志摩、と呼ぶとすぐにこちらを向く。


「どうしたの?齋藤」

「……あの、あのね、お願いがあるんだけど」

「内容にもよるかな」


にこやかで人当たりもいいけど、調子のいいことばかりを言うわけではないところだったり、たまに見せる少しだけ意地悪な笑顔だったり。


「……写真、撮っていい?」

「……理由聞いてもいいかな」

「えーと、……志摩の顔をいつでも見てたいから?」

「ふーん。そっか、そりゃありがたいね。でもそれなら写真なんて必要ないよ、俺が側にいれば問題ないんだからね」

「う」

「で?本当の理由は?」

「……えと……なんか志摩の写真を欲しいっていう子がいて……あっ、あの、悪い子じゃないんだ。多分良い子だし、なんか……志摩のこと気になってるらしくて……」

「やだ」


……ですよね。
わかっていた。最初から断られるだろうっていうのは。
そもそも良い子かどうか判断材料も無に等しい相手だが、一年生らしいその子は志摩のことがその……好きだという。何故俺がそんな仲介人をやらされてるのかというと、志摩にも恋人ができればもう少しこう、柔らかくなるんじゃないだろうか。とか、つまり現状をいい方向へと持っていけるのではないかと企んだ結果だった。


「ハッキリいいなよ。どうせ脅されたんでしょ?齋藤お人好しだから。齋藤ならまだしもなんで俺が知らないやつのために写真撮らせないといけないわけ?絶対やだ。ていうか誰」

「えと、名前はその……わからないんだけど……」

「論外」

「う……っ」

「そもそも齋藤はそれでいいの?俺の写真が齋藤以外の誰かに見られるんだよ?その意味わかってる?」

「う、うぅ……で、でも……写真くらいなら……」

「…………はあ、本当齋藤にはガッカリだね。ちょっと脅されたらホイホイ言うこと聞くんだもん。おまけに俺を使うなんて」


露骨な大きな溜息に体が震えた。それからじわじわと込み上げてくる罪悪感。確かに、俺だけにしか見せない志摩が他人に見られるとなると少しもやもやする……かもしれない。


「……ごめんね、志摩」

「反省した?」

「……ん……俺が悪かった、ちゃんと断るよ」

「ふーん……?本当に断れるの?」


「うん」と頷けば、志摩の目がすっと細くなる。
あの意地悪な笑顔だった。


「じゃあ、試してみようか」

「へ?た、試すって……」

「齋藤、俺と写真撮ろうよ。ツーショット」


言うや否や、携帯端末を取り出した志摩は慣れた手付きでインカメを起動させる。画面いっぱいに映る笑顔の志摩と情けない顔の俺。あの、えと、と目のやり場に困ってると、「齋藤」と志摩に名前を呼ばれて、つい志摩の方を振り向く。そのとき、志摩は躊躇なく俺に唇を重ねたのだ。


「っ、待……んん……ッ」


唇を舐められ、開かされ、舌を絡め取られる。待って、カメラ、と志摩の胸を押し返そうとするが離れない。それどころか、カメラを向けたまま志摩は片手で俺の後頭部を掴んでは更に深く口付けてくるのだ。


「ん、ぅ……ふ……ぅ……ッ」


ちゅぷ、ぢゅ、と嫌な音が響く。薄皮ごと柔らかく噛まれ、舐められ、嬲られる。一時期カメラを向けられてることさえも忘れて志摩に口の中を蹂躙されていた。
濡れた音を立て、舌が引き抜かれる。いつの間にかお互いの唾液で濡れた唇に帯びる熱にしばらく呆気取られていると、志摩は笑った。


「……いいのが録れたね」

「な、に……」

「ああ、因みにこれ動画だから」

「っ……ぇ……」

「……チャレンジとしては失敗だけど、もし齋藤がまた押しに負けてアホなことほいほい引き受けるようだったらこの動画切り取って渡させるからね」

「……っだ、だめ……」

「じゃあどうするの?」

「も……知らない人のお願い聞かない……」

「そうじゃないでしょ?知ってる人のも聞いちゃだめだよ、俺以外のやつの言うことなんて全部無視して」

「……志摩……」

「返事は?」

「……わかった」


「本当かなあ?」と最後まで志摩は訝しげだったが一応は納得してくれたようだ。後日俺は直々に謝罪と申し出を断りにいったのだが、ついてきていた志摩のせいで余計事態は悪化してその子が二度と志摩に近づく事はなくなったのはまた別の話である。

おしまい

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