Sweet Ensemble


 03

 幸い、現在地からはそう遠くない。裏口を使い、ショートカットで保健室へと向かう。
 その間も漆葉は暴れていたが、俺が降ろさないでいるとやがて諦めたように大人しくなった。

 漆葉を抱えたまま保健室に入ると何事かという顔をされたが、満身創痍の俺と漆葉を見るなりすぐに手当をしてくれる。
 立場上絡まれることも少なくはない。養護教諭はすぐに察してくれた。俺は漆葉を先に手当するように頼んだ。
 そして、あっという間に包帯とガーゼで白くなった漆葉は俺を見るのだ。

「お礼は言わないよ」
「……別に、それで構わないよ。帰り道は人気の多いところを帰った方がいい。ただでさえ君は敵が多いんだし」
「夏日君とかね」

 ……まあ、否定はしないが。
 いつもの調子に戻った漆葉はそのまま踵を返す。別に俺の手当が終わるまで側にいてほしい、なんて思わなかったので引き止めることはしなかった。
 出ていく漆葉を尻目に見送り、俺は養護教諭に手当をしてもらった。

 手当を終え、保健室を出たときには昼休みも終わっていた。
 ……宇陀野のやつ、腹空かせてないかな。
 俺は一度一階の売店へと向かい、預けていた宇陀野の餌を回収する。そして、そのままの足で学生寮の宇陀野の部屋へと向かうことにした。


 ――宇陀野の部屋。
 キーを使って解錠し、扉を開く。
 すぐに宇陀野を見つけることはできた。
 ソファーをベッド代わりに眠っていたらしい宇陀野は、俺の姿を見るなり不機嫌を隠そうともしないまま起き上がる。そして、俺の側までやってくる宇陀野に袋を「遅くなってごめんね」と差し出す。が、受け取らない。

「宇陀野?」
「……誰にやられた?」
「え?……ああ、これ?」

 これ、と頬に貼られたガーゼに触れる。

「なんだ、心配してくれてるんだ」
「……違う」

 すん、と匂いを嗅がれた。犬みたいだ、と思いながらその近さに思わず反応しかけた矢先。

「……あいつの香水だろ、これ」

 あいつ、というのが誰なのかすぐに分かった。
 流石、元友達なだけある。先程保健室まで漆葉を運んだときに匂いがついてしまったのだろう。

「そうだよ」
「……あいつにやられたのか?」
「まさか。俺は巻き込まれただけだよ。ついでにいうなら、俺よりも漆葉侑都の方が怪我してるし」

 下手に誤魔化す必要もないと思った。そのまま告げれば、益々宇陀野の顔が渋いものになる。

「……誰の仕業だ」
「宇陀野、やっぱり心配してくれてんだ」
「いいから吐けよ」

 これは本気のやつだ。誤魔化したら宇陀野に締め上げられ兼ねない。観念することにした。

「尼崎君って知ってる?」

 そうその固有名詞を口にした途端、「ああ」と宇陀野は納得したように吐き出した。そして、俺から袋を取り上げそのままソファーへと腰を降ろした。

「彼と彼らのお友達にね」
「……あいつが尼崎みたいな雑魚にやられるのか」
「さあね、色々あったみたいだよ。様子、少しおかしかったし」

 宇陀野はなにも言わない。相変わらずの渋面のまま、真っ先にプリンを取り出している宇陀野を見て少しほっこりした。
 それにしてもやはり漆葉のことが気になるのか。まあこんなことになってしまったとはいえ、ずっと一緒にいたからな。

「やっぱり漆葉君に会いたい?」
「会いたくねえ、顔も見たくねえ」

 本当素直じゃないな。思いながらも、俺もソファーに腰を下ろす。宇陀野の隣に座れば、宇陀野は露骨に嫌そうな顔をした。
 普段だったらこの時点で「おい、向こうに座れ」とか言われそうだったが、宇陀野はなにも言わない。これが怪我の功名というやつか。大きな手で小さいスプーンでちまちまプリンを食べている宇陀野の姿は見てて癒やされる。

「お前、いつまで風紀やるつもりだ?」

 思いながら宇陀野の横顔を眺めていると、ふとスプーンの手を止めた宇陀野が問い掛けてきた。
 どうやらまだ宇陀野は俺が風紀委員をやっていることに思うところがあるようだ。

「さあね、うちの風紀委員長様が飽きるまでかな」
「お前がくたばるのとどっちが早いだろうな」
「またそんな意地悪ばかり言うんだもんね、宇陀野は。ちゃんと頑張ってるのに、俺」
「……人の飯は忘れるくせにか?」
「それは……ごめんね」

 まだ根に持っている。恐らく一生言われ続けそうな気がする。食べ物の恨みは恐ろしい。

「尼崎なら関係ねえだろうけど、お前がろくな目に合わねえのはその立場のせいもあるだろ」
「風紀やってるからって?まあ確かに人から恨みは買われる機会は増えた気はするけど」
「裏であの男が手を回してんじゃねえかって話だ。お前にヘイトを向けるように仕組んで」
「あの男って……もしかして凌央のこと言ってる?」

 宇陀野はああ、と頷いた。
 そして、いつの間にかに空になっていたプリンの容器を机へと置く。

「あの男ならそれくらいやるだろ」
「それは考え過ぎだ、宇陀野。それに、凌央はそんなことしなくても既に敵は多いからね」

「君もその内の一人だからわかるだろ」そう宇陀野に告げれば、そのまま宇陀野は口を閉じた。それから袋の中から取り出した惣菜パンの包装を破き、豪快にかじりつく。

「でも、君がそうやって俺のことを心配してくれるのは嬉しいよ。けど大丈夫だから、俺には――」

 俺には気紛れな女神様がついているからね。
 生徒会室で蜥蜴と戯れる女神のことを思い浮かべる俺に、宇陀野は怪訝な顔をし「そりゃよかったな」と興味なさそうに吐き捨てた。

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