一秒一秒が長く、たった数秒のことなのに、それでも俺達にとってはとても長い間の出来事のようにも思えた。
唇を、離す。目の前、呆然と丸くなった仁科の双眼が俺を捉えて離さない。
心臓の音が煩い。触れた唇が熱く、そしてじんわりと甘く感じた。
「っ、さ、いとう……」
振り絞るような仁科の声に、俺は、現実に返る。
顔が、熱い。してしまった、という羞恥と後悔、それ以上に、仁科の唇の感触に、頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなかった。
「……好きです、先輩のこと……」
「……ッ、齋藤……」
「先輩……せんぱ……ッ、ん、ふ……」
塞がれる。唇ごと、仁科に。
心臓が壊れそうなくらい脈打った。外の音も全部遠くなって、何も聞こえない。触れ合った唇は強張っていて、肩に食い込む指の力も強まっていく。
触れた箇所から仁科の緊張が伝わってくるようだった。
「っ、ふ……っぅ……」
何度も角度を変えて、どちらからともなくキスを交わす。
何も考えることが出来なかった。仁科で頭がいっぱいになって、暖かくて、優しくて、幸せで。視界が滲む。目を細めた仁科は、俺の後頭部を優しく撫で上げた。
ゆっくりと離される唇は、微かに震えている。
「……齋藤、嫌がってくれ……じゃないと、止めるタイミングが分からない」
「っ、や……やめなくていいです……」
「……っ、おい……」
「俺、今、すごい、幸せです……」
こうして、自分の気持ちを吐露出来るのは仁科の前だからだ。受け入れてくれる仁科に、甘えてしまっている自分がいた。
仁科を困らせてはダメだと思うのに、止まらなくなる。不器用で、優しいその手にずっと触れていたくなる。
先輩は、と顔を上げた時、頬を掴まれる。触れ合うキスではなく、噛み付くようなキスだった。
周りを気にする余裕もなかった。いつどこで誰が通りかかるかも分からない通路で、俺達はただ、お互いの感触を確かめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何も考えられなかった。不器用で、それでも腫れ物でも扱うかのように仁科は俺に触れるのだ。
シャツの下、素肌を滑る手の感触に身体が震える。
明かりも付いていない空き教室の中。
もう何度目かも分からないキスをする。仁科の熱に吐息に動きに全神経が尖っていく。
胸を揉むように触れた手に、身体が、全身の筋肉がびくりと震えた。
「っ、ぁ、せ、先輩……そこは……っ」
「……っ、わ、悪い……」
「っ、そ、そうじゃなくて……そこ……」
慌てて離れる仁科の手を掴み、重ねる。きゅ、と指を絡めれば、仁科の鼓動が大きく跳ねたのが伝わってきた。
「いい、ですから……あの、仁科先輩なら、俺……」
何をされても、と言葉は口に出来なかった。それでも、視線の先、一層赤くなった仁科はそれでも確かに俺に頷き返した。
「わかった」と、掠れた声が届いた。
それからすぐ、再び胸に這わされるその指に、喉が震える。本当は、あまり胸を触られるのは好きではない。けれど、仁科の優しい手付きに、次第に恐怖も薄れていく。
「っ、ぅ……く、ぅ……ッ」
ちゅ、ちゅ、と宥めるようなキスが頬、額へと落ちる。乳輪ごと柔らかく揉み扱かれれば、腰の奥がじんわりと熱くなった。
「仁科、先輩……っ、ん、ぅ」
尖り始めたそこを指先で押し潰され、時折転がされる。甘い熱が溢れ、視界がじわじわと赤く染まっていく。
触れられた箇所が熱く、疼く。熱が集中し始める下腹部、無意識に腰が揺れた。
じれったくて、愛しい。ぎこちない手付きすら、もどかしくて、触れてほしい。そんな浅ましい欲が込み上げてくる。
「……っ、ふ、ぁ……んん……ッ」
仁科の後頭部に手を回し、抱きつく。首元に顔を埋めた仁科は、そのまま筋に舌を這わせた。前髪が掠める度にこそばゆくなって、吐息混じり声が漏れる。
「齋藤……」
赤い。熱くて、何も考えられなくなる。
仁科に触れてることが、触れられてることが、全部全部夢みたいで。いっそのこと夢ならばと伸ばした指先で仁科の頭を撫でる。癖なのかアレンジなのか、跳ねた髪先を指でくるりと掻き混ぜれば、仁科は「遊ぶなよ」と少しだけ不服そうに俺を覗き込み、それからどちらともなく唇を重ねる。
「っ、ん、ぅ……ふ、……ッ」
服を乱され、衣類の下、尖ったそこを柔らかく摘まれれば汗が滲む。鼓動が脈打つ。
「……心臓の音、すごいな」
「っ、……聞こえて、るんですか……?」
「あぁ、バクバク脈打って……伝わってくる。齋藤の音が」
「緊張してるのか?」と悪びれもせず聞いてくる仁科に、俺は何度も頷いた。
「すっ……好きな人の前で脱いで、触ってもらって……緊張……しないわけ、ないじゃないですか……っ」
「悪い、そうだよな」
「な……なんで笑うんですか……」
「違うんだ、その……」
不意に仁科に手を掴まれる。何事かと目を丸くする俺に構わず、仁科は俺の手を握り締めるように自分の胸に俺の手ごと寄せた。
「……俺と一緒だ、って思って」
瞬間、全身がドクリと音を立て何度か体温が一気に上昇した。気のせいではないはずだ。仁科の笑顔に、触れた指先から伝わってくるとくんとくんと心地のいいリズムを刻むその音に、何も考えられなくなる。
仁科は本当に、ずるい。
「っ、ぅ、あ……」
手に汗が滲む。頭がくらくらする。意識してしまい、まともに仁科の顔を見られなかった。好きが、溢れてくる。好きだ、この人が、好きで、全部、大好きだ。
「……齋藤、顔、こっち向けて」
慈しむような優しいその目に強請られれば、抵抗する気すらも起きなかった。それどころか、体は無意識に仁科に従ってしまう。いや、従ってるのは仁科にではなく、もっと仁科を感じたいという自分自身か。
顔を上げれば、仁科の睫毛が視界に映る。目を瞑り、唇を重ねた。何度も、お互いの味を確かめるように。唾液でふやけたってお構いなしに、俺達は抱き合った。
「っ、は、ァ……ッんん、ぅ……ッ!」
腰が抜けそうになる。集まった熱で勃起した性器は今にも破裂しそうな程、痛い。その痛みすら、心地よく感じるものだから恐ろしいと思う。
腰に回された仁科の手に背筋から臀部まで撫でられ、身が竦む。熱が篭った目で見詰められ、目を逸らす。
分かってて、それでも敢えて触れようともしないで身体を密着させてくる仁科が憎くて、憎たらしくて、愛おしくて、好きで。どうしようもなくなるのだ。
「っ、に、しな……先輩……ッ」
思い切って、仁科の手を掴めば、仁科は少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……悪い……齋藤の反応が可愛くて……」
「っ、か、わ……っ」
す、と伸びてくる指先は俺の前髪を掻き上げる。
「……そうやって俺と目が合うと顔を隠すところも」
「ぁ、や……め……ッ先輩……っ」
ちゅ、と、瞼、額、頬へと唇を押し付ける仁科。
こそばゆさに身を捩らせば、抱き締めてくる腕に無理矢理引き戻される。
「……上ずった声も、頑張って堪えようとしてるところも」
「っ、ふ、ぅ……ぁ……」
「……可愛い、すげー可愛い……好きだ、齋藤」
好きだ、その一言だけで、全身を駆け巡っていた熱が一気に性器に集まるのが分かった。
「っ、ぁ……あ……あぁ……っ」
認めたくない。そう、思うのに、熱くなった下腹部。滲む熱に、自分が射精してしまっていることに気付く。浅ましい。恥ずかしくて、それ以上に幸せで、ふわふわと熱を帯びた思考はあまい痺れを伴っては何も考えさせてくれない。仁科の事以外、全部。
「……っ、先輩、もっと……キス……」
「……齋藤……っ」
「ふ、ぁ……んむ……ぅ……っ!」
口を開き、舌を突き出せば仁科は眉根を寄せ、それから俺の舌に舌先を絡める。暖かくて、甘くて、気持ちよくて、このままずっと触れ合っていたい。
緩められたベルト、ずらされたスラックスの下剥き出しになった下着一枚のそこにぎこちなく触れる仁科の手に心臓が加速する。感触を確かめるように、あくまで優しい手付きで仁科は俺に触れた。すりすりと下着越しにお尻を撫でられる。それから、ゆっくりと揉まれる。臀部の谷間に差し込まれた人差し指は割れ目の奥、窄まったそこを撫でる。むずむずして、下腹部に力が篭もる。
「っ、ふ、っぅ……んん……ッ!」
熱に溺れてしまいそうだった。
きゅっと窄まったそこを優しく拡げるように指で周囲の筋肉を押し解す仁科に、こっちの方がどうかなってしまいそうだった。
もっと、触って欲しい。もっと。奥まで。
焦れる。仁科の方を見上げれば、目があった。
「っ、せんぱ、い……」
「……そんな目で見るなよ。……ちゃんと、慣らさないと後が辛いのはお前だろ、齋藤。……っ、俺だって、我慢してるんだよ」
分かってる。分かってるが、どんどん貪欲になってしまう。仁科の優しさに甘えてしまう。我儘になっていく。
もっと、仁科に触れられたくなるのだ。
小さな舌打ちとともに、ぐっと、腰を抱き寄せられた。瞬間、布越し、下腹部同士が密着する。瞬間、ごり、と嫌に生々しい感触が当たる。勃起した仁科の下腹部に気付いた次の瞬間、唾液で濡れた仁科の指が、ぐ、と中へと入ってくる。一本、ゆっくりと奥まで差し込まれる。関節部分が掠める度に声が、喉が震える。汗が滲んだ。
「……っ、ふ、……ッぅ、あ……っ」
「……痛かったら言えよ」
「んっ、……は、ひ……っ」
痛さなんて、構わなかった。痛いとも思わない。本当ならば耐えられないのかもしれないが、それでも、ちょっとやそっとの痛みではこの多幸感は薄れない。脳内麻薬に等しいものを覚える。きっと、この感情は、まさにそれだ。
「ぃ、ひッ」
二本目の指が滑り込む。解された入り口は受け入れやすくはなっていたが、それでも中はまだ異物を受け入れられないでいた。強張る筋に、仁科は「大丈夫だ」と優しくぽんぽんと俺の肩を叩いた。
「ゆっくりと息を吐き出せ、すぐに苦しくなるようなことはしない。……だから、大丈夫だ、安心しろ」
ぽんぽん、ぽんぽんと優しく叩かれる背中。
セックスしようとしてるのに、こんな風に優しく声を掛けられたことが初めてで、子供扱いされてるみたいで泣きたくなる反面、幸せで、嬉しくて、興奮とか気持ちいいとかそれ以上に、仁科とこうしてくっついていられるその事実で胸が満たされていく。頷き返し、言われたとおりに息を吐き出す。深呼吸。何度か繰り返してる内に、仁科は内壁を柔らかく押し広げ、痛みを緩和させながらも着実に奥まで入り込んでいた。
「ぁ、……あ……っふぅ、く……んん……ッ」
混ざり合う。粘着質な音が体内で響き、触れられた箇所が熱く疼いた。体内の指の動きに合わせて自然と腰が揺れる。息が、浅くなる。
「……お前の中、熱いな。……狭くて、指が蕩けそうだ」
「せ、んぱ……ッぁ、あ……ッ」
「痛くないか?」
耳元、囁かれ首を横に振る。
寧ろ、俺は。
「気持ち……い……です……っ、先輩の指、優しくて……ぽかぽかします……っ」
「……ッ、齋藤……」
名前を呼ばれる。仁科の吐息が耳朶に吹き掛かり、カッと熱くなった。体の中を這いずり回っていた指の動きが次第に激しさを増し、身を引く。けれど、腰に回された仁科の腕にホールドされ、身動きが取れなかった。
「にし、な、先輩……ッ、待っ、ぁ、せんぱ……ッ」
「……ッ」
「あッ、ぁ、あぁッ、や……そこ……っや、だ、め、だめです……おれ……ッ!」
下着の中、既に先走りでどろどろになった中で嫌な感触を覚えた。濡れた音。厭らしく体の中を弄る指先に、限界まで近付いていた熱はあっけなく放出された。
「ふッ、く、ぅ――ッ!」
ぼたぼたと、腫れた性器から溢れる白く濁った液体は性器を伝い、内腿へと流れていく。ぐちゃぐちゃに汚れた下着を恥ずかしがる余裕もなかった。こんなにも早く、あっけなく射精してしまう自分が恥ずかしくて、それ以上に、こちらを見る仁科の目に、背筋がぞくりと震える。
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