「……くん、齋籐君」


微睡む意識の中、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
体を揺すられ、全身に走る違和感に眉間を寄せた俺は小さく唸りながらゆっくりと瞼を持ち上げた。


「……芳川、会長?」

「ああ、俺だ。そろそろ閉めるが、起きれるか?」


一瞬会長がなんのことを言っているのかわからなかったが、そう言えば眠る前に起こしに来るといっていたような気がする。
つまり、今がそのときなのだろう。
「あ、起きます」そう言いながら慌てて起きようとした俺だが、腰を重点に全身の筋肉やら骨やらが軋みそれは儘ならなかった。


「……すみません、あとちょっと待っててください」

「ああ、それは別に構わないが二度寝はするなよ」


掠れた声でそう伝えれば、芳川会長は「仕方ないな」と笑う。
それに対し笑い返す気力なんて俺には残されていなかった。
もしかしたら夢かもしれない。
そう思いたかったが、残念ながらこれは現実のようだ。
慌てて顔半分まで布団を被った俺はベッドの側に立つ芳川会長を見上げる。
目が合って、芳川会長は「どうした?」と不思議そうな顔をした。
慌てて目を逸らした俺はぶんぶんと首を横に振り、ジェスチャーでなんでもないと伝える。


「そう言えば、齋籐君。こっちに栫井は来なかったか?」


そして、芳川会長はふと思い出したようにそんなことを尋ねてくる。
「え」その一言に全身の筋肉が緊張し、下腹部がずくりと疼いた。


「どうやらまたサボったらしくてな、一度話しつけてやろうかと思ったんだがどうも入れ違いになったようだ。生徒会室にいたのは確からしいが見当たらなくてな」

「…………さぁ、俺は見てませんけど」

「……ああ、そうだったな。悪い、君は眠っていたな。変なこと聞いて済まない」


「どうせまた十勝が勘違いしていただけかもしれないしな」そう溜め息混じりに呟く芳川会長に、俺は苦笑を漏らした。

そして、芳川会長は生徒会室の戸締まりを確認しに仮眠室を後にする。
それを見送り、一人になったのを確認した俺はどうしようかと小さく溜め息をついた。
羽毛布団のその中、背中を抱くようにくっついて眠るそいつの体温を感じつつ、なんで自分がわざわざこいつを庇うようなことを言ったのかが不思議で堪らない。
どうせなら会長に洗いざらい話して叱らせた方がよかったのかもしれない。
思いながら、俺はゆっくりと上半身を起こした。


「……いたたた」


ズキズキと痛む節々になんだか一気に歳を取ったような気分になりつつ、俺は隣ですーすーと気持ち良さそうに規則正しい寝息を立てるそいつもとい栫井平祐を見下ろした。
どこか幸せそうなその寝顔に一体どんな夢を見ているのか気になったが、待たせている芳川会長が再び入ってくる前に俺はベッドを降りる。


説教もいいが、このままこいつを放置して半日閉じ込めさせるのも悪くない。
殺されかけた細やかな仕返しだ。
もっとも、お昼寝好きの栫井には有り難いのかもしれないが。

扉の側の小さな棚の上に置かれた鍵を手に取った俺は腹ん中の違和感に一人眉を潜め、栫井をベッドに残したまま産まれた小鹿のような足取りで仮眠室を後にした。


おしまい

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