Sweet Ensemble


 02

 友衛さんと幸福な時間を過ごし、満ち足りた気分で生徒会室を後にする。足取りが軽い。
 生徒会案件の仕事を率先して引き受け、こうして友衛さんと束の間の時間を共有することは最早日課となっていた。
 腕時計を確認すればそろそろ昼食の時間だ。
 以前のように宇陀野への餌、否食事を与え忘れぬように先に売店で二人分の惣菜パンを調達しておく。……あとついでに焼きプリンも買っておいてやろう。
 買い物袋をぶら下げたまま売店を出たときだ。

「テメェ、調子に乗んなよ!」

 ……どうやら神様は俺の一日を幸福なままで終わらせてくれるつもりはないようだ。

 ――校舎一階。
 通りすがりの生徒たちは何事かと声のする方を見ているが誰一人現場へと向かおうとしない。賢明な判断だと思う。そして風紀の腕章をつけてる俺を見て、何か言いたげにちらちらと視線を送ってくるのだ。
 ……まあ、こんな状況で無視なんてしないけどさ。
 思いながら、俺は取り敢えず売店のお姉さんに焼きプリンとパンたちを預けてその声のする方へと向かった。

 人気のない通路、連中はいた。
 いかにも柄の悪そうな連中が一人の生徒をかこんでいる。つい最近どこかで見たことのある構図だ。
 そして、囲んでいる連中にも見覚えがあった。
 ……囲まれている男にも。

「侑都よくも裏切りやがって、テメェのせいで俺はな……」
「あー、待って。それって長くなる?俺このあと用事あるからさ、なるべく手短にしてほしいんだけど」
「ああ?お前立場わかってんのかよッ!」

 輪の中心にいるのは尼崎と――漆葉侑都だった。
 またあいつらか、と心の中で溜息を吐く。けれどこの組み合わせは珍しい。
 まあ漆葉なら一人でもなんとかできるだろう。俺は見なかったことにしてその場を後にしようとしたときだった、携帯を弄っていた漆葉はこちらを振り向いた。
 大きな猫目が俺を捉え、そしてにっこりと細められる。

「丁度良いところに、風紀委員さん」
「ああ……?って、テメェは……ッ!!」

 芋づる式に尼崎とその愉快な仲間たちも俺の存在に気付いたらしい。漆葉め、と心の中で舌打ちをする。

「えーと……取り敢えず、人の通行の邪魔になるから散ろうね?」

 喧嘩をするなら他所でやってくれ。となるべく穏便に伝えたつもりだったのだけれど、どうやら尼崎にはそんな俺の優しさも気遣いも伝わらなかったようだ。

「うるせえな、外野はすっこんでろ!」

 うん、じゃあすっこむよ。あ、声も少しトーン落とさないと他の風紀委員が来るかもしれないよ。気をつけてね。と優しく優しく続けようとした矢先。ぶん殴られた。

「ええ……っ、なんで……?」
「丁度いい、テメェのことは前々から気に入らなかったんだよ。侑都とまとめてぶん殴って捨ててやる!」

 そんなに嫌われるようなことをした覚えはないのだけど。と思ったが、ゼロではない。

 というわけで、宣言通り尼崎たちにリンチされる。正直、凌央に比べたら全然甘い。寧ろ丁度いいくらいの暴行だった。別に逃げようと思えば逃げれたが、後からが面倒だったのでここらで一度ヘイト値をリセットさせる必要があった。
 ……ああ、売店に焼きプリンたちを預けていて正解だった。

 ――校舎裏。
 土を払いながら起き上がる。そして俺は隣で転がっていた漆葉侑都を覗き込んだ。
 俺よりも大分酷くやられたようだ。前回の怪我もあって、漆葉は打ち捨てられたままぐったりとしていた。

「生きてる?」

 そう声を掛ければ、うっすらと漆葉の目が開く。そしてこちらをぎょりと睨むのだ。

「……なんで、逃げなかった?」
「ん?」
「わざとやられただろ……いてて、口ン中まで切れたし……最悪……」

 言いながら唇を舐める漆葉。いつもの余裕綽々な漆葉とは違う、苛つき混じりの苦しむ漆葉の顔は少し……嫌いではない。

「君がリンチされてるところを間近で見てみたかったから」
「本ッ当、最低」
「冗談だよ。溜め込ませるのはよくないからね、ああいうのには定期的にガス抜きさせないと」

 男の子だからねと笑えば漆葉はむっとしたままこちらを睨み、そして視線を外した。
 おかしい、渾身のジョークのつもりだったのにくすりともウケなかったとは。

「そういう君こそ、いつもだったらもっと上手く躱してたのにどうしたの?」

 それこそ、俺を囮にでもしてすぐに逃げればよかった話だ。
 あの手この手で風紀の手からも逃げてきていた漆葉侑都を知っていただけに不思議だった。
 漆葉は「アンタがリンチされるところを見たかっただけだよ」とそっぽ向いたまま口にする。
 最低だな、と言い返そうとしたがやめた。そして、その代わりに地面に投げ出されていた漆葉の足を掴んだ。

「な……ッ、ちょ、なに……」

 狼狽える漆葉を無視し、スラックスの裾を持ち上げて足首を露出させた。そして、すぐにああ、と納得する。
 赤く腫れ上がった足首は捻挫だろうか、直に触れてみれば「ねえ」と漆葉に手を振り払われた。

「軽々しく触るなよ」
「いつ怪我したの?」
「お前、人の話聞いてる?」
「聞いてるよ」

 だからいつもと調子が違ったのか。
 新しく無数に浮かぶアザも相俟って、余計痛々しく思えた。漆葉が細いのもあるだろうが、このままでは目覚めが悪い。
 漆葉の腕を掴み、引き起こす。「いらない」と振り払おうとする漆葉の言葉も無視だ、そのまま抱きかかえようとすれば「おいっ」と今度こそ横っ面を抑えられた。

「ねえ……痛いんだけど」
「何、君もしかして俺のことを馬鹿にしたいの?おちょくってる?」
「そう感じるのは君が俺のことをそういう風に考えてるからだよ」
「じゃあなんの、」
「少し、悪いことしたなと思っただけだよ」

 だから保健室まで連れて行く。そう続ければ漆葉は呆れたような顔をしていた。またやつが暴れ出す前に、俺は漆葉を抱きかかえて保健室へと向かうことにした。

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