バレンタインデーは嫌いだ。
 面倒なイベントだと思う。なんで誰も欲しいなんて一言も言ってないのに無理矢理押し付けられて、「ありがとう」なんていちいちお礼を言わなきゃいけないんだから余計ダルい。ホワイトデーなんか、なかったらいいのに。
 好きでもないチョコレートの匂いを嗅ぐだけで気分が悪くなる。

「ハルちゃん、すごい量だね」
「クラスの子以外からも貰ってさ……断れなくてな」
「でも、それだけ好かれてるってことなんじゃないかな。……すごいなぁ、ハルちゃん」

 ゆう君は、相変わらずだった。
 何も分かっていない。逆に貰わないからそんなことを思えるのだろうか。
 好きでもないやつから好かれたところで迷惑なだけだろうに、ゆう君の能天気さは筋金入りだ。

 下校時。
 ロッカーの中に詰め込まれたそれを見てげんなりとする。
 いつの間に仕込んだんだよ。律儀に並べられたそれを見て、取り敢えず鞄の中に詰め込んだ。

「ゆう君は貰ってないわけ?」
「俺は、そんな……あ」

 ゆう君はロッカーを開け、そのまま固まる。
 そして、慌ててロッカーからそれを取り出した。

「……は、ハルちゃん……これ……」
「えーと、……『齋藤君へ』……ゆう君へだってよ」

 ハート型の箱、それを包むリボンに挟められたメッセージカードを読み上げれば、ゆう君の顔が耳まで赤くなった。

「わ、うそ、どうしよう……」
「どうするって、食べたらいいじゃん」
「けど、やっぱりお礼とか……あれ名前書いてない……」
「恥ずかしがり屋なんだよ、きっと。でもま、良かったな。ゼロなんかにならず」
「ハルちゃん、他人事だと思って……」
「思ってないって。……ほら、帰るよ」
「うん……」

 ゆう君は、それを鞄の中に大事そうに仕舞った。
 あーあ、バカみたいだ。そんなに浮かれちゃってさ。
 誰からかもわかんないチョコ貰ってそんなに喜べるゆう君の性格は素直に羨ましい。けど、ゆう君はきっと誰でもよかったんだろう。くれる人なら、誰でも。
 ……俺には無理だな。不特定多数に貰おうが、ほしい相手から貰えなければなんの意味もない。

『すみません、これ……下さい』

「それ、俺からだよ」って言ったら、ゆう君はどんな顔をするのだろうか。考える。喜ぶか、それとも「ああ、なんだ」と落胆するか。……考えるまでもない。ゆう君は喜ぶだろう。誰でもいいんだ。わかったからこそ、誰でもなくした。本当は「誰からかも分からないものなんて」と捨ててもらいたかったのかもしれない。
 バカみたいだと思う。我ながら。

 遠くから聞こえてくる目覚まし音に目を覚ます。
 冷え切った部屋の中、シーツの中だけの熱は確かだった。

「……最悪」

 携帯端末は15日の朝を差してる。
 結局俺はゆう君の求める不特定多数にすらなれなかった。

チョコレートの匂いは、相変わらず好きになれそうにない。

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