放課後が嫌いだった。
 授業が終わり、他の生徒たちが学生寮へと戻っていく時間。
 ……あいつが、優等生の仮面を外す時間。

「鈍臭くて醜くてどこまでも浅はかなゆう君、今日はそんなゆう君にピッタリのお友達を連れてきてあげたんだ」

 今回こそは逃げようと思っていたのに、この様だ。
 腕を縛られて殴る蹴るくらいなら堪えられた、けれど。

「ひ、とせく……っ」
「ハルちゃんって呼べっつってんだろ、てめぇは鳥頭かよ」
「はッく、ぅっ!」

 下着ごと脱がされ、剥き出しになった性器を指で思いっ切り跳ねられれば刺すような痛みが脳天を貫く。
 汗がどっと溢れ、鼓動が加速する。

「は……はるちゃ……ッ」
「流石にこんな状況で勃起する豚じゃないかな」

 壱畝は笑う。
 最近、壱畝はおかしい。俺を触ることすら嫌がっていたくせに、こんな真似。
 壱畝に自分の体を見られてるというだけで不愉快なのに、それ以上に恥ずかしさのあまり居た堪れなかった。
 何をするつもりなのか。壱畝が分からない分、余計不安で仕方なかった。
 そんな中、壱畝は何やらチューブを取り出した。そしてその中に入っているのは、琥珀色の液体。

「な……に、それ……」
「ん?良い匂いするだろ?」

「高かったんだぜ、純正の蜂蜜」チューブを押し潰し、指に絡めた壱畝はそれを舐め取る。
 確かに、濃厚な蜂蜜の匂いがする。
 けれど。何故このタイミングでそんなものを取り出す必要があるのか分からなかった。

「……なんで、そんなもの……」

 正確に言うなら、分かりたくもなかった。

「ッ、つ、ぁァ……ッ!」

 先端部、垂らされる蜂蜜に堪らず声を上げてしまう。
 一層濃くなる甘い匂いに目眩を覚えたのも束の間、性器全体に蜂蜜を塗り込むように掌を上下されれば恐怖と羞恥で全身が硬直した。

「やめっ、や、はるちゃ、手、止めて……ッ!」

 壱畝に性器を握られているという事実だけで心臓が止まりそうだというのに、躊躇いもなく扱いてくる壱畝に生きた心地がしなかった。
 グチャグチャと下品な音を立て、擦られるそこに更に大量の蜂蜜を追加され、壱畝は手が汚れることも構わずそれを俺の体に練り込んでくる。

「や……め……ッ!」
「何?もっと?」
「ハルちゃん……ッ!」

 嫌なのに、そんな俺の意思とは関係なく熱を持ち始める下腹部。
 丹念に塗り込むように掌を動かされ、反応してしまいそうになる自分が怖くて、情けなくて。
 必死に堪える俺を見て、壱畝は鼻で笑う。

「なんだその顔、ぶっさいくだな本当……安心しろよ、誰もお前のイキ顔とこ見たくねえから」
「っ、ぅ……あ……」

 そう言って、パッと手を離した壱畝に安堵するも束の間。
 何かを手にした壱畝を見て、一瞬、目を疑った。

「っ、ハルちゃん、待って、なに、その」
「何って言ってるだろ?ゆう君の新しい友達だよ」

 そう言って、壱畝は手にしたそれを俺の目の前に突き付けた。
 丸々と太った掌サイズのイモムシ俺の目の前で無数の足をバタつかせる。
 それを見た瞬間、全身に鳥肌が立つ。

「待っ……待って、ハルちゃん……ッ」
「こいつらは甘い蜜が大好きなんだよ。だから、たくさん舐めさせてやって仲良くしろよ?」

 甘い蜜という単語に、どっと汗が滲む。
 まさか、まさかまさかまさかまさか。

「ひィ――ッ」

 待って、と止める暇もなく、壱畝はイモムシを性器に近付けた。
 逃げようと身を捩らせるものの、腹部を思いっ切り踏みつけられ、動けなくなる。

「ぁ、嫌だ、やめ、やめろ!やめろっ、嫌だ!」

 首を横に振って懇願する。
 けれど、壱畝は笑顔のままで。
 次の瞬間、ぼとりとイモムシが性器の上に落ちた。

「ァアアアあああああ!!」

 その悲鳴が自分のものだと分からなくて、 必死に体を捩って振り落とそうとするがイモムシは先端へと上っていくだけで。
 無数の足が動くその感触が鮮明に伝わり、どうかなりそうだった。
 そんな俺を見て、壱畝はただ楽しそうに声を上げて笑う。

「やだ、ハルちゃん、取って!早く、取って、ハルちゃん!」
「アハハハハハハ!何必死になってんの?もっとほしいわけ?」
「ちが……」

 違う、と言い掛けた瞬間、二匹目のイモムシが足の付け根辺りに落とされる。
 今度は声も出なかった。
 蜂蜜の匂いに釣られ、小さな足をバタつかせて性器へと這うイモムシに目の前が真っ暗になって、体が、動かなくなって。

「ハルちゃ、お願、助けて、ごめんなさい、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいッ!」

 振り落とそうとしても落とせない、蜂蜜に誘われたイモムシ二匹に性器を吸われ、恐怖で涙が止まらなかった。

「……本当に、助けて欲しい?」

 不意に、こちらを見下ろしていた壱畝に問い掛けられる。
 何度も強く頷けば「そうか」と壱畝は呟いた。
 もしかして、本当に助けてくれるのでは、と顔を上げた瞬間だった。

「じゃあ、三匹目あげるね」

 ぼとりと、頬の上、落ちて来る大きな塊に今度こそ心臓が停まるかと思った。

「ぁ……あ……あぁ……」

 顔中を這いずるイモムシに、自分の何かが音を立てて切れるのを感じた。
 プライドとか、人目とか、そんな段ではない。
 このままでは、本当に、俺は。

「嫌だ、や、ぁ、やだ、嫌だ、誰か、誰かッ!」

 うっかりイモムシが口に入ってしまうのではないのかなんて心配をしてる暇なんてなかった。
 喉が裂けるほど声を張り上げ、助けを求める俺に壱畝は笑いながら立ち上がる。
 そして、その手にはバケツが握られていて。

「馬鹿じゃねえの、誰も助けにこねえよ」

 バケツの中、敷き詰められた無数のイモムシが目に入った瞬間声を出すことも出来なかった。
 目があって、壱畝はにっこりと笑った。

「だって、これは」

 夢だから。
 そう、俺の頭の上、壱畝は持っていたバケツをひっくり返した。



「――ッ!!」

 目を開けたと同時に、俺は勢い良く飛び起きた。
 薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から射し込む朝日。
 部屋の中、俺はそっと自分の顔に手を這わせた。
 そこにイモムシはいなければ、手を縛られてもいない。
 あの濃厚な蜂蜜の匂いも、ない。

「ぁ……」

 夢、だったのか。
 離れたところにあるベッドの上、すやすやと眠る壱畝の姿を確認した俺は安堵の溜息を吐いた。
 それにしても、最悪な夢見だ。
 今でもあのイモムシが体中を這う感触が残ってるみたいで、それを振り払った俺はベッドを降りた。
 夢のせいか、酷く喉が乾いていたのだ。
 部屋の隅に取り付けられた冷蔵庫を開き、手前に置かれたボトルを手にした。
 服も着替えなければ。汗でびっしょり濡れていて気持ちが悪い。
 思いながら、ボトルに口をつけたとき。
 冷蔵庫の奥、鈍く光る琥珀色の液体が入ったチューブを見付け、俺は手に持っていたボトルを落とした。

 完

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