別に、全部が壊れてもよかった。
守りたいものもない。寧ろ、いっそのこと全部作り上げてきたものも壊して一掃したい気もあった。
誰もいない教室の中、机の上に押し倒した齋藤の目を見てその気持ちはより強いものに変わる。


「っ、し、ま……?」


別に、何でも良かった。誰でも良かった。俺のことを好きだっていう物好きがいれば、誰だって。俺の全てを受け入れてくれるというのなら、何だって。


「し、ま……ど……して、志摩……ッ」


声が震えてる。声だけではない。掴んだその手首も、微かに震えていた。暴れる身体を押し付けて、唇を重ねた。必死に逸らそうとする顔も顎を掴んで固定し、何度も執拗にその口を塞いだ。
齋藤は、俺のことが好きだという。俺のことを友達だって思ってくれてる。俺は一度だって齋藤を友達と思ったことはなかった。だってそうだろう、毎日顔を合わせて挨拶してただどうでもいい糞つまらない話をしてさよならを言うだけの人間、友達と呼べるのか。


「ッ、ん、ぅ……ッ、ふ、ぅぐ……ッ!」


舌先を唇に這わせる。硬く結ばれたそこを執拗に舌を這わせれば、吐息混じりそこが開いた。濡れた唇を抉じ開け、微かな隙間から捩じ込んだ舌は温かい咥内に包まれる。齋藤の中はとても熱く、甘く、心地がいい。押し出そうと必死に絡み付いてくる舌も、慣れていないのだろうそのぎこちない呼吸も、全部。官能的とは言い難い、それでも、外部から隔離されたこの教室の中確かに俺と齋藤はこの世に二人だけだった。誰も邪魔出来ない。今この時間齋藤を独占しているのは俺だ。
舌を絡め、唾液を流し込む。溢れた唾液でびちょびちょに濡れた齋藤は赤ちゃんみたいだった。とろんと蕩けた目も、俺しか映っていない。胸を押し返し、抵抗していたその指先もいつの間にかシャツを掴むものなっていた。
執拗に舌の先を擦りあえば、ぐちゃぐちゃに絡み合いまざる唾液と濡れた音に齋藤の目の奥が揺れる。舌を吸われるのが好きなのだろう。音を立てて舌先を愛撫すれば、押さえ付けた齋藤の胴体が魚みたいに跳ねた。その下腹部が先程よりも膨らんでるのを見て、心臓が痛くなる。熱に浮かされたみたいに、頭の奥が熱くなった。
齋藤が勃起してる。俺の手で、俺とキスして、俺で。


「ッ、ぅ、んん……ッ、ぅ……ふ……ッ」


後頭部を抱き寄せ、後ろ髪に指を絡め、俺深く齋藤にキスをした。呆けた顔して突き出したその舌を根本から先端まで裏筋をなぞれば、齋藤はもどかしそうに腰を揺らす。
指先に力が篭もる。最初は、試したかっただけだった。どこまで齋藤が俺の事を許してくれるのか、受け入れてくれるのか。なのに、これは。喉奥、固唾を飲んだ。
嫌われればそれでいい、拒否されたってその程度だと思えばいい。そう思っていた。だからこそ、そのつもりで俺は齋藤との関係を壊すつもりでいたのに。
齋藤は、俺が思っているよりも。


「っ、し、ま」

「……俺のこと、好きなんだよね。友達だって言ったよね」

「……ッ、ぁ……」


服の裾、その下に手を滑り込ませれば、齋藤の身体がぴくりと震える。汗が滲む。バクバクと脈打つ心臓が痛いくらいだった。


「俺のこと好きなら、何されてもいいでしょ」


賭けだった。これ以上は、深みに嵌まってしまいそうだった。それが分かったからこそ、口にした。齋藤の目が、俺を見詰めたまま動かなくなる。どちらのものか分からない唾液で濡れた唇がやけに厭らしくて、その沈黙すら一瞬のことのように思えた。
齋藤は、唇を噛み、それから俺から目を逸した。予想はしていた。どんな反応だって想定内だ。だから、こうして断られることだって、別に。


「……志摩が、したいって言うなら……いいよ」


……耳を疑った。赤く染まったその顔は、目は、俺を見ていない。それでも、俺の身体から手を離した齋藤は、今にも掻き消されそうなくらいの声量でそんなことを口にした。
正直、俺は、意味が分からなかった。俺がしたいからいい?なんだそれ。じゃあ俺がしたいと言わなかったら齋藤は俺としたいと思わないってことか。
求めるわけでもなく、ただ受動的な齋藤の言葉は俺が求めていた答えとは違った。けれど、それ以上に、怒りとも不快感とも似た何かが胸の奥が込み上げてくる。背筋にゾクゾクと震えが走った。
……これなら拒否された方がましだ。そう思えてくるくらいの虚しさ、けれどそれ以上に、酷く喉が乾いた。


「……やっぱなしっていうのは、ナシだからね」


面白くない。けれど、それ以上に面白くないのは、自分だ。顔が強張る。上手く笑えてるかも分からない。耳が、熱い。耳だけではない、目元も、焼けるように。

齋藤は何も答えなかった。その代わり、俺を見ることもなかった。正直、良かったと思う。こんな顔、齋藤に見られなくて。

ロマンチックな告白よりも、情熱的なプロポーズよりも、俺の心臓を鷲掴むその言葉に、姿に、何も考えられなかった。頭の中で綿密に組み立てていたいくつものシミュレーションも全て台無しだ。自分が自分でいられなくなる。
その時俺が齋藤に抱いたものは恐怖に近かった。
俺が、求めていたものとは違う。けれど、その『俺』すらも壊してくれるならきっと、齋藤は。

布の擦れた感触、震える器官。息が混ざり合い、部活動に励む生徒たちの声がやけに遠くに聞こえた。
理想も幻想も現実も全て壊してくれたならば、俺は何者かになれるのだろうか。抱き締めた身体から直接感じる齋藤の体温に頭の奥が痺れるようだった。優しくするつもりなんてなかったのに。それなのに。


「……っ、しま……」


大切なものなんて作りたくなかった。弱味が増えるなんて、生きていく上で枷になるだけだ。無駄だ。それなら、別に一人でも構わない。友達なんて、別に必要ない。
それは、今でも思う。けれど、それ以上に、受け入れてくれる齋藤にずっと包まれていたい、そう思うってしまうのだ。


「……好きだよ、齋藤……っ」


何度目かの口付けを交わす。見詰め合って、また触れ合うように唇を重ねた。リップ音も気にならない。ただ、ずっとこうしていると最終的には齋藤とくっついたまま混ざり合って離れられなくなったりしないだろうか。そんなこと考えながら、俺は、呆けた顔をして見上げてくる齋藤に唾液を飲ませる。齋藤は小さく喉仏を上下させ、俺の唾液を飲み込んだ。濡れた唇に、心臓から流れる血液が熱くなる。


「好きだよ、齋藤……齋藤が、俺のこと嫌いになるまで、ずっと、俺は齋藤のこと好きだから……ッ」


恋人になりたいと思わない。セフレなんて以ての外。もっと、精神に近く崇高で清潔な存在。俺の体液を流し込めば、いつかは齋藤の中に流れる体液が俺のものになるだろう。心だけではなく、体だけも齋藤と繋がっていたい。そう思うのは、齋藤のそれに答えたいからかもしれない。

他人から必要とされたかったのは俺だ。他人から信じてもらいたかったのも俺だ。誰かに愛されて誰かにとっての大きな存在になりたかった。
一緒に過ごした時間の短さなんてどうでもいい、これからいくらでも時間がある。一つ一つ、俺の知らない齋藤も全部知っていけば問題ない。
息絶え絶えの齋藤の身体を抱き締める。細身の身体は、腕の中で震えた。それを無視して、俺はその首筋に顔を埋める。齋藤の匂い、齋藤の体温、齋藤の鼓動が直に感じた。繋がった下腹部からどろりと濁った色の精液が溢れ、齋藤の腿を、テーブルを汚した。
齋藤の頬は濡れていた。涙で濡れた齋藤の目もキラキラして綺麗だと思った。


【初恋とマリアージュ】

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