部屋の中に、バラエティー番組の笑い声に紛れて濡れた音が響いた。

「ん、ぅ……っ」

 鎖骨辺りまでたくしあげられた胸元に顔を埋め、逃げようとする俺の背中を抱き寄せた志摩はそのまま胸元に唇を寄せる。口に含んだ胸の突起を嬲るように舌先で刺激され、ぞくりと背筋が震えた。

「志摩、そこは、いいから」

 頭の中が熱くなるような妙な感覚に耐えられなくなった俺は、言いながら志摩の肩を掴み胸元から離そうとする。が、しっかりと背中に回された腕は離れない。

「志摩……ッ」

 志摩の舌から逃げようと体を逸らせるが、背中に移動した志摩の手に上半身を支えられ更に愛撫される。やわやわと刺激され続け勃ったそこを潰すように舌先で弄られ、ぞくりと全身が粟立った。

「っは、ぁ……ッ」

 志摩の髪が肌に触れこそばゆい。それ以上に、執拗にしゃぶられる胸元の感触に全身が熱くなった。
 力が抜けそうになり志摩の腕を掴んでいると、不意に背中に回されていた手が離れ、空いた方の突起に触れる。

「齋籐のここって可愛いよね。舐めただけで勃つんだ」

 舐めたから勃ったんだよ。
 胸元から顔を離した志摩は、言いながら人の乳首を指で弄りながら笑う。
 気持ち悪い褒め方をしてくる志摩にどう反応していいかわからず、俺は咄嗟に視線を逸らした。
 顔が熱い。違う、全身が熱い。

「ねえ、こっち向いてよ齋籐」

 不意に摘ままれた突起に小さな痛みが走る。
 ビクリと震える俺に、志摩は「ねえ」と無理矢理俺を正面向かせた。
 ぐにぐにと爪先で弄ってくる志摩に、「やめてよ」と手を離させようとすれば、無理矢理唇を重ねられる。

「っん、む……んん……ッ」

 紛らすように深いキスをされ、胸元に向けられた意識は自然と目の前の志摩に向いた。
 貪るように唇を舐められ、わずかに開いたそこから唾液で濡れた舌を捩じ込まれる。
 志摩の舌に口内を掻き乱され、息苦しくなった俺は慌てて志摩の胸元を押そうとした。
 同時に胸の突起を引っ張られ、もどかしい感覚に全身から力が抜け落ちる。
 口内と胸元を同時に嬲られ、抵抗すればするほど酷く体力が消耗した。

「疲れちゃったの?」

 あまりの熱に思考回路が麻痺し、ぐったりと志摩にもたれ掛かる俺に志摩は唇を離し可笑しそうに笑う。
 舌舐めずりをし、志摩は「まだダメだよ」と笑いながら優しく俺の後頭部を撫でた。

「ね、挿れていい?」

 言いながら志摩は軽く足を動かし、上に乗る俺の股下に腿を押し付けてくる。
 腿で器用に足を開かされ、俺は慌てて志摩の上からずれようとした。が、志摩はそれを許さない。

「なにも言わないってことは良いんだよね」

「まあ、反対されても挿れるけど」俺の尻に手をずらした志摩は、そう笑いながらズボンの中に手を入れる。
 そろそろ俺に拒否権をくれても良い頃ではないのか。
 思いつつ、俺としてはここまでされて今更抵抗するつもりもなかった。
 寧ろ早くイカせてくれ。先ほどの前戯のおかげでパンパンに勃起したそこに志摩も気付いているはずだ。
 抱き締められ密着したおかげで、勃起した下腹部が志摩の腹に当たり変な感覚が襲ってくる。息が荒い。丁度股座に当たる志摩の下半身の硬い膨らみに、自然と鼓動が早くなった。
 下着の中に手が入り、臀部の割れ目をなぞるように動く指先に耳まで熱くなる。

「齋籐、顔真っ赤っ赤」

 肛門を探り当てた志摩の指が、ぐりっとそこに捩じ込まれた。
 徐々に深く体内に侵入してくる違和感に、無意識に息を飲む。

「っ、い……ッ」

 体内に入り込む一本の指を堪えていると、問答無用で二本目が入ってきた。
 ゾクゾクと背筋が震え、入り口を押し拡げるようにして動く指の感触がやけにハッキリと伝わってくる。
 内側から外側へと解すように拡げられ、自然と下半身に熱が集まった。
 指が二本の指が根本まで入ったとき、ようやくそれは抜かれる。

「齋籐」

 下着ごとズボンを掴まれ、そのまま膝上までずらされた。
 いつになっても、挿入前には慣れない。思いながら、俺は目の前の志摩に目を向けた。
 逆上せたように頭が朦朧する。

「好きだよ」

 なんでこのタイミングで言うんだ。いや、このタイミングだからだろうか。
 軽く頬に唇を落とす志摩は、そう言って微笑んだ。
 朦朧とした頭の中に、志摩の声が甘く響く。体の芯がじんと熱を増す。

「……俺も」

 無自覚の本能か、志摩に見据えられた俺の口は無意識に動く。

「……俺も、志摩が好き」

 自分が相手になにを求めているのか、相手が自分になにを求めているのか。自分が求めているそれをどうして得ることが出来るのか。それを理解した俺は、そう呟いた。

 たまに、挿入前の異様な高揚感を恐ろしく感じるときがあった。例えば、今。志摩の熱に当てられた俺に、平常心諸々は存在していない。


 ◆ ◆ ◆


 まただ。
 またやってしまった。

「齋籐、ジュースいる?オレンジジュースあるよ。注ごうか?」
「……あ、うん」

 いつもに増して上機嫌な志摩に気圧されつつ、俺はそう曖昧に頷いた。
 事後。いくらテンションが上がっていたとは言え、何度も好きと言った自分が恥ずかしくなってくる。

「はい、オレンジジュース」
「ありがとう」

 目の前に置かれるペットボトルを受け取った俺は、このまま飲んで良いのか迷った末ありがたく頂戴することにした。丁度喉が渇いていたのでありがたい。
 向かい側のソファーに腰を下ろす志摩は、いつも以上にニコニコしながら「どういたしまして」と答えた。

「齋籐、好きだよ」
「…………」
「あれ、さっきみたいに『俺も志摩のことが好き!大好き!中に出して!』って言ってくれないの?」
「…………お願い、忘れて」

 無言の俺に心配そうな顔をしながら人の真似をしてくる志摩に、なんだか俺はいたたまれなくなる。

「なんで?」
「なんででも」
「やだよ。ずっと忘れないよう日記に付けとく」

 余計止めてくれ。てか日記ってなんだ。なんの日記だ。

「……冗談だよね?」
「……ふふっ」

 さりげなくとんでもないことを口走る志摩に恐る恐る尋ねれば、志摩は小さく笑った。
 なんだその含め笑いは。

「齋籐がもう一回好きってくれたらいいよ」

 意味がわからない。

「いや、言わないから」
「いいの?言い触らして」
「え?日記の話じゃないの?」

 いつの間にかに段々話がでかくなっている。
 不思議そうに尋ねてくる志摩に、俺は背筋が凍るのを感じた。

「もしかしたら今週の校内新聞が俺の日記にすり変わってるかもしれないよ?」

 それは新聞部が可哀想だ。というかまじで有り得そうだから怖いんだけど。

「い……一回だけだからね?絶対他の人に迷惑かけないでよ?」
「わかってるわかってる」

 俺はともかくそれは新聞部があまりにも気の毒に感じた俺は、渋々志摩の気を済ませることにした。
 本当にわかってるのかこいつ。あまりにも悪びれた志摩を前に、そう疑わずには入れなかった。

「す……」
「あっ、ちょっと待って」

 言いかけて、ふと思い出したように志摩がストップをかける。
 今度はなんなんだ。なにかを取り出した志摩は、「はいどーぞ、続けて続けて」と笑いながら俺に声をかける。
 志摩が取り出したものは、携帯電話だった。

「……いや、いやいやいや。なにやってんの、撮らないでよ」
「大丈夫大丈夫、声だけだから」

 ああ、声だけね……ってなにも大丈夫じゃないだろ。まず根本的な部分が解決出来ていない。
 あまりにもすっとぼけたことを言い出す志摩に素でノリ突っ込みしそうになった。

「心配しないでよ、別にばら蒔いたりしないって。ただちょっと個人的に使わせてもらうだけだから」

 寧ろそっちの方が心配で堪らないんだけど。
 さらりと恐ろしいことを口走る志摩は「ほら、早く早く」と笑顔で急かしてくる。
 記録に残されるのはかなり嫌だが、それを聞く人物が志摩のみということを考えれば、ここは素直に従っていた方がいいだろう。

「……わかったよ」

 新聞部と自分のため、渋々俺は志摩の言う通りにすることにした。
 ただ好きだと二文字口にすればいいだけなのに、録音されていると思うと躊躇ってしまう。
 携帯電話片手ににやにやとこっちを見てくる志摩が腹立たしい。
 先程までのことを思い出し、顔が熱くなるのを気付かないフリしながら俺は小さく咳払いをする。

「す……」

 丁度、俺が口を開いたときだった。

「たっだいまー!今帰ったよー!!」

 言いかけたと同時に、勢いよく開いた玄関の扉から酒気を帯びた十勝が転がるように入ってくる。
 ナイスタイミングで部屋に帰ってきた十勝にキレた志摩が携帯電話を壁に投げ付けるまで然程時間はかからなかった。そして、翌日俺が改めて同じことを言わされるハメになるのは言うまでもない。


 おしまい


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