「か、いちょう……」

「目が覚めたようだな」

「っ、俺……」

「無理に動かない方がいい。……まだ、痺れが抜け切れていないんだろう。転ぶぞ?」

「……どうして、こんなこと……やっぱり、俺が、邪魔だから……ですか」

「……待て。誰が邪魔だと言った。俺は一瞬たりとも君を邪魔だと思ったことはない」

「……じゃあ……」

「安心しろ。別に、君をどうとするつもりはない。……今のところ、メリットもないしな」

「……」

「君には興味がある。……阿賀松のこともだが、灘のこともだ。まさか、あの鉄仮面がここまで何かに固執するとは思ってなかったからな」

「……灘君に、何するつもりなんですか?」

「それを聞いてどうするつもりだ?……俺に協力するとでも言うのか?」

「……それは……」

「言っただろう。君は、ここにいるだけでいい。寧ろ、いてもらわなければま困る。……あれは一度そうと思うと周りが見えなくなるところがあるからな、何をしでかすか分からん」

「……」

「……こんな真似しか出来ない俺を軽蔑するか」

「……会長は、灘君を止めようとしてるんですか?……確かに、ここ最近は、様子がおかしかったかもしれませんが……けど……それは……」

「止めるか。そんな、格好の良いものではないだろうがな。……俺はあくまでこの学園の生徒代表だ。問題の種は芽吹く前に摘む義務がある。……それがたまたま、自分の知ってる相手だった。それだけだろう」

「……っ」

「君は、随分と灘と一緒にいたようだが、何も感じなかったか?あれは文句一つ言わずに何でもする。裏を返せば、何も興味がないからだ。嫌だと言う感情も好きという感情も持ち合わせない。だからこそ、なんでもすることが出来た。……そういう人間が何か一つに嵌まり込むと、非常に厄介でな」

「……それ、は……」

「君も心当たりがあるんじゃないか」

「……っ、会長は……どうするつもりなんですか……こんなことしたって、灘君は……」

「奴は間違いなくここへ来る」

「‥…ッ!」

「ここ数日のやつの行動は把握済だ。……流石に、抜け穴を知ってるのか全部が分かってるわけではないが……やつの行動全ては君に紐付いていた」

「…………」

「話し合いなんか出来る相手ではないからな、君には手荒な真似をしてしまい申し訳ないと思う。……許してくれとは言わないがな、君が必要だった」

「っ、会長……」

「念のため、俺がいいと言うまでこの部屋から出ないでくれ。……何があってもだ、いいな?」


「…………」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「っ、灘君……灘君……ッ!」


どうして、どうして、こんな、ことになったのか。
倒れた灘に駆け寄るが、目を閉じたまま灘君は動かない。
「誰かっ!」と声を荒らげれば、先程の物音で駆けつけたのだろうか。数人の三年が入ってくる。


「会長っ、うわ、なんだこれ!」

「おい誰か!早く救急車!先生も!」


慌ただしくなる部屋の中。会長は意識があったらしい。赤く染まった胸部を抑えながら、会長は、こちらに目を向ける。そして、俺の手を掴んだ。


「駄目だった」


そう、確かに聞こえた。ような気がした。
会長が言い終わる前にその口から濁った咳とともに赤い血が溢れ出す。

俺は、どうすればよかったのだろうか。灘を信じていれば良かったのだろうか。考える余裕もなく、ただ、俺は灘の手を握り締めていた。まだ温もりを持ったその手は、確かに俺の手を握り返してくれていたからだ。
今だけは、この手を離すことが出来なかった。
そうすれば本当に、灘を失ってしまいそうなそんな気がしたからだ。

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