学生寮、自室前。
 帰ってきた俺を迎えたのは、本来ならばこの階層に用が無いであろう人物だった。

「縁先輩?」
「齋藤君、おかえり。随分と遅かったね。待ちくたびれちゃったよ、俺」
「あの……どうしてここに……」
「齋藤君、問題です。さて今日はなんの日でしょう」
「えっ……あの、バレンタインデー……ですよね」
「せいかーい!流石齋藤君、大当たりだね」

「ってことで、はい、俺から齋藤君へのプレゼントだよ」満面の笑みを浮かべ、縁は俺に愛らしい包装が施された箱を手渡した。
 なんとなく予想していたが、まさか待ち伏せさせれてたなんて……。

「ありがとうございます……」
「開けて見て」
「こ、これは……」
「買い物行ったらさ、可愛いチョコレートがあったからさ、つい買っちゃったんだ。……君に食べてほしいって思ってね」
「高かったんじゃないんですか?」
「齋藤君、君は無粋なことを言うね。人の気持ちを値段に換算するのはダメだよ」
「す、すみません……」

 逆に怒られた。
 けれど、縁の言うこともわかった。六つに仕切られた枠組みに置かれた繊細なデザインのチョコレートはジュエリーのようにすら映った。目が、奪われる。
 縁がこれを選んだのも分かるような気がした。

「……なんか、食べるの勿体無いですね」
「それなら俺が食べさせようか?」
「いえ、結構です。……けど、ありがとうございます」
「本当は手作りしようか迷ったんだけど、警戒心が強い齋藤君のことだから食べてくれないかなって思ってやめたんだ。齋藤君が喜んでくれたんだったら、正解だったみたいだね」

 笑う縁。深い意味なんてないのだろうけど、それでも、聞き逃せなかった。

「あの……今度は、先輩の手作りも食べてみたいです」
「それは来年も俺に用意しろって言うこと?」
「すみません、俺、厚かましいこと言って。けど、その……」

 上手い言葉が見つからず、口籠ったとき。
 そっと優しく触れてくる縁に手を握り締められた。そして。

「……了解、俺のお姫様。来年も再来年も君が臨むなら用意してくるよ」

 流れる動作で、縁は俺の手の甲、薬指へと唇を落とした。
 一瞬抵抗も忘れる程綺麗で、違和感がなかった。

「……な、何言ってるんですか……やめてくださいよ」

 そう慌てて離れれば、縁は愉快げに喉を鳴らす。
 縁は楽しそうに笑うけれど、縁に対して何も用意していなかった俺は正直申し訳なさでいっぱいだ。

「すみません……俺、なんも用意してなくて……」
「ああ、いいよ別に。いつも君から沢山貰ってるからね」

 縁は、「それじゃ、一人のときに食べてね」とだけ軽く手を振りその場を立ち去った。本当にチョコを届けに来てくれただけのようだ。

 言われた通りに、阿佐美が寝静まった夜に一人こっそり縁から貰ったショコラジュエルの箱を開く。
 縁から貰った宝石は、大人の味だった。口にした瞬間、濃厚なブランデーの風味が広がるのだ。
 俺にはまだ少し早いのではないか。思ったが、それ以上にとろける口溶けと二段層になったチョコレートにはハマってしまいそうだった。


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