どいつもこいつも身がないやつらばかりだ。

表面ばかりを上手く取り繕って、肝心の中身はガラガラで。

笑顔浮かべて適当に返せば、その返答に満足そうなフリをして。

つまらない。
全部、全部、全部。
全て俺の手を擦り抜けていく。
実体のあるなんて一つもなくて、全てが俺にとって無駄だった。
なにも残らない。
思い出も、言葉も、絆も、傷も、痣も。
残るものなんて一つもなくて、なにをしても俺に手応えを感じさせることはなかった。
これからも、きっと。

そう、思っていた。


「ハルちゃん、ハルちゃん」


俺を見つけると、ゆう君は嬉しそうに笑い、駆け寄ってくる。
それが可愛くて、両手を広げた俺はそれを受け入れた。


「危ないよ、ゆう君ドジなんだからちゃんと周り見ないとまた転ぶだろ」

「そ……そこまで間抜けじゃないよ……」

「どうかな、ゆう君はたまに想像も付かない真似するからなぁ」

「ハルちゃんに、言われたくないよ」


内容もない、他愛のない会話。
それでも、他の誰よりもその会話は俺にとって心を満たすもので。
なにより、ゆう君の笑顔を見ているだけで空っぽだった自分の中に暖かさを感じ始めた。

ゆう君は、いつも一生懸命だった。
不器用で、間が抜けてて、容量が悪くて、決して優秀ではないが、それでも何事に対しても真摯で、真っ直ぐで。
だからこそ、中身があった。
上っ面だけの人間とは違う。
手探りでも、見えなくても、それでも、俺が話しかければゆう君は一生懸命相手をしてくれた。
俺は、大したことも言えない。
だけど、口下手なゆう君は必死に話題を探し、言葉を投げかけてくる。時にはそれが縋るようで。
だから、俺もそれに応えるため、ゆう君との共通の話題を探し、ゆう君との会話が途切れないように一生懸命話した。
人に気を使うなんてしたことなかった。
初対面の相手としょうもない会話を交わすのは大して心は動かなかったのだが、ゆう君と話すと苦痛なくらい緊張した。
それと同時に、その苦痛が気持ちよくも感じた。
ゆう君を退屈させたくない。
そう、同じく俺を退屈させないために頑張るゆう君に対し初めて俺は人相手にそんな思いを抱いた。
だからこそ、ちょっとしたことを共感しあってお互いに顔を合わせて笑った時、心の底から楽しかった。
苦痛だからこその充実感。
それが、俺だった。

なのに。


「齋藤、最近壱畝のやつとよく一緒じゃん。なに、仲いいわけ?」

「え?」

「ほら、よく楽しそうにしてんじゃん。どうなの、実際」


俺がいない教室で交わされるゆう君とクラスメートのやり取りに、扉の陰に立っていた俺は無意識に息を止めていた。
バクバクと高鳴る心臓。
ゆう君は、知っているはずだ。俺が、ゆう君を他と一線を置いて見ていることを。
だからこそ、期待した。
ゆう君は、胸を張って俺を友達扱いしてくれると。


「べっ、別に……仲良くないよ。……そんなわけないじゃん」


照れたような、上擦ったゆう君の声が一瞬遠くなる。
ゆう君の言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
胸いっぱいの期待は急激に萎えていき、代わりに、足元から崩れ落ちていくような感覚が襲ってくる。


嘘だ。
なにかの聞き間違いだ。

そう、言い聞かせながら開いた扉から教室を覗き、俺は凍りついた。


「もう、そんな事言ってる暇あったら早くノート返してよ」

「ははっ、わかったわかった。あとちょっとだから、もうちょい貸してよ」


楽しそうに、クラスメートと笑い合うゆう君。
俺に見せるよりも無邪気な笑顔を浮かべたゆう君。
なんでもないようなゆう君。
俺のことなんて、なんでもない。
ゆう君にとって、俺はその他大勢のうちの一人で。

それを理解したとき、腹の奥底からぶわりと嫌なものが込み上げてくる。
吐き気、怒り、嫌悪、悲しみ、憎悪。
今までのゆう君への友情が崩壊し、出来上がったそれらの残骸は俺の中で膨れ上がり、いとも簡単に破裂する。

俺は、ゆう君を特別視していた。

それは、ゆう君が俺を特別視していたからだ。
そう、思っていたから。

なのに、実際は俺に向かって微笑むゆう君すら幻影で、そこにはなにもなくて、最初からわかっていたはずなのに一生懸命になっていた自分が馬鹿馬鹿しくて、恥ずかしくて、吐き気がして、無駄なことに対し膨大な時間を費やしてしまった自分への喉を掻き毟りたくなるほどの自己嫌悪を覚えた。
他人からここまでの不快感、絶望感を与えられたことがあっただろうか。
そこまで考えて、自分がまだ尚もゆう君を嫌悪という色眼鏡を掛けて特別視していることに気が付いて、また気持ち悪くなって、俺は。俺は。どうやっても、またゆう君をその他大勢として見ることでは出来なくなった。
どうしても無理だった。
ゆう君をどうでもいいと掃き捨てることが出来なかった。
俺は、最も知りたくなかった感情を覚えた。

それを自覚した俺はゆう君を忘れることを諦め、今度は俺の方からゆう君に歩み寄ることにした。


「なんで、ハルちゃん」


掠れた声。
涙の跡。
目を見開き、青褪め、出来たばかりの頬の痣を抑え、ゆう君は俺を見上げる。
ゆう君は、俺を見上げる。
俺を、見てくれている。
開いた瞳孔は俺だけを見ていて、囲むように周りに立ち並ぶ生徒を掻い潜って、涙を浮かべるその目はしっかりと俺を捉えている。
その事実が、酷く嬉しかった。
ゆう君が俺を見ている。
大嫌いなゆう君が、俺を。


「気持ち悪いな。こっち見ないでよ、吐き気がする」


これで、ようやく俺とゆう君は両想いだ。
ゆう君と両想いなんて吐き気がするけど、それでもゆう君が俺と同じように俺のことで頭がいっぱいになって夜も寝れなくなるほどの嫌悪でいっぱいになると思うと全身が満たされるようだった。
その充実感は、距離感を手探りで模索していたあの頃と比にならないくらいのもので。
ゆう君の体に一つ、また一つと消えない傷を作っていく毎にゆう君に俺という存在を刻み付けることが出来ると思ったら酷く興奮した。

俺は、ゆう君と過ごした時間を、ゆう君へのこの思いを一つ足りとも無駄にしたくないんだ。
憎悪も、嫌悪も。全て。


おしまい

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