「齋藤、これあげる」
授業が終え、次の授業の準備をしようとしていたときだ。
不意に伸びてきた志摩の手は、俺の机の上に小さなぬいぐるみを乗せた。
茶色いうさぎのような形をしたぬいぐるみは、つぶらな瞳でこちらを見上げてくる。頭にはボールチェーンが繋がってる。カバンにでもつけろということか。
「ありがとう。これ、もこもこしてて可愛いね。……けど、どうしていきなり……」
「どうせだったら食べ物よりも残るもののほうがいいかなと思ってさ、これだったら齋藤いつでも使えるでしょ」
「バレンタイン」と、志摩は口を動かした。
唐突なプレゼントだと思ったが、なるほど、これが志摩のバレンタインか。変なものを食べさせられるのではないかと思っていただけに安堵する。
「ありがとう……」
「そうじゃなくてさ、齋藤はなんかないの?バレンタインだよ?まさか、何も用意してないなんてこと……」
「……ええと、一応……用意はしてる、けど……」
「なんでそんな声ちっちゃいの」
「……俺、チョコしか用意してないよ。……やっぱり、物とかのがよかったよね」
「別に、そんなこと一言も言ってなくない?俺は齋藤にあげるなら残るものの方がいいかなとは言ったけどさ……齋藤が用意してくれたものなら、なんでも嬉しいって言ってるんだけど、これでもわからない?」
「……し、志摩……」
志摩なりにフォローしてくれてるのだろう。とても回り道感あるが。
俺はなんだか志摩に急かされるような形で、鞄の中に潜ませていた小包を取り出した。
「これ……」
「ふーーん……この包装、もしかして、手作りしたの?」
「ぅ……やっぱり、買い直してくるよ、志摩のお腹壊したら大変だし……って、あっ」
「いいから、ちょうだいよ」
言うなり俺からチョコを取り上げた志摩は、そのまま丁寧に包装を剥がし、そして中身を眺める。チョコの色はしてるが、やはりレシピに載ってるようなものにはならなかった。ただの茶色い物体をじっと見ていた志摩だったが、やがてそれをひょいっと口の中に放り込んだ。
そして、暫くそれを咀嚼する。
「……」
「……どうかな……?」
「焦げてる」
「う」
「おまけに、湯煎失敗してるでしょこれ。……チョコの味はするけどさ、ちゃんとレシピ見ながら作ったの?」
「一応見たんだけど……ご、ごめん……」
まさかそこまで見抜かれるとは。志摩は大きな溜息を吐き、そしてふっと頬を緩めた。
「……今度は一緒に作ろうね。俺が作り方教えるから、それなら問題ないでしょ」
「志摩……」
「ありがとう、齋藤」
『今度』、その言葉に、その笑顔に、俺は、握り締めたぬいぐるみが少しだけ暖かく感じた。
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