ここ最近、いろいろな事が一気に起きて疲れが溜まっていたのかもしれない。
授業中、具合が悪くなった俺は青い顔をして担任に保健室に行くことを告げた。
「一人で大丈夫か?」と心配そうにする担任に、俺は「大丈夫です」と慌てて首を横に振る。
そのまま教室を後にした俺は、小さく息をつき保健室に向かって歩き出した。
時折、酷い頭痛に顔をしかめながらも、あの白いベッドで眠りたいがために足を止めずに歩く俺。
目的地である保健室に辿り着いたときには、もうあまりの気分の悪さに俺は今にも死にそうだった。まあ現に生きているのだが。
扉を開き、保健室の中へ入る。


「あら、どうしたの?」


机で資料をまとめていた保健医は、扉を開き入ってくる俺を見て驚いたような顔をした。
「具合が悪いんで休ませてください」俺は素直にそのことを告げる。
「いいけど、その前に熱を計りなさい」俺が夏風邪でも引いてるんじゃないかと疑う保健医に体温計を渡され、俺はシャツのボタンを幾らか外し渡された体温計を脇に挟めた。
ひんやりとした感覚が少しこそばゆく、俺はそれを我慢して体温計が鳴るのを待つ。
保健室は珍しく空いていた。
理由は知らない。
でも俺からしてみるとそれはかなり嬉しかったりする。
暫くもしないうちに、脇に挟めた体温計が小さな電子音を発した。
どうやら計り終わったようだ。
俺は脇に挟めた体温計を手に取り、小さなディスプレイに表示された数字を読み取る。
『36.8』。
反応に困るくらいの微熱だった。


「ちょっと高いわね。ベッドあるから少し休みなさい」


俺は体温計を保健医に渡しながら、その提案に頷く。
もしかしたら追い返されるかもしれないと思ったが、保健室が空いているというのは随分有意義なものらしい。
保健医に案内され、俺は一番奥にあるベッドで休むことにした。
カーテンで閉め切られたそこはあまり広いとは言えなかったが、休むには丁度いいくらいの広さだ。
清潔感溢れる白いベッドの上に横になった俺は、もそもそと薄い布団の中を動く。
枕が高い。
そんなことを思いながら、定位置についた俺は仰向けになって目を閉じた。
窓から差し込む心地よい陽気に当てられ、俺はすぐに眠りにつく。


次に目を覚ましたとき、辺りは真っ暗だった。
違う。辺りが暗いんじゃなくて、俺の視界が暗いんだ。


「え……っ」


思わず、声が漏れる。
明らかな違和感に慌てて俺はベッドから起き上がろうとするが、頭の上に置かれた腕が動かなかった。
この感覚は初めてじゃない。
腕をなにかで縛られている。
俺はすぐに気が付いた。
が、それ意外はなにもわからない。
なんで目が見えないんだ。
なんで縛られてるんだ。
誰が、こんなことを。
そこまで考えて、ベッドのスプリングがギッと音を立て軋む。
ベッドの上に誰かいる。
視界の自由が効かなくなり混乱していた俺の脳が、そう告げた。


「だ、誰……?」


恐る恐る声を出す。
恐らくこのベッドの上にいるもう一人の人間に向けて、俺は声をかけた。
自然と声が震える。
勇気を出して問い掛けたのはいいが、後になって考えると寝たフリをしていた方がよかったのかもしれない。
「…………」案の定、返事は来なかった。
その代わり、胸ぐらを掴まれ俺は強引に上半身を起こされる。
あまりにもいきなりで、殴られるんじゃないのかと俺は思わず目を固く瞑った。
が、いつまで立っても痛みはやってこない。
その代わりに、唾液で濡れたなにかが俺の唇に触れた。
全身が強張り、俺は一瞬硬直する。
舌だ。
唇を舐められていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。


「……っ」


あまりの不愉快さに、俺は腕を動かそうとするがもちろん動かせるわけがない。
慌てて俺は顔を逸らすが、顎を掴まれ更に深く口付けをされる。
気持ち悪い。
純粋にそう思った。
目隠しをされて誰かもわからないような相手にキスをされるというのはひどく不快なもので、恐ろしさまで覚えてしまう。
なんで俺がこんな目に遭ってるんだ。
考えたところでそれがわかるはずがないのに、嫌でも考えてしまう。
ふと、胸ぐらをつかんでいた手が離れ、制服のシャツを胸元まで捲られた。


「んむ……っ」


声を出そうとするが、唇を塞がれているせいで言葉にすらならない。
脱がされかける制服に、俺は青ざめる。
嘘だろ。なんで。ていうか、まさかこんなところで。
混乱する俺は切羽詰まり、どうすればいいのかわからなくなる。
脇腹を撫でられた。
肌の上を滑る骨っぽい指先は、徐々に上へと上がってくる。
くすぐったい。
俺は、きゅっと口を一の字に結び唇から逃れようとした。
それが効いたのか、相手の唇が離れる。
今すぐ舐められた唇を拭いたかったが、相変わらず腕が利かない。
唇が離れたことに安堵していると、腰に腕を回されぐっと抱き寄せられる。
胸元に、濡れた嫌な感触を感じた。


「や、やめろ……っ」


安堵した俺がバカだったのかもしれない。
胸元に顔を擦り寄せてくる相手に、思わず俺は鳥肌を立てる。
抵抗する俺は闇雲に足をバタつかせたが、手応えは弱く相手はびくともしなかった。
あまりにの出来事に、自然と力が緩んでしまったのかもしれない。
「……っ」乳首に軽く唇を押し付けられ、耳が熱くなるのがわかった。
怖いとか、恥ずかしいとか、情けないとか、色々な感情が混ざった雑念に俺は戸惑う。
突起を口に含み、舌先で執拗に弄ってくる相手に、俺は身を捩らせた。


「なん……っんん」


なんなんだ。
そういいかけて、口許をなにかで塞がれる。
シーツだろうか。
布状のそれを俺の口許に無理矢理押し付けてくる相手に、俺は顔を逸らそうとする。
もしかして、声を出すなと言っているのだろうか。
そう言われると余計叫び出したくなるが、いまこの状況下で下手なことして痛い目に遭うのは嫌だ。
俺は言う通りに、それを噛ませてもらうことにした。


「ふ……んん」


無意識のうちに出てくる自分のこもった声。
そんなもの聞きたくないが、しつこいくらい胸を愛撫されたら嫌でも出てしまう。
気持ちいいとは思わないが、体の芯がじんじんと痺れてくるのがわかった。
声が出そうになるたびにシーツを噛んで堪えようとする俺。
頬が熱くなってきて、頭が酷く痛んだ。
そこでようやく相手は俺を支えていた腕を離す。
支えるものがなくなった俺は、そのままベッドに倒れ込む。
力が抜けて、全身を酷い脱力感が襲ってきた。
段々鈍ってくる意識の中、カチャカチャと金属を擦るような音が聞こえてくる。
恐らく、ベルトを緩めているのだろう。
流石にそこまでいかないだろうなと内心油断していた俺は顔を青くし、慌ててバタバタと足をばつかせた。
足の甲に、確かな感触が当たる。
顔か、首。たぶんそこら辺にヒットした。
やばい。
直感で身の危険を悟った俺。
案の定、ベッドへと頭を押さえつけられ、乱暴にズボンを脱がされた。
殴られなかっただけましだと思ってしまう自分に若干失望しつつ、俺は顔をしかめる。
首が変な方に曲がりそうだ。


「んぅ……っ!」


中途半端に下着をずらされ、俺は焦る。
どうせなら全部脱がせてほしいなんて見当違いなことを考えながら、なんかもう俺は恥ずかしさでいっぱいいっぱいだった。
視界の自由が利かない分、いつもより意識してしまう。
誰かわからない相手の前で下着を脱がされるというのは結構屈辱的だった。

腰を持ち上げられ、高い位置で肛門を晒すような格好になる。
いっそのこと殺してくれ。
これからのことを考えると、嫌でもそう考えてしまう。
相手の指が肛門に触れ、いきなり二本も突っ込まれた。
唾液で濡らされた指は、穴を広げるように中を動く。
「……っ」やるならさっさとやってくれ。
俺は顔を強張らせ、シーツをキツく噛んだ。
押し広げられたそこに、硬い肉の感触が押し付けられる。
うわーうわーと混乱しながらも、すでにそれを受け入れる体勢をつくられている俺は逃げることはできないと悟っていた。
「んぐっ」ろくに慣れていないそこに容赦なく挿入してくる相手に、俺は眉を潜める。
痛い。噛み千切る勢いで、俺はシーツに歯を立てた。
ギシギシと軋むベッドの音がなんとも卑猥で、俺はぎゅっと目を瞑りこの行為がいち早く終わることを願う。
頭がくらくらする。


「っ、う、ぅむ、んんっ!」


無理矢理捩じ込むように腰を進めてくる男に、俺はひたすらシーツに噛みついた。
全身が火照ってきて、感覚が鈍ってくるのがわかる。
多少難があったものの根本まで突っ込まれた俺。
何度も腰を打ち付けるように出し入れを繰り返され、俺は若干泣きそうになる。
自分が感じているのかどうかもわからないくらい意識が朦朧としてきて、俺はされるがままに腰を動かした。
痛む頭の片隅で、もしかしてこいつが射精するよりも先に俺が逝くんじゃないのかと悟る俺。
そう思ったとき、予想通り俺の意識がぶっ飛んだ。



次に目を覚ましたとき、寝る前にみたあの白い天井が視界に入る。
もしかして、夢だったのだろうか。
夢にしてはやけに生々しい出来事を思い出しながら、俺は窓の外に目を向ける。
そこには赤い空がまんべんなく広がっていた。
起き上がろうとして、酷く腰が痛んだ。
なんとなく気になって、手首に目を向けると案の定そこにはなにかで結んだような一本の青黒いアザが滲んでいる。
どうやら夢じゃないようだ。
俺は小さく息を吐きながら、自分の額に手のひらを当てる。
もしかして熱が悪化しているんじゃないかと思ったが、俺の体温はというと相変わらず微熱で手のひらを当てただけでわかるようなものではなかった。
すると、閉め切ったカーテンが開き、保健医が顔をだす。


「あら、あなたまだ残ってたの?」


ベッドの上で上半身を起こす俺を見るなり、保健医は驚いたような顔をした。
「おかしいわね、皆帰らせたって聞いたんだけど」独り言のように呟いた保健医はいいながらベッドに近付いてくる。
何気ない行動にまでビクリと反応する俺。


「まあいいわ、もう充分休んだでしょ。早く教室へ戻りなさい」


促すようにポンと俺の肩を軽く叩いた保健医は、そう言うとそのままカーテンレールの下を潜っていく。
随分と長い間休んでいたはずなのに、ここへ来たときよりも体調が悪化しているような気がした。
ズクズクと痛む腰を軽く押さえながら、俺はベッドから降りる。
結局あの男が誰なのか、そしてどういうつもりなのか、なに一つもわからないまま俺は保健室を後にした。
正直、わからなくていいような気がする。
なにもなかったことにすればいいんだ。
思いながら、保健室から廊下へと出た俺は覚束ない足取りで教室へと戻る。
相変わらず、頭痛は止まないままだった。

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