仁科に、好きだって言われた。
その流れでつい、つい、とんでもないことをしてしまったけれど、正直下半身の痛みなど気にならないくらい俺は浮かれていた。
嬉しくて、それでも、最中にやってしまった数々の発言行動を思い返しては恥ずかしさしかないが、それ以上に幸せだった。
だからだろう。俺は、肝心なことを忘れていた。


「何ニヤニヤしてるんだよ、お前」

「……へっ?」

「へ?じゃねえよ、俺といるときにまさか関係ねえこと考えてんじゃないだろうな」

「え、ええと、その……すみません……」

「否定しろよ」

「す、すみません……!」


最大の難関は間違いなく阿賀松だ。
合意ではないとはいえ、一応阿賀松と付き合ってることになっていたのだった。
けれど、前までは阿賀松からの呼び出しは憂鬱で仕方なかったが、今は。


「ったく……おい奎吾、お前も何ニヤニヤしてんだよ」

「へっ?!」

「お前もかよ。弛んでんじゃねえのか、おい」

「す、すみません……」


阿賀松に睨まれ、仁科は慌てて自分の口元を抑える。
不意に目が合い、つい、俺はまた口元が緩みそうになって慌てて顔を逸した。
そんなときだ。


「まーまー、いいじゃんいいじゃん。伊織だっていっつもニヤついてんだしさ」

「うるせぇな、テメェが言うんじゃねえよ」


苛ついてる阿賀松に構わず、「うんうん、笑顔が一番」なんて笑いながら頷く縁。

あれから、縁とは特になにもないが、きっと縁は俺達の関係にも勘付いてるのだろう。
いつ阿賀松にバレるか分からないが、当分はこの関係を保つことになるだろう。
……心臓には悪いが、必然的に仁科と会えることにもなるので俺は不満はなかった。

それに。


「……喉、乾いただろ。飲んでおけ」

「あ……ありがとう、ございます……」

「いや、別に……飲み物残ってたから」


差し出されたジュースと、グラスの横にちょこんと置かれたキャンディー。
本当、この人は俺を甘やかすのが上手い。
せっかくニヤけないように気を付けていたのに、これでは台無しだ。頬が緩むのを直せないまま、俺はキャンディーをつまみ上げる。
濃厚いちごミルク味。
そのチョイスすら愛おしい。


「あれ?今奎吾なにか齋藤君に渡さなかった?」

「え、わ、渡してないですよ、何言ってるんですか……」

「えー?本当に?齋藤君だけずるいなぁ、俺にもくれよ」

「だから、なにもないですから!」

「奎吾、お前あんまユウキ君甘やかすなよ。こいつ調子に乗るから」

「う……ッ」


もうそれは手遅れです、なんて言えないまま、俺と仁科は目配せして、そのまま顔を逸した。
いつか、周りの目を気にせずに二人で一緒になれる日はくるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は、グラスを口にした。


おしまい

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