生徒会室の扉を開けば、そこには倒れた芳川会長がいた。





「失礼しま……す」


用あってたまたま生徒会室へ訪れた俺は、扉を開けた瞬間室内から臭ってくるそれに顔をしかめる。
酷いアルコールの匂い。
なんだこれはと鼻を押さえる俺は、室内を見渡しながら中へと足を進めた。


「誰かー、いませんかー……」


言いながら生徒会室のテーブルへと近付いたとき、俺はテーブルの下になにかが落ちているのに気付く。
人くらいの大きさはあるそれは、もしかしなくても人だった。

床の上に横たわるその人間の背格好は、俺のよく知っている人そのものだった。

芳川会長だ。
芳川会長が床の上で眠っている。


「か、会長……ゔっ」


床の上で横向きに丸まって眠る芳川会長の側へやってきた俺は、近付けば近付くほど濃くなる酒の臭いに顔をしかめた。
鼻孔を刺激する慣れない匂いを堪えながら、慌てて芳川会長の元へ駆け寄った俺はその場にはしゃがみ込む。

床の上の芳川会長の側には、会長の眼鏡が落ちていた。
もしかしたら眠ったときに外れたのかもしれない。
どちらにせよ、このまま床の上に放置しておくのは危険だろう。
芳川会長の眼鏡を拾い上げた俺は、その眼鏡をテーブルの上に置いた。


「会長、風邪引きますよ。会長」


風邪を引くとかそういう問題ではないのだが、酒の匂いがする芳川会長に焦り混乱しそれ以外の言葉が見つからなかったので仕方がない。
言いながら軽く芳川会長の肩を掴み体を揺すれば、一瞬芳川会長の眉間がピクリとひくつく。


「会長、起きてください」


この生徒会室に立ち隠ったアルコール臭といい、床の上で眠る芳川会長といいどういうことなのだろうか。
誰かいないのだろうかと思いながら周りを見渡すが、それらしき人影はない。

とにかく、芳川会長をソファーの上にでも移動させた方がいいだろう。
生徒会室の床は埃が溜まっているほど特別汚くなはなかったが、流石に綺麗というわけでもないはずだ。
芳川会長の腕を肩を引っかけそのまま芳川会長を担ぎ起こそうとするが、だらりと力が抜けたその体を担ぐには思ったよりも力が必要だった。


「……よいしょ」


芳川会長を支えきれずに転倒なんて情けないことにならないようテーブルを手摺に、そのまま俺は立ち上がり芳川会長の体を起こす。
当たり前だが、重い。
一度阿佐美を抱えたことはあるが、やはり自分よりも背丈がある男を抱えるのには相当な筋力が必要だ。
もちろんそんな筋力なんてものが備わっていない俺はよろよろと立ち上がり、生まれたての小鹿のような覚束ない足取りのままソファーに近付く。


「……んん」


不意に、背後に担いだ芳川会長が小さな声を洩らす。
どうやら気がついたようだ。


「大丈夫ですか?」


意識が戻ったなら早い。
言いながら、一先ず俺は芳川会長をソファーに座らせることにした。
もしかしたらそんなことしなくてもいいと怒られるかもしれないが、ここまで来て中途半端に終えることもできない。
思いながらソファーに近付いた俺は、そのまま芳川会長から手を離そうとする。


「……さいとうくん?」


すぐ耳元で寝惚けたような芳川会長がした。
酒のせいか、あまり呂律がまわっていない。
「はい、齋籐です」言いながら、俺は芳川会長を座らせようと振り返る。


「かいちょ……」


そう俺がソファーに座るよう芳川を促そうと口を開くのと、不意に伸びてきた芳川会長の手に両頬を掴まれるのはほぼ同時だった。
気が付いたら目の前に芳川会長の顔があって、いきなりのことに俺の頭は追い付かず目を丸くさせる。

あれ、なんかおかしくないか。
そう俺が不信感を抱いたときには時すでに遅し。
唇に熱い芳川会長の唇が重ねられる。
キスされたことへの驚きよりも、酒臭いという感想が先にきてしまう俺も俺なのかもしれない。


「っふ、……んぅ……ッ!」


脈絡もなしにいきなり口付けをしてくる芳川会長にようやくことの重大さに気付いた俺は、慌てて腰を引き芳川会長から離れようとする。
なかなか離してくれない芳川会長の腕を掴み無理矢理剥がそうとするが、空いた芳川会長の手に腰を抱かれ更に口付けが深くなった。

もしかして、酔っ払っているのだろうか。
もしかしなくても普段から真面目な芳川会長がいきなりキスしてくるなんてそんなことをするなんて思えない。
間違いなく、酔っ払っている。


「んん、んッ」


酔っ払っているのなら尚更芳川会長の熱を冷まさせた方がいいだろう。
思って芳川会長から離れようとするが腰に絡み付いた腕の力は強い。
頑なになって口を開かないよう気をつけるが、あまりのアルコール臭に堪えられなくなった俺は無意識に口を開いてしまう。

芳川会長の濡れた舌がその隙間から口内へと侵入し、口の中に入ってくるそれに俺は驚いた。
部屋に充満するアルコールのせいか、俺の思考回路までもがアルコールに犯され痺れてくる。

熱をもった芳川会長の舌に上顎をなぞられ、ぶるりと背筋が震えた。


「ッは、……んむ……ッ」


やばい、流石にやばい。
いくら酔っ払っててもこれ以上は色々やばい。
ぬるりとした会長の舌に引っ込めていた舌が絡み取られた。
貪るように深く口付けられ、体の芯がじんと熱を持つ。

相手が芳川会長だからだろうか。
不本意なものだとわかってはいたが無意識に昂っている自分が恥ずかしくて、芳川会長に対して申し訳なくなる。

嬲るように舌をしゃぶられ、羞恥とかもろもろのあれでなんだかもう頭がおかしくなりそうだった。
長く、ねちっこいキスに不可抗力ながら勃ちそうになった俺は慌てて芳川会長から離れようとする。
腰を抱かれ、密着したこの状態で相手が酔っ払いだろうが勃起したのを押し付けるなんてそんなはしたない真似俺にはできない。というかしたくない。無理だ。
出来る限りの力を振り絞り芳川会長の体を離そうとするが、寧ろさっきよりもさらにくっついているような気がする。
口許から濡れた音が聞こえ、それだけで俺は腰が疼いた。

ああ、もうだめだ。
これ以上は流石に誤魔化せれない。
自分の下腹部に集まる熱を感じながら、俺はなんか泣きそうだった。

開き直ることもできずただ激しい自己嫌悪に浸ったときだった。
不意に、芳川会長の唇が離れる。
あまりにも突然の出来事に放心しかけていた俺は、もしかして勃起していたのがバレたのかと顔を顔を青くした。
俺から顔を離し濡れた唇を舌舐めずりした芳川会長は、アルコールのせいか熱を帯びた目で俺を見据える。


「……え、あの、ご、ごめんなさ……」

「君は、俺の恋人なのだろう」


芳川会長から目を逸らし、そう俺は唇を拭いながら謝ろうとしたとき、芳川会長はいきなり突拍子のないことを言い出した。
先程よりかは大分呂律が回っているようだったが、まだ酔いは残っているようだ。
僅かに赤らんだ頬はキスだけのせいじゃないだろう。


「か……会長?」

「……苦しいだろう、今、俺が楽にしてやるからな」


吐息混じりにそう熱っぽい声で囁かれ、一瞬頭が沸騰しそうになる。
「いいです、大丈夫ですから俺は」言葉のニュアンスからして芳川会長がなにを言っているのか把握できた俺は、慌てて芳川会長から離れようとした。
というか、芳川会長となにかあれば楽になるどころか色々な意味で苦行になり兼ねない。
必死に腰に回された芳川会長の腕を離そうとし僅かに緩んだ拘束に、隙を狙って俺は腰を引く。
引いたはいいが、完全に芳川会長から離れることはできなかった。


「駄目だ、我慢はよくないといつも言っているだろう。こんなに硬くして、体でも壊したらどうするんだ」


いつもの調子でそう俺を諭す芳川会長は、言いながら人の股間に手を伸ばす。
布越しに優しく撫でられ、全身がびくりと震えた。
いま俺の目の前にいるのは酔っ払いであっていつもの芳川会長ではないとわかっているはずなのに、まるで普段の芳川会長に言われているみたいで戸惑う。
同一人物なのはわかっているが、やはり目の前のこの人が芳川会長と認めたくないのもあった。


「本当に、あの、大丈夫ですから」

「……俺には、大丈夫そうには見えないが」


「っ」瞬間、先程まで優しく触れていた芳川会長の指先に力が隠り、敏感な部分を強く揉まれた俺は全身の力が抜けそうになる。
背筋がゾクゾクと震え、頭から爪先にかけてやってくる甘い刺激に腰を抜かしそうになった俺を、芳川会長は腰を強く抱き支えてくれた。


「ほら、無理をするんじゃない」


今のは、どう見ても会長のせいじゃないのか。
芳川会長の肩口に顔を埋める俺に、芳川会長は言いながら背中を擦ってくれる。
状況が状況なのにも関わらず、そんな然り気無い動作に少なからず感動してしまう自分は相当来ているようだ。


「会長……」


優しく背中を撫でられ、段々意識が微睡んでくる。
長い間アルコールの匂いを嗅いでいたせいだろうか。
それとも、芳川会長の体温を感じていたせいか、段々俺は甘いことを言う芳川会長に甘えそうになってくる。

そのときだった。
ふと、背中を擦っていた芳川会長の手付きが段々怪しくなってくる。
シャツの上から背筋をなぞるように徐々に下へと下りてくる芳川会長の手の感覚に、うとうとしていた俺はハッとした。

やばい、つい雰囲気に飲まれそうになってしまった。


「会長、ほんと、これ以上は……っ」


腰を撫でる芳川会長の腕を掴み、無理矢理動きを止めさせる。
ギリッと力を強める俺に少しだけ目を丸くさせたが、やがて諦めたのか芳川会長は「そうだな」と呟き口許に笑みを浮かべた。


「先に、ほぐさないといけないな」


いやいやいや、そこじゃないですよねっていうかなんでそうなるんだ。
普段と変わらない笑みを浮かべ耳を疑いたくなるようなことを口走る芳川会長に、呆れ果てた俺は絶句する。


「なっ、なに言ってるんですか……っ!」


とんでもないことを言い出す芳川会長に青ざめた俺は慌てて会長から離れようとするが、それよりも芳川会長の手がズボンの中に入ってくる方が早かった。
尻を撫でるように下着の中へ滑り込んでくる芳川会長の手に、俺は身を捩らせ逃げようとする。


「待った、会長、ちょっとほんと、待ってくださ……ぅむ、んんッ」


慌てて芳川会長を制止するも、その言葉は言い終わる前に芳川会長によって遮られた。
俺の後頭部へと手を回す芳川会長は、そのまま深く口付けをされる。
吐息混じりのリップ音と唇の感触に、芳川会長の腕を掴んでいた手の指先から徐々に力が抜けていった。

誤魔化すようなキスに見事誤魔化される俺に、芳川会長は問答無用で割れ目を親指と中指で広げ、そのまま人差し指を肛門に宛がう。


「ンンッ」


流石にそれはやばい、俺がやばい。

声をあげるにも芳川会長に口を塞がれたせいでどんな言葉もすべてくぐもった声になってしまう。
いくら酔っ払いでも尊敬している相手に直でケツを触られるというのはなかなか精神的にくるものがあり、あまりの恥ずかしさに泣きそうになる俺はきつく目を瞑りただひたすら芳川会長の酔いが醒めることを願った。


その瞬間だった。


「会長!烏龍茶買ってきまし…………」


いきなり開いた生徒会室の扉から大量の烏龍茶が入ったビニール袋を抱えた十勝は、慌てた顔をして現れる。


「…………」

「…………佑樹?」

「…………」


終わった。

←前 次→
top