学生寮一階。
特に用もなく歩いていると、向かい側から見覚えのある小柄な男子生徒が歩いてくる。
江古田だ。
複数の大きな袋を腕に提げる江古田はそれに夢中になっているようで、俺に気付いていないようだった。


「江古田君」


フラフラと歩く江古田が気になって、俺はなるべくフレンドリーな感じで江古田に声をかける。
そこでようやく江古田は俺の存在に気が付いたようだ。

相変わらず光のない目を俺に向ける江古田は、「先輩」と小さく口を動かす。


「なんか、すごい荷物だね」

「……大量収穫です……」


感心したように言えば、江古田はほくほくしながらそう呟いた。
なにが大量なのだろうかと袋に目を向ければ、中には大きさのある箱からぬいぐるみまで様々な雑貨が入っていた。
その袋には、学生寮のショッピングモールに設置されたゲームセンターの店名が表記されてある。
どうやらすべてゲームセンターのゲームで獲ってきたようだ。
凄まじい。


「……一人で大丈夫?」


ただでさえ力が無さそうな江古田が大きな袋を大量にぶら下げている様はあまりにも危なっかしく、つい俺は要らぬお節介を焼こうとしてしまう。
俺自身体力や腕力に自信があるわけでもなかったが、一人と二人では大分違うはずだ。
遠回しに『手伝おうか?』と尋ねる俺に、江古田はふるふると首を横に振る。


「……大丈夫です……」


そう断りを入れる江古田は、そのまま「失礼します」と小さく会釈し俺の横を通り過ぎていった。
まさか断られるとは思ってなくて、俺はハラハラしながらその後ろ姿を見送る。
多少心配だったが、江古田も男だ。
同性相手から庇われるのは面白くないだろう。
渋々江古田から顔を逸らした俺は、そのまま足を進めようとした。

瞬間、背後からバサバサとなにかが落ちるような音がする。
振り返れば、そこには袋の中身をぶち撒けた江古田が呆然と立っていた。
どうやら中身の重さで持ち手が切れたようだ。
その後ろ姿にはただならぬ哀愁が漂っていた。





「……すみません……」

「いいよ、別にこれくらい」


学生寮、エレベーター機内。
放心する江古田の代わりに一回り大きな袋を貰ってきたついでに荷物持ちを申し出、現在に至る。
過半数の荷物を抱える俺。
先ほどからずっと江古田はこの調子だった。
よかれと思ってやったのに、ここまで謝られてしまうとこっちまで不安になってくる。


「……先輩って、背高いですよね……」


不意に、俺を見上げる江古田はそんなことを言い出してきた。
「えっ?」まさかいきなりそんなことを言われるとは思ってなくて、少しだけ戸惑う。


「そ、そうかな」

「……それに力もあるし……」


素直に羨ましがられるのはちょっと鼻が高かったが、相手が江古田なだけに誉められているのか妬まれているのかわからなくなる。
ぶっちゃけ荷物が重すぎて両腕がぷるぷる震えているのだが、後輩の前でかっこつけたかった俺は笑いながら「毎日鍛えてるからかな」と適当なことを口にした。
嘘だ。本当はたまに気が向いたときにするくらいだ。


「……僕も、先輩みたいに身長伸びますかね……」


そして真に受けられた。
どうやら江古田はコンプレックスを持っているようだ。
俺の場合小さい頃からどちらかというとでかかったので、平均身長よりも低い江古田の身長がどうなるかはわからなかった。
が、悩みを相談され、妙な使命感を燃やした俺は頷く。


「伸びるんじゃないかな」


「ほら、成長期だし」なにを根拠に適当なこと言ってるんだ俺は。
心の中で突っ込みつつ、やはり落ち込んでいる江古田を見てると先輩風を吹かせざるを得なかった。


「……本当ですか……?」


瞬間、心なしか江古田の表情が明るくなったような気がした。
期待するような江古田の目に、俺の罪悪感が刺激される。
なんだか酷く申し訳ないことをしているような気がしてならない。
でも、せっかく頼られているのに曖昧に濁すのも申し訳ない。


「も……もちろん!」


拝啓お父様お母様。
こんな嘘つき息子に育ってすみません。





その日、一旦荷物を江古田の部屋まで届ければ、江古田に誘われ一階ショッピングモールにあるスポーツ用品店へ付き添いすることになる。
嬉々として筋トレグッズを買う江古田を見ていると、「いややっぱり伸びない場合もあるかもしれない」なんてことが言えるわけがなく、俺は下手に口を出さずにその様子を見守っていた。
途中どういうのが良いのか聞かれたが、もちろんそういうことに疎い俺がまともな返事を返せるはずがなく、そこの店員に助け船を出してもらうことになる。
気を使いすぎていつも以上に疲れたが、帰り際、微妙に嬉しそうな顔をした江古田に「ありがとうございました」と言われたとき疲れが吹っ飛んだ。
嬉しかったが、やはり罪悪感は否めない。
結局俺は「筋トレ頑張ってね」ぐらいしか言えず、そのまま自室に帰って寝た。
その日、俺は五メートル越した江古田に追い掛けられる夢を見る。怖かった。

そして数日後。
いつものように生徒会室に遊びに行けば、約二名を除く疲れた顔をした役員たちが俺を出迎えた。


「あの、なんかあったんですか?」

「……ああ、齋籐君か」


そう尋ねれば、ソファーで休憩していた芳川会長が返事をする。
「まあ、ちょっとな」そう答える芳川会長はどこか気を遣っているようだった。
他の誰か話を聞こうと重い生徒会室内に目を向けたとき、部屋の隅になにやら怪しい物体を見つける。
と思ったら、物体は体操座りをした江古田だった!
生気がなさすぎて普通に気付かなかった。


「身長が縮んだ、だって」


ソファーに座ってグラスに入ったジュースを飲んでいた栫井は、そう何でもないように口にする。
その隣に座っていた五味は、焦ったような顔をして「おいバカ」と栫井を黙らせようとした。
だが、時すでに遅し。
虚ろな表情のまま微動だにしない江古田に、俺はすべてを悟った。
どうやら、江古田の身長が縮んだらしい。
通りで比較的空気が読める三人が落ち込んでいるわけだ。


「さっき、佑樹が来る前会長の親衛隊のでっかいのが来てもー大変でさあ。江古田と大喧嘩」


掃除機を手にした十勝は、「んで今片付け終わったとこ」と付け足す。
でっかいのとは恐らく櫻田のことなのだろう。
その場面に遭遇しなくてよかったとほっとする反面、巻き込まれた役員たちに同情せざるを得なかった。
「お疲れ様」と苦笑すれば、十勝は「もっと労って!」と可笑しそうに笑い、ハァと浅く溜め息をつく。


「……まあ、慰めようと思っても俺らが言ったら嫌味じゃん?手を出すに出せないみたいな」


「五味さんとか視界に入った時点で江古田ダメージ食らうっしょ」楽しんでいるのか、同情しているのかよくわからなかったが、取り敢えず五味を小馬鹿にしているのはわかった。
確かに、平均よりも高い俺よりも更に長身な五人が出れば、それだけで江古田のメンタル的な部分が刺激されるだろう。
案の定五味に呼び出されていた。


「別に、身長なんて気にしなくてもいいだろう。江古田君くらいの歳ならおかしくないと思うけどな」

「ええ。十六歳の平均身長は百七十で江古田君の身長は百六十五センチ」


なんとかフォローしようとする芳川会長に、灘は「五センチしか変わりませんね」と淡々と続ける。
悪意があってかなくてか、わざわざ数値を口にする灘に芳川会長は呆れたように「灘」と制した。
先ほどよりも幾分江古田の周りの空気がどんよりしているような気がしてならない。


「もうお前らなんも言うなよ。ほっといてやれ」


江古田がいたたまれなくなったのか、十勝を解放した五味はそう溜め息混じりに続ける。まともだ。
そうちょっと感動した矢先、ジュースをおかわりしながら栫井は「一応ここ部外者立ち入り禁止なんですけどね」と呟く。
「……そっとしといてやれ」弱くなった。

結局、プチ役員会議は江古田をそっとしといてやるということでまとまり、収束する。
なんの答えにもなってなかった。
俺が江古田に声をかけれないまま時間だけが淡々と過ぎていく。





「んじゃ、おつかれっしたー」


という十勝の掛け声とともに生徒会は解散した。
ぞろぞろと生徒会室を後にする役員たちを横目に、俺は江古田の元へ行く。


「あっ、佑樹今から飯食い行くけど来る?」


不意に、出ていったとばかり思っていた十勝が扉から顔を出し尋ねてきた。
「あとで行くよ」と答えれば、「りょうかーい!」と元気な返事が返ってくる。


「まだ残るのか」


扉が閉まり、芳川会長は生徒会室の隅にいる俺たちに聞いてくる。


「すぐ出ます」

「なら、鍵は壁に掛けとくからな」


「戸締まり頼んだぞ」そう小さく笑う芳川会長は、それだけを言い残し生徒会室を後にした。
とうとう生徒会室に俺と江古田の二人だけになる。
閉まる扉から視線を逸らし江古田に目を向けようとしたとき、今まで座っていた江古田は急に立ち上がった。
ビックリして変な声が出る。


「……先輩……」


相変わらず伏し目がちな江古田の目はこちらを見ていない。
呼ばれ、緊張のあまりに「……は、はい……」と話し方が伝染ってしまう。


「……平均より五センチも低いのっておかしいんですか……」


どうやら灘に言われたことを根に持っているようだ。
真顔で尋ねられ、慌てて「俺はおかしくないと思うよ」とフォローする。
言ってから『俺は』とか余計なこと言わなければよかったと後悔した。


「……僕ってチビでガリで根暗蛆虫なんですか……」


これも誰かに言われたのだろうか。
櫻田しか思い浮かばない。
思ってたよりも江古田は根に持つタイプのようだ。
あまりにも直球すぎる櫻田の悪口にヒヤヒヤしつつ、「そんなことないよ」と慌てて励ます。
江古田がこちらを見上げた。
相変わらずローテンションな江古田に、いつどこで余計なことを言ってしまうかわからずいつも以上に緊張する。


「……先輩は、身長高い方がいいですか……」

「俺が?」


聞き返せば、江古田はこくりと小さく頷く。


「……別に、特に気にしないけど」

「……平均よりも五センチ低くてもですか……」

「関係ないよ」


俺の返事に対し江古田は目を丸くし、そのまま黙り込んだ。
なにか考えてるのだろう。
呆れたように俺を見上げた江古田は視線を下ろし、「……ありがとうございます」と呟いた。


「……遅くまで引き留めてすみません……会長たちには僕から謝っておきます……」


「……失礼します……」ふいと顔を逸らした江古田は言いたいことだけを言えば、そのまま生徒会室からそそくさと出ていく。
ちゃんと励まし切れたのかはわからなかったが、取り敢えず先に生徒会室を出ることにした。





そしてまた数日後。
HRが終わり、教室から出ればそこには江古田がいた。


「……先輩……」

「どうしたの?」

「……身長が伸びました……!」

「え?身長?」


どこか嬉しそうな顔をして報告してくる江古田に、どこが変わっているのか全くわからなかった俺は慌てて「す……すごいね!本当だ!」とフォローをいれる。


「……あの、この前はありが」

「おめでとうございます。ようやくこれで元の身長に戻りましたね。因みに、筋トレをすると身長が伸びなくなるらしいですよ」


そわそわする江古田の背後。
「この調子で頑張っていってください」たまたま通りかかった灘はそんなことを言い残しそのまま通り過ぎていった。

きっと俺は廊下に取り残されたときの江古田の顔を二度と忘れることはないだろう。


おしまい

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