俺の運が悪いのはいまに始まったことではなかったが、今日は格段に悪かった。

まずは一つ目。


「あ、齋籐君じゃん。元気?」


放課後、食堂で食事を終えロビーに戻ってきたとき、縁と遭遇した。

二つ目。


「あ、そう言えばさあ、俺すごいこと聞いちゃったんだけど」


他愛ない世間話を交わしていると、急に縁がそんなことを言い出した。

三つ目。


「……しょうがない、齋籐君にも教えてあげよう。ちょっと耳貸して」


よっぽどな内容なのだろうか。
声を潜めた縁はそう言ってもっと俺に近付くよう求めてくる。
なんとなくいい予感はしなかったが、俺は特に考えもせずに縁に耳を傾けた。

その瞬間、伸びてきた腕に顎を掴まれ無理矢理縁の方に向かされる。
首が嫌な音を立てると同時に、縁の顔が近付いて唇が重ねられた。
というか吸われた。

四つ目。

ここは学生寮のロビー。
周りを通りかかった生徒(俺含む)が全員硬直する。


「な、な、な、なにするんですか……!」


慌てて縁の胸を押し体から離させたが、もう遅かった。


五つ目。

ロビーにいた生徒の中に、見覚えのあるピンクの頭の生徒が目を丸くしてこちらを見ていた。

安久だ。
とっさに辺りに視線を向けたが、赤い髪の生徒は見当たらない。
最悪なことには変わりないのだけれど。

縁とひと悶着あった後部屋に戻って寛いでいると、いきなり部屋の扉が開いた。
先ほど大浴場に向かった阿佐美が戻ってきたのだろうかと思ったが、それにしては早すぎる。

六つ目。

挨拶もなしに部屋に入ってきたのは今もっとも見たくない赤髪の男だった。


「方人と随分仲良くなったみてえだな、お前」


玄関の扉を閉めた阿賀松は、言いながら部屋で寛いでいた俺に目を向ける。
なんで阿賀松がここに来るんだ。
突然の訪問者に青ざめた俺は、咄嗟に同室者のことを思い出す。
もしかして阿佐美に用があるのかもしれないと考えたが、いまの阿賀松の言葉からするとどう考えても阿賀松は俺に用があるようだ。
なんでこんなに情報早いんだよ、どっかから見てんのかよ。
先ほどの縁とのやり取りを思い返した俺は、外野の中に安久の姿があったことを思い出した。
安久か、安久がチクったのか。
確証はなかったが、この状況でそう考えてしまうのが普通だろう。


「どうした?言い訳ぐらいしろよ、なあ」


ガチャリと扉に鍵が掛かる音が聞こえた。
そう薄ら笑いを浮かべ俺を挑発する阿賀松に、俺はぐっと口を紡ぐ。
できることなら言い訳したいが、どれだけ言い訳を並べたところでこの状況を回避できるとは思えなかった。


「なんか言えよ」


なにも答えない俺が気に入らなかったらしい。
笑みを消した阿賀松はイラついたように顔をしかめる。
ゆっくりと歩み寄ってくる阿賀松に、俺は足を崩し無意識に後ずさった。
なにを言っても怒るだろう、どうせ。
返答に困った俺は、目の前に立つ阿賀松から視線を逸らす。
すると、いきなり伸びてきた阿賀松の手に腕を掴まれた。


「……い……っ」


皮膚に強く指が食い込み、嫌な痛みが腕に走る。
全身が強張り、俺は慌てて阿賀松の腕を振り払おうとした。
が、離れない。
抵抗する俺に、阿賀松は面倒臭そうに舌打ちをすれば、俺の肩を押すように床に倒した。


「今のお前は俺の恋人だろうが。俺に恥かかせんな」


意味がわからない。
というか俺はいつ阿賀松の恋人になったんだ。
「は、離してください……っ」慌てて起き上がろうとするが、顔面を鷲掴みされ無理矢理床に頭を押さえつけられる。
阿賀松の空いた手が俺の下半身に伸び、慌てて俺は視界を遮ろうとする阿賀松の腕を掴んだ。


「うるせえな、大人しくしろよ」


喋れと言われ喋れば黙れ。
どうしろと言うんだ、俺に。
泣きそうになる俺の視界が急に真っ暗になり、後頭部に鈍い痛みが走った。
阿賀松にギリギリと頭部を押さえられ、おまけに視界も遮られる。
視界の自由を奪われたせいか、胸に不安感が広がり自然と体に力がこもった。


「最近相手してやれなかったもんなあ。寂しかったんだろ?」


なにをどうすればそんな考えに至るのだろうか。
そんな勝手なことを言い出す阿賀松は、乾いた笑い声を上げる。
まったく笑えない。
「やめ……っ」身に付けていたジャージのウエストに手がかけられ、俺は慌てて下腹部に手を伸ばすが、間に合わなかった。
視界が利かないせいか、それとも単に俺が鈍臭いだけなのかはわからない。
ジャージをずり下げられ、下半身が寒くなった。
やけくそになって足をバタつかせたが、足首を掴まれそのまま腰を持ち上げられる。
ふと、視野が明るくなり、こちらの顔を覗き込む阿賀松が視界に入った。


「おはよう」


眩しそうに目を細める俺に、阿賀松は可笑しそうに笑う。
なにがおはようだ。
覆い被さる阿賀松から顔を逸らす。
「ど……っ退いてください……」阿賀松を退かそうと腕を伸ばし上半身を強く押すが、体勢が体勢なだけにあまり効果はなかった。


「俺に命令すんなよ」


俺の言葉が悪かったのか、顔をしかめた阿賀松は俺の下着を膝上まで脱がす。
照明の下、下半身を裸にされた俺はあまりの羞恥に耳が熱くなった。


「なんだ、嫌嫌言うわりには乗り気じゃねえか」


人の股間を見て喉を鳴らして笑う阿賀松に、俺は自分の顔を腕で覆い隠す。
穴があったら入りたい、というのはまさにこのことだろう。
じわじわと顔に熱が集まり、俺は死にたくなった。


「照れてんのか?」


「こんくらいで恥ずかしがんなよ。その内死ぬぞ」阿賀松はそう言うと喉を鳴らして笑う。
冗談のつもりなのか、笑えない。
慌てて上半身を起こし、脱がされた服に着直そうとしたとき、阿賀松の指先が露出した性器に触れた。
「どっ、どこ触って……」ビックリして、俺は慌てて阿賀松の腕を掴む。


「なに?ユウキ君俺にいやらしいこと言ってほしいの?」


「意外と変態なんだあ」馬鹿にしたような笑みを浮かべる阿賀松に、俺は顔を強張らせた。
どうしたらそうなるんだ。
信じられないと顔をしかめる俺。
阿賀松は構わず俺の性器の先端を指先で弄ぶ。


「……っ」


阿賀松は先端に滲む先走りを指で伸ばせば、全体を扱き始めた。
背筋がぶるぶると震え、呼吸が乱れる。
「どーしたよ、そんな震えちゃって」阿賀松が手を動かす度に耳障りな水音が生々しく響いた。


「俺の手コキ、高えぞ」


可笑しそうに笑う阿賀松に、俺はなにも言えなくて。
寧ろ、声を堪えるだけで精一杯だった。
「ふ……っ」微かに開いた唇の隙間から、自然と息が漏れる。
全身に力がこもり、阿賀松の腕に指先が食い込んだ。


「っ手、離し……っ」


額に汗が滲み、俺は顔をしかめる。
体が熱い。
爪先に力がこもり、自然と足がピンと伸びた。
やばい、やばい、イクって。
慌てて阿賀松を離そうとするが、変に力が入り阿賀松にもたれ掛かるような形になってしまう。
射精寸前になって、いきなり阿賀松は扱くその手を止めた。


「駄目だ、まだイクなよ」


阿賀松の指は、わっかを作るようにして根本をキツく締める。
なにを言い出すんだ、こいつは。
鼓動が早くなり、射精寸前まで弄られたせいか火照った全身が酷く疼いた。
阿賀松がどういうつもりかわからなくて、俺は焦燥感に駆られる。


「そうだな。おねだりでもして見せろよ。ただでイカせてもつまんねーからな」


おねだり?俺が?イカせてくれと乞えとでもいうのか。
突拍子もない阿賀松の要求に、俺は目を丸くする。
なけなしのプライドしか持ち合わせていない俺からすれば、ねだること自体はそれほど苦しくない。が、問題はこの男が本当にイカせてくれるかどうかだ。
阿賀松の言うことを信じることはできなかったが、これ以上焦らされればこちらの身が持たない。


「い……かせて……ください……」


声が震える。
阿賀松の顔を見るのが辛くて、俺は顔を逸らした。
しかし、阿賀松の手が伸びてきてすぐに正面を向かされる。


「お願いします、は?」


俺の顔を覗き込む阿賀松は、そう言って優しく微笑んだ。
多少ムカついたが、まだ許容範囲だ。


「……お願いします」

「阿賀松様」

「あっ、阿賀松様……」

「阿賀松様の美しいその手で俺の可愛いおちんぽをシコってください」

「………………」


畜生、調子に乗りやがって。
唇を尖らせわざとらしく高い声を出す阿賀松に、こちらまで恥ずかしくなってくる。
「ほら、早く言えよ」にやにやと笑いながら俺に顔を近付ける阿賀松に、俺は悔しさのあまりに顔をしかめた。


「……阿賀松様のうっ、美しいその手で俺のかか、か、可愛いおちんぽを……その……しっ、しこっ、シコって……ください……」


全身から嫌な汗が滲み、俺はぷるぷると震えながら阿賀松の言葉を復唱する。
言い終わる前に、阿賀松は吹き出した。
顔が赤くなり、あまりの屈辱に俺は泣きそうになる。
なにが悔しいかって、こんなことをされても萎えない自分が悔しかった。


「仕方ねえなあ、そんなにイキてえならイカせてやるよ」


一頻り笑った阿賀松は、気を取り直し俺の性器から指を離し、勃起したそれを指で弾く。
「あ……っ」全身の力が抜け、腰が軽く痙攣した。
爽快感とともに、溜まっていた精液が尿道から勢いよく溢れる。
「どんだけ溜まってんだよ、お前」ぐったりとする俺に、阿賀松は手にかかった白濁に目を向けながら驚いたように笑った。


「……ってなに寝てんだよ、さっさと起きろ。俺がまだイってねえだろうが」


呼吸を整えてると、いきなり阿賀松に両足首を掴まれそのまま床の上に倒される。
勢いよく頭を打ち、思わず俺は怯んだ。
まさか、まさかまだヤるつもりじゃないだろうな。


「まあ、いい。せっかくおねだりまでされたんだから最後までヤらなきゃ損だもんなあ」


それはお前が無理矢理させたんだろうが。
白々しい阿賀松に内心毒吐きながら、俺は阿賀松を睨む。
「見詰めんなよ、照れるだろ」言いながら、一旦足首から手を離した阿賀松は俺の腰を掴み、そのまま浮かせた。
いまの射精で酷い脱力感に苛まれた俺に抵抗する力は残ってはいない。
自分のズボンのジッパーを下ろす阿賀松に、俺は体を強張らせる。
その時だった。
玄関の扉のドアノブが、ガチャガチャと音を立て捻られる。
恐らく、というより間違いなく阿佐美だ。


「んだよ、せっかく人がいい気分だっつーのに」


突然の訪問者に、阿賀松は不愉快そうに舌打ちをする。
タイミングがいいのか悪いのかはわからなかったが、これを機に阿賀松が考え直してくれればかなり嬉しい。


「まあいい。さっさとヤってさっさと済ませるか」


萎えるどころか悪化したような気がする。
勃起した自分のものを取り出した阿賀松は、にやにやと笑いながら俺の穴にあてがった。
「待っ」嫌な予感がして、青い顔をした俺は慌ててそう阿賀松を止めようとして、阿賀松はふっと笑みを消す。


「誰に命令してんだ、お前」


そして、本日最大の不幸が嫌な笑みを浮かべた。

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