちゅ、と小さく音を立て露出した脛にキスをされ、俺は体を緊張させる。
縁のマッサージと聞いて不思議と普通にマッサージされる自分が思い浮かばなかった。


「い、あ、あの……っいいです、いいですからそういうのは……っ」

「遠慮すんなって」

「遠慮じゃないですっ」

「ははは、またまたあ」


もう少しまともなやつだと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違いだったようだ。
脹ら脛をいやらしく撫で回しあまつさえ「齋籐君の足気持ち良いね!」とか言いながら頬擦りをしてくる縁に顔を引きつらせずにはいられない。
今まではなんとか縁なりに気遣ってくれているのかもしれないしと思い強く言わなかったが、でれでれに弛ませた口許から飛び出した一言にそれが気遣いという皮を被ったただの悪質なセクハラだということがわかった。
気付くのが遅すぎた。


「せっ先輩、これ以上はほんと……っ」

「なに?これ以上したら?齋籐君どうにかなっちゃうの?応急処置でムラムラしちゃうの?」


こいつ、自分で『気持ち良い』とか口を滑らしておきながらまだシラを切るつもりか。
わざわざ羞恥を煽るような言い方をしてくる縁にぐっと顔をしかめた俺はすりすりと指の腹で擦るようにズボンの中を通って膝下まで這い上がって縁の手を押さえる。
このままでは流れに流されて縁特製マッサージを全身に施される羽目になる。
まだ担任から頼まれた仕事が終わってない今、なんとしてもそれは避けたい。
というか仕事がなくても避けたい。
どうにかして縁を撒くことはできないか。
そう俺が思考を巡らせたとき、俺は唯一縁を黙らせられるであろう方法を思い付く。
「あっ……」恐る恐る口を開いた俺は、そう小さく声を漏れさせた。
いくら保身のためとはいえ、あの男を使うのには気が引ける。
そんな俺のことなんか知らず、縁は「あ?」と不思議そうな顔をした。


「なに?恥ずかしがらずに言ってみろよ」


「これ以上は、阿賀松先輩に言い付けますから……」

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