永久欠損ヒロイズム


 04

「俺が……こいつに?」
「出来る限りこの子の意思は尊重したい。……それに、私も興味があります。何も指示を受けてない状態で動いたこの子が君を選んだ。そして自ら望んで君の傍にいる。人格形成は終えていないとはいえ、この子がどのような道を選ぶのか私は見てみたい」

 話を聞いているだけだと、倭がクロウのことを言っているとは信じられなかった。
 だけど、やっぱりこいつは無機物寄りのなにかなのだろう。
 そして、目の前の倭とか言うスーツの男の言うクロウへの思いも、嘘ではないはずだろう。証拠に、クロウのことになると平坦としていた倭の声が僅かに高くなるのだ。

「しかし、今回のことでわかりましたでしょう。やはりクロウは私の手元に置いておく必要があります。定期的なメンテナンスもバッテリーの充電も、君には不可能だ」
「……だから、俺にあんたに着いていくよう促せ、と」
「話が早くて助かります」

 倭の言葉は無茶苦茶ではない。
 クロウにとっても、関係者の、それもクロウのことを理解して思い遣ることのできる人間の傍に居たほうが幸せなのではないか。そう理解できていた。

「だけど、俺が言ってもダメだったらどうするんだ?」
「そうですね、今のようにクロウがバッテリー切れのところ狙って回収する他ありません。それに、研究所の方は私とは違う考え方でしてね、クロウの意思や人格には然程興味を持っていないのですよ」
「ですから、強制収監した場合人格を上塗りし、完全な機械として扱うことになります」私はそれだけは阻止したいのです、と呟く倭はどこか苦虫を噛み潰した表情で。
 クロウを追っている右京という男は、なんとしてでもクロウを捕獲することを目論んでいた。
 そして、倭の言葉からしてその組織自体がそういう意向なのだろう。

「……」

 クロウが機械で、それも、逃げられたら困るような代物で。俺の選択で、クロウの未来が決まる。正直俺にとって関係ない話だ。別にこいつが機械だろうがなんだろうが、既に連中に名前や素性まで割られてしまった今今更他人面も出来ない。
 ならば、

「……明日」

 搾り出すようにして声を出す。なんだか久し振りに自分の意思で言葉を吐いたような気がする。思いながら俺は、深く息を吐いた。

「明日までに返事はする。クロウにも説明する。……だから、時間をくれ」

 所詮俺が悩んだところで決断するのは俺ではない。クロウだ。それをわかっているのだろう。倭は「わかりました」と、頬を緩める。
 笑った倭は、第一印象とは正反対の優しそうな笑顔をしていて、少しだけ驚いた。




『バッテリーが完全に切れた場合、再起動までに時間が掛かります。恐らくもうすぐ目を覚ますでしょう』

 そう倭の言葉通り、クロウは目を覚ました。

「あれ、ベッド硬い……」
「よく見ろ、馬鹿。何がベッドだよ」
「あ?あれ……?ここ、どこ?って、え、ええ?俺なんでこんなところで寝て……」

 混乱するクロウ。
 どうやら、再起動までの間の記憶がすっぽり抜け落ちているようだ。一先ず俺はクロウに事情を説明するため、家へと連れ帰ることにした。

 ――自宅二階、俺の部屋にて。

「……ということだ」
「へえ〜」
「……」
「あれ、なんでそんなに睨むんだよ。ちゃんと聞いてたってば」
「……あのな、これはお前にとってほら、大切な話なんだぞ。……なんだろ?」
「って言われてもなぁ……俺、ヤマトってらやつ知らねーし」

 うんざりした様子で頭を掻くクロウ。
 あまりにも他人ごとなクロウな態度になんだか必死になっていたこちらの方が馬鹿みたいだ。

 しかし、無理もない。倭の話を聞くに、クロウは完成したばかりの人型兵器だと言う。この時点で普段の俺なら笑い飛ばすのだが、その人外染みた力を見た俺はただ頷くことしか出来なくて。

 クロウは所謂未完成品だそうだ。ある程度の人格は出来ているというのだが、クロウ自身を制御するためのデータを打ち込んでいないという。
 操縦者の居ない兵器同然のクロウをあの右京という男が無断で起動したらしく、訳もわからないままクロウは逃走。何を仕出かすかわからない、おまけに秘密裏で進めていた人型兵器が脱走という異常事態に研究所は総動員でクロウを捜索している。
 それだけを聞けばさっさと研究所に返せばいいと思うのだが、下手にクロウの逆鱗に触れれば何を仕出かすか分からない。被害者だって。
 だから、倭はクロウの機嫌を損ねない範囲で管理したいと言うのだ。

「お前、自分がその、兵器……っつーか、ロボット?って知ってたのか?」
「よくわかんねえ」
「なんだよそれ」
「……違和感とかそういうのもわかんねえし、ミチザネと違うって言われてもそういうもんなんだろうなとは思うけど、別に意識したことない」
「……」

 こう話していると、本当に機械とは思えない。
「難しいこと考えるとやなんだよな〜」と笑うクロウはそのままベッドに寝転がる。
 クロウが寝泊まりするようになって数週間、食費とか食費とか食費とか、長政の目とか、食費とか、色々大変なことはあったが、正直、自分は間違っていないと信じてこいつを匿っていた。だけど、倭から事情を聞いた今、以前と同じように自分を正しいと言えるかどうかは分からない。

「クロウ、お前はどうなんだよ」
「何が?」
「その……研究所に戻りたいのか?」
「いや、全然」

 即答だった。まあ、情緒の欠片もないところは機械らしいとも言えなくないが。

「俺はミチザネと一緒にいるの楽しいよ。飯もうめーし。……研究所は、なんか薬くせーしジメジメしてて気持ち悪い」
「……」
「でも、俺がここにいるとミチザネは困るんだよな?」
「……」

 否定することは出来ない。
 ここにいたら、いずれまた研究所の追手がやってくるはずだ。
 次捕獲されれば、確実にクロウは兵器として完成するだろう。
 その代わり、人格が確保される可能性は薄い。

 雨の中、転がる白衣たちの上、無傷で佇むクロウの背中を思い出す。人間らしさを感じさせない、無機質で冷たい目。……思い出しただけでも、正直、今でも震えそうになる。
 あれが兵器としてのクロウだというなら、俺は……。

「……お前、倭のところに行けよ」


 寝転がっていたクロウは、飛び起きる。
 信じられない。そういうかのように丸い目でこちらを見るクロウ。しかしやがて、理解したのだろう。すぐに困ったような、そんな笑みが浮かんだ。

「……って、まあ、無理もないよな」
「いいのか?」
「別にいいよ。でも、倭ってやつが悪いやつだったら俺は殺す。それだけだから」
「……」

 なんでもないように続けるクロウに俺は何も言えなかった。
 けれど、素直に俺の言う事を聞いてくれたクロウに少しだけ嬉しくなっている自分が少し、癪だった。

 その日、クロウは俺が眠っている間一人でなにやらごそごそとしていたがさして騒がしくもなかったので無視して俺は寝た。



 翌日。

「ミチザネっ!起きろよ!いつまで寝てるんだよ!ナガマサもう行っちゃったじゃねーか!」
「う、うぅ……うるせえ……」
「うるさくねえし、ヤマトとの約束の時間、もうとっくに過ぎてるぞ!」

 そのクロウの言葉に、慌てて俺は飛び起きた。そしてサイドボードの目覚し時計を掴めば、まだ朝の八時。倭との待ち合わせ時間までまだあと三時間もある。

「……クロウ……」
「だって、こう言わねーと起きねえじゃん、ミチザネ」
「あのなぁ、俺は昨日お前のせいで寝られ……」

 なかったんだぞ、とクロウを睨み付けた時。こちらを見詰めていたクロウと目があって、その先の言葉が詰まってしまう。
 ……兵器のくせに、なんつー顔してんだよ。

「……なあ、ミチザネ」
「なんだよ」
「ヤマトと会うまでまだあるんだろ?……それまでさ、ちょっと出ないか」

 そう尋ねてくるクロウからは不安といったものは感じられないが、その代わり寂しげなその目に俺は言葉に詰まってしまう。いつもしおらしくしとけばいいものを、どうしてこういう時に限って。
 思いながら、俺は「一時間だけだぞ」とだけ告げる。ややあって、クロウは「おう」と嬉しそうに笑った。ようやく見せたいつも通りの笑顔に少しだけ、安堵する。


 クロウに引っ張られるように外へ連れ出される。
 長閑な休日の朝。少し空気が冷たいが、それもあまり気にならないのは恐らく、別のことで頭がいっぱいになっているからか。

「よしっ、着いた!」

 ほんやりとクロウの背中を眺めながら歩いている内にどうやら目的地に着いたようだ。
 その声につられるようにして顔を上げれば、そこには然程目新しくない景色が広がっていて。

「ここって……」

 あの土砂降りの夜、雨宿りにクロウが使っていた公園。白衣たちに襲撃されたそこにわざわざ自ら脚を運んだクロウが理解できなくて、呆れたようにやつを見ればクロウは少しだけ気恥ずかしそうに笑った。

「本当は他のところがいいんだろうけどな、俺、この辺とかよくわかんねーから」
「……まあ、お前がいいなら別にいいけど」
「あれ、怒らねーの?」
「あのなぁ、俺だって別にいつも怒ってるってわけじゃねえからな」

 昔から愛想や愛嬌のよさは長政の担当分野だ。
 面白くもないのにいちいち他人ににこにこしてられないと開き直ってるというだけであって、別に二十四時間体制で機嫌損ねているというわけでもない。

「なら、よかった。俺、結構ここ好きでさ」
「確かにまぁ、お前向きだよな」

 対象年齢的に、とちょっとからかってみたが皮肉は通用しないようだ。「だろ?」と嬉しそうに笑うクロウになんだか俺が悪いやうみたいになる。

「取り敢えず、座ろうぜ。この辺りにはもうあいつらの気配は感じないしな」

 一度接触した相手の気配居場所は凡そだが感知することが出来る。倭の言ったとおりだ。

「ああ」

 そう頷き、さっさと公園敷地内へ向かうクロウを追うが、何が悲しくて休日の午前から男二人で公園に行かなければならないのか。考えたところで野暮なのだろうで、敢えて俺は考えないことにする。

「ミチザネってさぁ、なんで俺のこと家に何日も置いてくれたわけ?」
「は?」
「だってさぁ、普通あんな怪しい連中に追い掛けられてたら逃げるんだろ?それか、関わりたくねえってなったり」
「……」

 突然何を言い出すのかと思えば、不思議そうな顔をしてただ純粋な疑問をぶつけてくるクロウに俺は言葉に詰まる。
 当然の疑問といっちゃ疑問だが、元はといえばこの男の方から頼み込んできたわけだからその質問は野暮ではないか。

「なあ、なんで?」

 なのに、こいつは返答に困る俺にお構いなく詰め寄ってくる。
 上目がちにこちらを見上げてくる赤い片目。心なしかキラキラしているのは恐らく嵌め込まれているそれがガラス玉と知ってしまったからか、正直直視し難い。

「うるせえな、なんでもいいだろ」
「あっ、またそれ」
「大体お前から言ってきたんだろ」
「でも、それはちゃんと断られたぞ」
「……」
「なあ、なあってば」

 無駄に記憶力がいいというか、変なところで敏いというか、俺の逃げ道を見事潰してくるクロウになんかムカついてきた。クソ、クロウのくせに。

「ミチザネ」
「……」
「みーちーざーねー!」
「……っるっせえ!」

 纏わり付いてくるクロウに我慢も限界に達し、思いっきり振り払ってやれば「うわっ!怒った!」と楽しそうにクロウは笑う。人を怒らせて笑うとはいい性格だ。

「そんなに言いたくねえの?」
「……言いたいとか言いたくないとかじゃなくて、意味なんてねぇんだよ」

 このままでは埓が明かない。そう諦めた俺に、「え?」と目を丸くするクロウ。

「誰かに目の前でごたごたされるのが嫌なんだよ。……無視しようとしても、出来ない。余計イライラする」
「それって、困ってるやつ見てると見過ごせないってこと?」
「……」
「ミチザネ、お人好しなのか?」
「その言い方やめろ!」

 別に率先して助けようとかそういう善人というわけではない。だけど、目の前で困ってるやつがいたらどうしようもなくイライラするのだ。一人宛もなく右往左往して、勝手に苦しんで。まるで昔の自分を見ているようで、いても立ってもいられなくなる。
 感謝の言葉に興味ははない。それでも、そんな俺の性格を知っている静間からはしょっちゅう「お人好し」と笑われていた。それが癪だった。

「……そうか、意味なんてなかったんだな」

 そう呟くクロウ。しょうもない理由でがっかりしたのだろうか、と思ったがやつは何故か嬉しそうで。

「俺、忍び込んだのがミチザネの家で良かった!」
「全然嬉しくねーからやめろ」
「ええっ?なんで?」
「寧ろお前のせいでこっちは迷惑被ってんだぞ!」
「なんだよ、ミチザネだって俺の体を好きにして金稼いだくせに!」
「なっ…!」

 まだ日も高い真っ昼間の公園で何を言い出すんだ、こいつは。
 砂場で遊んでいた子供たちの目が、日陰の下でたむろしている若妻たちの視線が突き刺さる。暑さとは別の汗がぶわっと滲み出して。

「何を、言って」
「無理矢理脱がせてあんな写真まで撮られたんだからな!」
「〜〜っ、わかった!俺が悪かったから黙れ!」
「んむっ」

 鋭い視線とひそひそ話に耐えきれず、咄嗟にクロウの口を塞ぐ。
 目を丸くしていたクロウだったが、すぐにその表情もいつもの脳天気な笑顔に変わって。

「ミチザネの手、暖かいな」

 なんて、俺の手に触れてくるクロウ。
 お前の手だって暖かいだろ。重ねられる掌に少し戸惑いながらもそう返そうとしたとき、周囲の家族連れがざわつき始めたことに気付く。やばい。このままではご近所さんにまでホモ説が流れてしまう。

「……っもういいだろ、離せよ」

 赤くなった顔を見られたくなくて、クロウから顔を逸らした俺はその手を振り払った。
 騒いでいるうちに結構時間が経っていたので、そのまま俺たちは倭との待ち合わせ場所へと向かうことにした。

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