7月某日、夏祭り会場はたくさんの出店や露店で賑わっていた。
生徒会役員で夏祭りに行こうということになり(言わずもがな発案者は十勝)、そこから話が広がって親衛隊も一緒に来ることになったのだけれど。


「……」

「……」

「……あの、江古田君……お腹減ってない?」

「……別に……減ってませんけど……」

「そっ、そっか……ごめんね……」


どうしてこうなったのだろうか。

芳川会長は櫻田を捕まえに何処かへ行ってしまい、十勝は灘と栫井を引きずってナンパしに行き、連理と五味はコーラの早飲み大会に出場するだとかで受付に行ったし、気付けば残されたのは俺と江古田だけになっていた。
流石にこんな人混みの中江古田を一人にするのは心配だったので一緒にいるのだが、話が実らない。
それどころか人混みが嫌いそうな江古田だ、どんどん顔色が悪くなっている。


「え、江古田君……ちょっとどこかで休憩でも……」


する?と尋ねようとしたとき、歩いていた江古田はとある出店の前で立ち止まる。


「江古田君?どうしたの?」

「……いえ、別に……」


言いながらも、吸い寄せられるように出店へとふらふら歩み寄る江古田にあわててついていく。
そこは、射的屋のようだ。
周りにはたくさんの子供が集まっていた。

そしてその奥、ひな壇の上に置かれた景品の中に、江古田がいつも抱いてるぬいぐるみに似たテディベアがちょこんと置かれていた。
……間違いない、江古田はそれが気になってるようだ。熱心な目で見ている。


「いらっしゃい、一回百円だよ」


射的屋のおじさんは人良さそうな笑みを浮かべ声を掛けてきた。


「……江古田君、あのクマ、ほしいの?」


思い切って尋ねてみれば、江古田は慌てて「……別に、ただ見ていただけです……」と言って出店から離れる。
分かりやすいにも程がある。
俺は、店主に「一回お願いします」と小銭を取り出し、渡した。

射的は、昔に家庭教師に基礎を習った程度だ。獲物の狙い方。焦点がブレないための構え。それだってうろ覚えだが、無いよりはましだろう。
受け取ったおもちゃの銃は軽い。先端にはコルクが嵌まっていて、それを飛ばして景品を倒すのがルールになってるようだ。


「……さ、齋藤先輩……何を……」

「せっかくの夏祭りだし、少しやりたくなっちゃってさ……。いい?」

「…………」


江古田は答えない。
俺は、立ち位置に立ち、構える。腕を伸ばし銃先をテディベアに向けた。息を吸い、呼吸を止める。ほんの一瞬が長く感じた。思いっきり引き金を引いたとき。発射したコルクは勢いよくぬいぐるみに命中し、ぬいぐるみは僅かに反動で揺れた。そして、ぐらりとスローモーションでひな壇から落ちた。


「っ、お……」

「やるねえ兄ちゃん!ほら、景品のクマだ!袋に入れるか?」

「あっ、えーと、大丈夫です……」


ぬいぐるみを軽く叩いた店主はそのまま俺にぬいぐるみを手渡した。落とさないようにそれをしっかり受け取り、俺は傍で見ていた江古田に駆け寄った。


「……先輩……」

「江古田君、これ、あげるよ」

「……別に、僕は、欲しいなんて一言も……」

「あー、そうだね。……俺が、やりたかったんだ。要らなかったら、いいんだ、ごめん」

「……僕は、要らないとも、言ってないですけど……」


そう言って、江古田は俺からぬいぐるみを受け取る。両腕にぬいぐるみを抱えた江古田は、俺を見上げる。


「…………………………ありがとう……ございます……」


今にも周りの声に掻き消されそうなくらいの声だった。
けれど、俺の耳にはしっかり届いた。


「……うん」


さっきよりかは幾分顔色がいい江古田に、釣られて頬が緩む。気恥ずかしいのか、さっと江古田は顔を逸らして歩き出すが、大切に抱えてるのを見て、ほっとする。
それも束の間。一連のやり取りを見ていた店主が「弟君が喜んでくれてよかったな、兄ちゃん」とか野次飛ばしてきてヒヤヒヤしたがどうやら先を行った江古田には聞こえなかったらしい。俺は「そうですね」とだけ答え、慌てて江古田を追った。


それは、貴方に似た優しい目をした。

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