ゆう君のことなんて本当はどうでもいいけど俺の知らないゆう君がいるというその事実は気に入らない。


「会長さんって、ゆう君と仲いいんですか?」

「ゆう君?」

「あいつですよ、齋藤佑樹」


だから、なんか仲がいいらしい会長さんに尋ねてみるが『齋藤』という苗字でようやく俺が誰のことを言っているかわかったようだ。


「ああ、彼か。……君は確か、齋藤君と同じ中学だったみたいだな」

「ええ、ちょっとの間ですけど同じクラスの時もあったんですよ」

「そうなのか?」

「はい、ゆう君はあまり俺のこと、覚えてないみたいですけど」


というよりも、思い出したくないというべきか。
どちらにせよ、俺とゆう君のことを他者にわざわざひけらかす気にもなれない。
濁して笑えば、面白いことに会長さんが興味を示してきた。


「……中学の時の齋藤君はどういう感じだったのか?」

「え?ゆう君ですか?」


会長さんの反応からして然程仲がいいわけではなかったのかなと思っていただけになんも考えていなかった俺は「そうですね」と慌てて言葉を探す。
中学の時のゆう君。
先生に当てられて何も答えられず皆に笑われて真っ赤になってるゆう君、いつも売店なだけにたまに持たされた弁当を嬉しそうに抱えて俺のところへくるゆう君、朝に強いゆう君はいつも朝会うと俺に笑ってくれてた。
けれど、思い出の中のゆう君は後半になるにつれ笑顔が消えていき、鬱陶しいくらい傍にいたゆう君、は気がつけば俺の隣にいなくなっていて。
ゆう君との思い出と言われれば、一概に言葉に出来なくて。
言葉に詰まる俺に、会長さんは慌てて首を横に振る。


「いや……済まない、今のは忘れてくれ」

「はは、なんですか、それ」

「こんなこと、君にこそこそ聞く話でもないと思ってな」

「…………」


こそこそってなんだよ。
遠回しに本人に直接聞くとでも言うかのようなその言葉が癪に障ったが、「でも俺のこと覚えてるかな」と適当に返しておく。


「そうだな、君が覚えてないのなら齋藤君も同じかもしれないな」


笑う会長さん。
その何気のない一言に後頭部を殴られたような感覚を覚えた。
まるで、全部を見透かされた上笑われてるような気がして怒りを覚えたが、恐らく、本人としては無自覚なのだろう。



「壱畝君も、悪かったな。こんな話に付き合わせて」


自分はお前とは違う。
そう言われているみたいで、酷く癪だった。 
だから。


「……齋藤佑樹には、気をつけた方がいいですよ」


気が付けば、そんな言葉が口から飛び出していた。
自分たちはお前みたいにならない、そう言うかのような余裕の笑顔をぶち壊してやりたかった。
そしてその一言に、確かに会長さんの目の色が僅かに変わった。


「……なに?」

「あいつは、簡単に人を裏切りますから」

「……壱畝君、あまりそういうこと、人に言わないほうがいいぞ」

「俺は会長さんのことを思って忠告してるんですよ」


信じてる方が痛い目を見る。
そう、向けられた会長さんの視線を真っ直ぐ受け止め見返す。


「……」


お前らばかりが幸せのまま終わらせてやるかよ。
そんな本心を押し殺して。


「芳川会長!」


そんな矢先だった。
生徒会室前。
こちらへと駆け付けたその生徒は風紀委員のようだ。


「……なんだ」

「大変です、灘先輩と齋藤佑樹が……ッ!」


血相を変え、報告してくる生徒に一瞬、会長さんの表情が険しくなる。

ああ、やっぱり、と思った。
本当はただの僻みだった。こうなったらいい、こうなればいい。それだけだったのに。


「……お前はまた裏切るのか……」


自己保身のために、自分を思う他人を踏み躙って、足場にして。


「……会長さん」

「……まだ、そうと決まったわけではない」


そう、あくまでなんでもないように続ける会長さんだけど俺には分かる。会長さんの腸が煮え繰り返っているのが。
どれだけ隠そうとしても憤怒や悪意、憎悪などの悪い感情は空気を通して伝わって来るもので。

皮膚に突き刺さるような怒りを感じながら、「ええ、そうですね」とだけ頷き返した。
いつまで信じるだとか甘いことを言えるのか、純粋に興味があったから。


◆ ◆ ◆


ゆう君がいなくなった。
ゆう君を見張っていたという灘和真という男子生徒も一緒に。
もう一週間近く経つというのに、それでも会長さんは毎日校内を見回っては探しているようで。


「会長さん」

「……」

「もう一週間ですよ」

「……」


放課後、生徒会室。
恐らくこの後もまた見回りに行くのだろう。
ゆう君がいなくなってから、会長さんはゆう君のことを話題に出すことはなくなった。それだけではない、元々おしゃべりな性格ではないようだが口数も減っているみたいだ。
不満があるくせに、何も言わない。
そんな姿を見てると、正直、気分が悪かった。


「まだやるんですか?」

「……齋藤君は、戻ってくる」


ゆう君は会長さんから逃げた。
ゆう君を保護しようとした会長さんから逃げたのだ。
それはもう分かり切ったことなのに、それでもまだゆう君が何かに巻き込まれたと信じている会長さんの頭の悪さに、まるで昔の自分を見ているようで、ムカついた。


「……そういうの、言ってて虚しくなりませんか?」


「分かってるんですよね、本当は。ゆう君がいなくなったのは会長を裏切ったからって」そう、言い終わる前に、パンッとなにかが弾けるような音がした。
会長さんのその手元、飲みかけのコーヒーカップが机の上で砕けていた。
コーヒーで濡れた会長の手からして、叩きつけたのだろう。
物に当たるぐらいなら、口に出せばいいのに。
そう思うが、それが出来ないからこそだということも知っている。


「……危ないですよ、それ」


ハンカチを取り出し、カップの破片を集めようとした時。
手首を掴まれた。


「前々から気になっていたが、君はわかったような口を利くな」


椅子に座った相手に見上げられているはずなのに、こうも威圧を覚えるのは何故だろうか。
こちらを睨むその目はゆう君のことを話している時とはまるで違う。
冷え切った鋭い視線。
『こちら』が素だとでもいうのだろうか。


「……分かってるんですよ、実際」


ゆう君も、裏切るなら相手を選ぶべきだったのではないだろうか。少なくとも俺は、志摩君よりも会長さんの方がましだと思うがそれはもしかしたら俺の勝手な贔屓目なのかもしれない。


「俺も会長と同じです」


「齋藤佑樹に裏切られたんです」そう、口に出すことに然程抵抗を覚えなかったのは親近感でも湧いているからか。
少なくとも、会長さんが他人とは思えなかった。
それは会長さんがゆう君のことを話す時確かに一所懸命に見えたから、だから、他人のようには思えなくて。


「辛いですよね、絶対に返してくれない相手を信じるのは」


「俺なら、一人で頑張ってる会長さんを放っておいたりしません」手首を掴む冷たい手に手を重ねようとした矢先、


「……馬鹿馬鹿しい」


そう吐き捨てる会長さんに、手を振り払われる。


「会長さん」

「君は……勘違いしている。俺は最初から信じてなどいない」

「……そうですか、それは失礼しました」


そんな目をしてよくもそんなことを言える。
信じてない人間がわざわざバカ丁寧にあいつを探すか。

ムカつく。全部無駄だというのに。ムカつくんだよ。まだあいつを信じるのか。馬鹿馬鹿しい。
早くあいつに捨てられてしまえばいいんだ、会長さんは俺と同じだ。そうだろう。だって、あいつは会長さんを裏切ったんだ。

仲直りなんて絶対にさせない。
なかったことになんて絶対にさせない。
会長さんは俺と同じなんだ、裏切られたんだ。
あいつはそういうやつだから。
だから。


「何かあったら俺に言って下さい。校内案内のお詫びもしたいし、あいつよりは役に立つ自信ありますよ」

「……」


わざわざ校内の散歩まで付き合ってられない。
「失礼します」とだけ告げ、生徒会室を後にする。

俺がいない間ゆう君が作り上げたものを一つ一つ崩していけば気持ちいいだろう。
そう思ったのに、なんでこんなに不快な思いをしなければならないのか。これも全部ゆう君のせいだ。

人気のない廊下に俺の足音だけが響く。

ゆう君、君が帰ってこれる場所なんて残してあげないよ。
俺を裏切った君が誰かを信じるなんて許さないから。
ゆう君が幸せになるなんて、絶対に許さない。
絶対に、させないから。

だから、早く戻っておいで。
ゆう君が絶望する顔を見たいんだ。


おしまい

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