ひょんなことから連理と夏祭りに行くことになった。
きっかけは連理から「ねえ、佑ちゃん夏祭りに行かない?」って誘ってきたからだ。
俺は、断る理由もなかったので二つ返事でそれを受けた。

そして、待ち合わせ時刻。
学生寮のロビーで待ち合わせて、それから一緒に駅まで行こうということになっていたのだけれど……なかなか遅い。もしかして何かあったのだろうかと腕時計を確認していたとき。


「ごめんなさい!遅くなっちゃったぁ!」


カランカラン、と軽やかな下駄の音。
聞き慣れた声に振り返れば、そこにいた連理に俺は、息を飲む。きらびやかな華の刺繍が入った浴衣。濡れたような艷やかな黒髪を結い上げた連理は、申し訳なさそうな顔をして駆け寄ってくる。


「い、え、全然……待ってないですから……」


一瞬、反応に遅れた。
目を奪われた、なんて言ったら笑われるだろうか。けれど、それでも、違和感もなく女物の浴衣を着こなせる男性がいるなんて思わなかったのだ。

咄嗟に視線を逸らせば、連理は「そーお?」とやっぱり申し訳なさそうにこちらを覗き込んでくる。


「っ、あの、先輩……?」

「佑ちゃん、さっきから目を合わせてくれないわね……やっぱり怒ってる?」


「そうよね、ふつう、怒るわよね。お詫びに何か佑ちゃんが好きなもの、一緒に食べましょう?奢るわ」と、連理は笑う。普段の制服姿とはまた違う、妖艶な横顔に心臓の音が一層高鳴った。


「あの、怒ってません……俺……本当に……」

「……本当ぉ?」

「は、はい。……あの、その、目が合わせれなかったのは……えと、貴音先輩が綺麗で……」

「…………へ?」

「あっ、す、すみません、変な意味とかじゃないんです……けど、本当、なんていうか、すごい……素敵です……浴衣……先輩も……ッ!」

「…………」


連理相手に誤魔化しは利かない。そう思って正直に述べてみるものの、やはりなかなか勇気が要る。
口を開けば開くほど、連理の表情はきょとんとしたものからじわじわと無表情になっていって、もしかして余計なこと言ってしまったのだろうか。そう不安になったとき、連理は俺から顔を逸らす。


「あっ、た、貴音……先輩……、ごめんなさい、俺……」

「……佑ちゃんって、本当……褒めるにも限度ってものがあるじゃないの……」

「う、ご、ごめんなさい……」

「……アタシが勘違いしちゃったら、どうするつもりなの?」


「責任取れるの?」と、口元を抑えた連理。こちらへと流れる視線に、どくりと脈打つ心臓。
見つめられ、目が逸らせなかった。俺と連理の周りだけ、周りから隔離されたかのような錯覚に陥る。
それもほんの少しの間だった。
遠くから聞こえてきた生徒たちの声と足音に、ハッとした。

そして、連理に手を取られる。


「……行きましょう、せっかくのデートなんだし他人に水を差されるのは嫌よ?」

「っ、あ、は、はい!」


歩き出す連理。
手、手を、握られてる。また心臓がトクトクと弾むけれど、今とにかく連理についていこうと思った。

外はもう日が沈んでいた。虫の鳴き声に混ざって、どこからか祭囃子が聞こえてくる。
カラン、カランと、軽快な下駄の音が響く。その音に合わせて、心臓はどんどん加速していくようだった。


「本当はね、佑ちゃんに見てもらいたくて、着付け、頑張ってたの。……そのせいで遅くなっちゃったけどね」


ぽつりと、連理が口にする。
顔をあげ、その横顔を見上げたとき、優しげな目をした連理と視線が絡み合う。その頬は、化粧ではない、確かに朱が差していた。
そして、多分、俺も。


「……なんて顔してるのよ」

「っ、すみません……」

「男がそんなに謝るものじゃないわよ。……それに、貴方がそんなに謝ったら喜んでるアタシはなんなの?」

「……ぅ、あ……」

「……今夜はエスコートしてくださるんでしょう?……アタシの王子様」


王子様、と言うならそれは俺よりも連理の方が当てはまるのではないのだろうか。街頭の下、キラキラしてる連理はお伽噺のお姫様のように華やかでいて、それでいて、王子様のように力強い手で俺を導いてくれるのだ。
だから、今夜は。と、俺は連理の手を握り返す。
上手い言葉は返せない。それでも連理は俺の気持ちが伝わったのか、ふっと、優しい笑みを浮かべた。


王子様で、お姫様。

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