Sweet Ensemble


 01

『どうして浮気するの?』
 浮気じゃないよ、俺はしたいことをして言いたいことを言ってるだけで君のことが好きな気持ちに変わりはないんだ。

『どうして束縛しないの?』
 自由にしてる君が好きだからそれを俺の我儘のせいで制限するのは厭だから。

『本当に好きなの?』
 ……好きだよ、うん、大好き。

 他人と関係を持つ度に何度も繰り返してきた受け答えを反芻する。
 自分の当たり前と他人の当たり前が一般的ではないと理解したのは初めて恋人ができたときだ。
 正確には、恋人と呼んで良いのかもわからないが……俺は友達だと思っていたその子は、俺のことを恋人だと思っていた。
 初めてキスした日のことを付き合い始めた記念日だと称するその子に、「え?俺たち付き合ってたの?」と驚いたお陰で付き合って一ヶ月目の記念日に破局することになった。
 その点、何人目か忘れた恋人の友衛さんといると気が楽だ。俺の浮気症な性格も把握してるし、恋愛の価値観が近いからお互い揉めることもない。
 逆に、たまに俺の方が友衛さんにやきもきさせられる始末だ。

「今日も宇陀野和哉君の見張りをしてきたのかい?」
「ええ、けど、今日はすこぶる機嫌が悪かったので食事だけ渡して早々退散してきましたよ」
「ああ、通りでここに引っ掻き傷があるのか」

 言いながら、するりと伸びてきた白い手に首筋を撫でられ、全身の毛がぞわりとよだつ。
 反応する俺に、友衛さんはその形のいい唇に薄い笑みを浮かべた。

「……それは」

 凌央に引っ掻かれたときの傷です、なんて言えるわけがなかった。
 口籠る俺の唇に指を押し当て、友衛さんは「し」と小さく囁いた。視界が陰る。ふわりと甘い香りが全身を包み込んだ。

「ごめん……やっぱり聞きたくないな」
「友衛さん」
「ねえ、夏日。たまには恋人らしいことしてみないか?」

 彼はいつだって突拍子で、気まぐれに擦り寄ってくる。
 ――猫のようだ、と思う。けれど、あいつとは違う、高貴でしなやかで育ちのいい、愛猫。

「恋人らしいこと、ですか。俺は大歓迎ですけど……友衛さん、いいんですか?お忙しいんじゃ……」
「なに、僕だってここ最近君といちゃいちゃすることができなくて欲求不満なんだ。……言わせないでくれ」

 すり、と手のひらを重ねられ、心臓が、脈が加速する。睫毛に縁取られた目が俺を捉えて離さない。
 ああ、夢だろうか。あの生徒会長が俺に甘えてる。これほどまでに幸福なことがあっただろうか。
 願わくば、夢ならば覚めないでほしい。

「友衛さん、それで……その、恋人らしいことっていうのは……」
「うーんそうだね……そうだ夏日、デートしよう」
「デート、ですか」
「うん、別にわざわざ外出する必要もないさ。君か僕の部屋、どちらかで一日中一緒にいるのなんて魅力的じゃないか?」

 華やかな見た目をしてるくせに、その本能は綺麗どころか性欲剥き出し。そんなギャップに惚れたのもあっただけに、友衛さんの提案は大分俺の心を擽った。

「……それ、最高ですね」
「じゃあ、決定だね。明日は祝日だし、どうかな?僕の部屋ならきっと邪魔も入らないだろう」
「ええ、わかりました。朝一お伺いしますね」
「ふふ、逢引みたいでドキドキするね。……待ってるよ夏日」

 どちらともなく唇を重ねる。
 逢引みたい、ではなく、実際逢引なのだが……。

 友衛さんは俺と付き合ってることを隠すつもりはなかったのだが、俺がそれを止めた。
 皆には黙っておきましょう。
 そう友衛さんに提案したとき、最初はきょとんとしていた友衛さんだったがすぐにニッコリと笑って『なんだか悪いことでもしてるみたいだ』と口にした。
 あのときの笑顔はたまに今でも夢に見る。

 何故黙っているのか、とも友衛さんは聞いてこなかった。
 友衛さんは敏い人だ、俺が何に対して隠してるのかもわかってて、そして黙って提案を受け入れてくれた。
 そんな友衛さんだからこそ、今でもまだ俺なんかと付き合ってくれているのだろう。

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