一日の授業が終わり、特にやることもなかった俺は一階ショッピングモール前を歩いていた。
 丁度ゲームセンター前を通りかかったときだった。

「齋籐!丁度いい所に!」

 どっかで聞いたことあるような声に名前を呼ばれ、俺はそのまま声のする方を振り返る。
 仁科だ。仁科の方から話しかけてくるなんて珍しく、俺は小走りでやってくる仁科にただならぬ嫌な予感を感じ取る。

「あの、どうしたんですか?」
「悪い、これ、縁さんに渡しといてくんね?」
「え?」

 近付いてくるなり、そう強引に俺にビニール袋を手渡してくる仁科。
 ビニール袋の中にはなにか入っていたが、それがなにかはわからなかった。

「えっと……」

 いきなり押し付けられ、素で戸惑ってしまう俺に仁科は「本当に悪い」と申し訳なさそうな顔をする。
 と同時に、仁科の方から携帯の着信音が聞こえてきた。
 ビクッと震える仁科は、みるみるうちに顔を青ざめさせる。恐らく、阿賀松からだろう。
 わかりやすいくらいの仁科の表情に、俺はそう悟った。

「わかりました。渡すだけでいいんですよね」
「あ、ああ。ありがとな、まじで助かる」

 なんだか仁科を見ていると他人事のような気がせず、俺は承諾することにする。
 頷く俺にほっと安堵のため息を吐く仁科だったが、鳴り止まない着信音のおかげですぐに現実へと引き戻されたようだ。
「じゃあ、頼んだからな」そう念を押すように言った仁科は、それだけを言い残し俺の前から立ち去る。


 ◆ ◆ ◆


 仁科にお使いを頼まれてしばらく経つ。
 神出鬼没な縁がどこにいるのかまったくもって想像つかなかった俺は、三年の自室がある四階の縁の部屋までやってきていた。が、留守でした。
 まじでどこにいるんだ。
 引き受けたからにはどうにかしてでも目的を果たしたい。
 縁の部屋の前で立ち往生していた俺は、なんとなく周りの三年に目を向ける。
 風呂上がりだろうか。
 肩からタオルをかけた生徒が多い。
 そこまで考えた俺は、大浴場のことを思い出した。
 そうだ、もしかしたら縁は風呂に入っているのかもしれない。
 閃いた俺は、思い付くがまま三年専用の大浴場へと向かった。


 ◆ ◆ ◆


 結論からいうと、縁はいなかった。

 ということで他にもゲームセンターやら縁が行きそうな場所を当たってみたがなかなか見つからない。
 歩きすぎてフラフラになりながらも、再び四階にある縁の自室前まで戻ってきた俺。
 もしかしたら俺がこうして歩き回っている間に部屋に戻ってきているかもしれない。
 そう淡い期待を胸に、俺は縁の部屋の扉をノックをする。
 先ほど同様、反応はない。
 覚悟はしていたのであまりショックは受けなかったが、やはりテンションが下がる。
 ……もしかして居留守とかじゃないよな。
 あまりにも見つからない縁に、俺はそんな疑念まで抱き始める。
 なんとなくドアノブに触れた俺は、そのままドアノブを捻った。
 開かなかったらそれでいい。
 思いながらそのまま扉を開こうとすれば、鍵のかかっていないそこはすんなりと開いた。

 まじで開いた、どんだけ不用心なんだ。
 いや、もしかしたらルームメイトがいるだけかもしれない。そうだ、勝手入ったらやばいんじゃないのだろうか。思いながら顔を上げ、そこで俺の思考は停止する。

 縁がいた。いや、それはまだいい。縁ともう一人、やけに小柄な男子生徒がいた。
 まあ早い話、縁とその男子生徒は玄関で色々していた。通りで出れないわけだ。
 そして男子生徒は俺に気付き顔を青くし、肝心の縁はというと開く扉に気付いているのか気付いていないのかそれとも敢えて知らんぷりをしているのかそのまま続行。

「あっ、あの、せ、せんぱい……その、ひ、人が……」
「ん?なに、人?」

 しかし男子生徒はそれに堪えられなかったようだ。
 自分の胸に顔を埋めてくる縁の制服をくいくいと引っ張る男子生徒は、そうか細い声で縁を止める。
 止められなんとなく不服そうな顔をしていた縁だったが、開いた扉から覗いていた俺に気が付いたようだ。

「あれ、齋籐君じゃん。なに、齋籐君も混ざりた……」

 俺は扉を閉めた。


 ◆ ◆ ◆


 縁の性格は前から知っていたはずだ。
 誰彼構わず口説くような人とわかっていたのに、なんでだろうか。あまり気分がよくなかった。
 そりゃあ他人がヤってるのを、しかも男同士のを見て気分がよくなるような特殊な性癖をしているわけじゃないけど、なんだろうかこの気分は。
 それにしても、さっきの男子生徒、一年生だろうか。男にしては可愛かったな。俺のことがタイプだとか言っていたのに、守備範囲広すぎだろ。
 思いながら、壁に背中を付け縁の扉の前で立っていると、不意に扉が開く。さっきの男子生徒だ。
 部屋の前で待っていた俺を見て、行為を見られたのが恥ずかしかったのか顔を赤くした男子生徒はそのまま廊下を走っていく。

「……」

 別に縁が誰と寝てようが興味なかったが、実際その場面を目の当たりにしてみるとショックがでかい。
 もう終わったのだろうか。
 走り去っていく男子生徒の後ろ姿を視線で見送っていると、再び縁の部屋の扉が開く。

「なんだ、待っててくれたんだ」

 扉から出てきた縁は、壁際に立っていた俺を見つけて嬉しそうに笑った。
 その右頬は、僅かに赤い。殴られたのだろうか。さっきの男子生徒に。だとすれば、なんとなく申し訳なかった。
 俺が部屋に入ろうとしなければ叩かれることもなかったはずだ。

「すみません、邪魔しちゃって」
「ああ、別にいいよ。せっかく齋籐君から来てくれたんだから」

 気まずくなって視線を逸らす俺に、縁はそう人良さそうに笑う。
「それで?なんか用あったんじゃないの?」気を取り直して、そう俺に声をかける縁は「部屋入る?」と尋ねてきた。
 いくらなんでもさっきのを見てすぐ入れる気にはなれなかった俺は首を横に振る。

「ん、そう?ならいいけど、ここじゃなんだし場所変えようか」

 本当なら仁科から預かったものを縁に渡してすぐ戻るつもりだったが、なんでだろうか。
 そう誘ってくる縁に、俺は無言で頷いた。


 ◆ ◆ ◆


 学生寮四階、ラウンジ。
 テーブルを挟んで向かい合うようにソファーに腰を下ろす。

「あの、これ……仁科先輩からです」
「仁科から?あー、はいはい。あれね。どうも」

 持っていたビニール袋をおずおずと向かい側の縁に差し出せば、縁は思い出したようにそれを受け取った。

「いやー齋籐君もありがとね、わざわざ」
「いえ、どうせやることなかったんで。それ、なんですか?」
「これ?気になる?」
「まあ、なんとなく」
「仕方ないなあ、ちょっとだけ見せてあげる」

 そう言ってビニール袋を開く縁。
 つられるようにして、俺はビニール袋の中を覗いた。
 中には様々なものが入っており、それが全て外用薬だというのはなんとなくわかった。

「また怪我したんですか?」
「ん?なに、心配してくれてんの?優しいなあ」

「優しい子好きだよ」と笑いながら茶化してくる縁は、ビニール袋を閉じる。

「先輩」
「なあに」
「……茶化さないでください」
「やだなぁ、茶化してないよ。ほら、そんな怖い顔しないで」

「齋籐君は困った顔が一番かわいいんだから」と褒めているのかよくわからないことを躊躇いなく口にする縁は、むっすりとする俺に笑いかけてくる。
 さっきの男子生徒も、こうやって言いくるめたのだろうか。

「……保健室、行かなくて大丈夫なんですか?」
「そこまでしなくていいって。怪我って言っても、ちょっと指切っただけだし」

「こっちはストックだから全部使うわけじゃないよ?」必要以上に心配する俺に、縁はそう慌てて言い足した。
 てっきり袋の中の全て使うのかと思っていた俺は、縁の言葉を聞いてほっとすると同時になんだか恥ずかしくなってくる。

「す、すみません。よくわかんないのに、余計なこと言っちゃって」
「余計じゃねえって。俺、齋籐君が心配してくれて嬉しいし」

「指切ったくらいで齋籐君が心配してくれるんなら、もっと怪我しちゃうのも悪くないな」冗談か本心か、さらりと危なっかしいことを口にする縁に「絶対ダメです」と慌てて反対する。
 焦る俺に、縁はおかしそうに笑った。

「な……なんで笑うんですか」
「いやー、可愛いなあって」
「その可愛いとか言うの、やめてくださいよ」
「じゃあなにがいい?かっこいい?突っ込みたい?泣かせたい?ヤりたい?」
「もうちょっとまともなのないんですか……」

 しかも後半になるにつれて、ただのセクハラになっているし。
「注文が多いなあ、齋籐君は」呆れたような顔をする俺に、縁はやれやれといったような表情で笑う。
 注文が多いというか、出されたものがまともじゃないから仕方ないじゃないか。
 そんなこと思っていると不意に、テーブルの上に置いた手に縁の手が触れる。少しだけ、緊張した。

「好きだよ」

 いつもと変わらない調子のその言葉に、俺は硬直する。
 顔を上げれば縁と目が合い、笑いかけられた。
 タラシな縁の性格を知っているはずなのに、なんでだろうか。あまりの不意打ちにその言葉を真に受けてしまった俺は、そのまま固まる。

「っていうのはどう?思わずときめいちゃっただろー」

 やはり、ただからかわれただけのようだ。
 そう悪戯が成功した子供のような顔をして言ってくる縁に、呆れてものも言えなかった。

「あんまり、そういうこと他の人に言わないでくださいよ」
「そういうことって?」
「……す、好き……とか」

 あまりにもタチが悪い縁の悪戯に、俺はしどろもどろと注意する。
 対する縁は、そんな俺からなにかを悟ったようだ。
 少し意外そうな顔をする縁だったが、すぐに笑みを浮かべる。

「わかったよ、そんな可愛い顔してお願いされちゃあ断れないし」
「だから、その」
「あーそうだった、大好きな齋籐君にだった」

 絶対わかってないだろう。
 にやにやと嫌な笑みを浮かべ訂正する縁に、俺は押し黙る。

「齋籐君って結構ヤキモチ焼きなんだね」
「ち……違いますよ」
「じゃあ嫉妬深い?」
「言い方変わっただけじゃないですか」
「キスしていい?」
「だから……え?あ、な、何いってるんですか」

 どさくさに紛れて妙なことを口走る縁に、俺は口をぱくぱくと開閉させる。
 伸びてきた手に髪を掻き上げられ、そのまま腰を浮かす縁はここが公共の場にも関わらずそのまま顔を近付けてきた。
 一番驚いたのは、自分自身だった。
 逃げようと思えば逃げられるはずなのに、なんで自分がこの場から離れようとしないのかがわからなくて。
 目を丸くして縁を見上げる俺に、縁は小さく笑った。

「やっぱり、齋籐君は困った顔が一番いいね」

 軽く額に唇を寄せた縁は、そう呟いてすぐに顔を離す。
 優しい唇の感触に、今さらになって恥ずかしくなってきた。心臓が煩い。キスされた箇所が疼く。顔が熱い。

「それじゃ、行こっか」

 すると、なにを思ったのか言いながら縁は立ち上がる。
「え?」いくって、どこに。意味がわからなくて、思わず俺は縁に聞き返した。

「ん?俺の部屋。だってヤるんでしょ?」
「や、やるって……なっなんでそうなるんですか!」
「いやだって……違うの?」
「違います」
「えっ、でも俺のこと好きじゃん」
「ち……」
「違うの?」
「……違いませんけど」

 落ち込んだような目で見詰められ、つい俺は肯定してしまう。
 確かに好きだが、だからといってなんでそこにいくかがわからない。

「じゃあ、嫌?」

 渋る俺に、薄く笑んだ縁は尋ねてくる。
 あの男子生徒もこういう風に迫られたのだと思えば、なんとなくこのまま縁に流されるのも悪くないと感じた。
 独占欲。なんて言葉が頭をよぎる。
 いつの間にかに俺は縁にタブらかされていたようだ。

「……嫌、じゃないです」


 おしまい



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