第一印象は綺麗な青、次に目に入ったのは優しい目、それから……白い包帯。「縁先輩」とその名前を呼べば、縁方人はにこりと微笑んだ。背中の肩甲骨の下から生えた黒い羽、頭部の側面、頭蓋を突き破るように生えた大きな渦巻いた角。縁方人は悪魔だった。


「やあ、奇遇だね。君は夜遊びをするような悪い子だと思わなかったんだけど」

「……ここに来たら、先輩がいると思って」

「それでわざわざ来てくれたんだ?嬉しいなぁ。けれど、そんなことしなくても君が俺を喚んでくれるようになればいつでも会いに行くのに」


魔道士と契約を結ぶ悪魔はいる。しかし、その契約には応酬が付きものだ。それは大切なものだったり、声だったり、寿命さえも含められ、大抵悪魔と契約した結果魂の絞りカスまで奪われて死んでいった同胞達を何人も見てきた。
だからこそ、俺はこの悪魔にいくら持ちかけられても応じるつもりはなかった。


「……俺は悪魔としての貴方ではなく、同じ学園に通う先輩の貴方に用があったんです」


月明かりの下、縁は優しく微笑む。「そうか」と。そう呟いた瞬間、先程まで生えていた羽、角は消え去り、人間に扮した縁方人がそこにいるのだ。俺が初めて会ったときと変わらない優しい顔で。


「……先輩」

「君も本当に物好きだよね。……野良悪魔を見掛けたら教会に報せるのが義務付けられてるってのに……その欲深さ、図太さ、益々好みだよ」

「それよりも、この課題のことなんですけど……」

「……そ、それよりもかぁ……まあ、いいよ。ただならぬ君のお願いだからね、聞かないわけにはいかない」

「……ありがとうございます」

「その代わり、いい加減俺と契約してよ。報酬は君の体でいいからさ」

「……その話は……」

「君が首を縦に振るまで諦めるつもりはないよ。なんなら、その血を使って無理矢理契約結んでも構わないくらいだ」

「……」

「冗談だよ。既成事実を作るの簡単だけど、君の方から望んで俺を求めてくれないと面白くないからね」


笑いながら肩を抱いてくるその手をやんわり払い除ける。
教室で見せるときと同じ、人好きしそうな目。

出会いは偶然だった、学園の敷地内で人間を餌にしていた悪魔を見つけてしまって、そしてそれが俺の知っていた人によく似ていた。それだけの話だ。学園で次々と生徒や教師が不審死してることは知っていたが、自分には関わりないと思っていた。最初は怖くて逃げてしまったが、次にあった時縁はいつもと変わらなかったので夢だと思ったのだ。
その結果、これだ。
悪魔に懐かれてしまうなんて。


「大丈夫、俺は長生きだからね。待ってるよ」

「先輩が長生きでも、俺の寿命は短いです」

「俺が延命させるよ。何百年がいい?なんなら俺と同じ不死身なんてどう?そうすれば、ずっと一緒だ」

「……そうやって、魔道士の子を口説いては食い殺してきたんですか」

「おっと、厳しいなぁ……でも安心して、俺は今は齋藤君だけだから」


……この悪魔、本当に信用ならない。
契約したところで、この男に主導権を渡してしまえばおしまいだ。
絶対に契約するものか。俺は他の魔道士たちとは違う。
……そうありたい。好きだった、誰よりも優しくてちょっと変な先輩。その先輩との関係をすぐに終わらせるつもりはなかった。月が陰る。夜が深くなる。


「好きだよ、齋藤君。だから、さっさと諦めなよ」

「……先輩の方こそ、俺の魔力渡してるんですから他の子から取らないでくださいね」

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