Sweet Ensemble


 03

 宇陀野がシャワー浴びてる間、俺はリビングに買ってきた惣菜やプリンを並べ食事の用意をしていた。
 旦那の帰りを甲斐甲斐しく待つ新妻の気分。
 といってもまあ大した量ないのですぐに用意も終わり結局暇を持て余した俺はついでに部屋の片付けをしてやろうかと思ったが元々綺麗好きな宇陀野の部屋は片付けられており、正直手のつけようがない。惨敗だった。

 仕方なくおとなしく宇陀野のシャワーを待つこと数分。下着一枚の宇陀野が現れる。

「お前まだ居たのか」

 呆れたような目で見てくる宇陀野に「プリン……」と呟けば先ほど自分が頼んだことを思い出したようだ。
「あー」と苦虫噛み潰したような顔をする宇陀野。
 宇陀野のことだ、どうせ俺を追い払うための口実にプリンなんか頼んだのだろう。

「それ食ったら帰れよ」
「無理、俺宇陀野の監視だもん」
「いらねえよ、監視なんて。見ててわかっただろ、別に逃げやしねえよ」

 うんざりしたような宇陀野は言いながらローテーブルの側に腰を下ろし、胡座を掻く。
 なんとなく目のやり場に困りながらも俺は宇陀野の隣に座った。宇陀野が俺を避ける。酷い。

「形だけでいいから少しぐらい我慢してよ。消灯時間になったら俺も帰るから」
「なら今帰っても一緒だろ」
「人の目がある」

 不服そうな宇陀野に言い返せば、俺を横目で一瞥した宇陀野は舌打ちをする。

「そんなに建前が大切かよ」

 侮蔑を孕んだ刺々しいその言葉は俺の色々なことに向けて吐き出されたように聞こえ、俺はなにも言えなくなって、咄嗟に「ほら、スプーン」と言って安っぽい焼きプリンとプラスチックのスプーンを宇陀野に差し出した。
 そして宇陀野はそれを奪うように受けとる。目があったがすぐに逸らされた。
 宇陀野と漆葉はなんで喧嘩になったのだろうか。
 漆葉はあの写真を見せて宇陀野は怒ったといっていたが宇陀野の言葉を信じるなら漆葉が宇陀野にちょっかいかけたと言っていたが、まあ、普通に漆葉が余計なことしたのだろう。
 考え事をして時間を過ごそうと思ったが、普通に結論が出てしまった。

「食べたんなら出ていけよ」
「だから消灯過ぎたら帰るって」

 何度も交わしたこのやり取りにもそろそろ面倒になってきた。

「こんな遅くまで他の男のところにいたら風紀委員長がヒス回して委員のやつらが殺されるぞ」

 そして、勘違いぶっこいた宇陀野の皮肉にも。

「お前、俺が凌央と付き合ってるって思ってんの?」
「事実だろ」

 仏頂面のまま、そう即答するやつに思わず笑ってしまった。
 睨むようにこちらを見てくる宇陀野にびびり、慌てて笑みを引っ込める。

「ごめん、宇陀野が漆葉の言うこと信じるとは思わなかったから」
 そう苦笑混じりに続ければ宇陀野の目がつり上がるのがわかった。

「侑都になに聞いた」
「宇陀野に俺と凌央のツーショット写真を見せたらマジ切れして殴られたって文句言ってたよ」

 あの野郎、と忌々しげに唸る宇陀野はテーブルを叩く。
 普通にビビるのでそういう威嚇はやめていただきたい。
 そして、俺に気付いた宇陀野はこちらに目を向ける。

「他に、なにか」
「これ買いに行くとき下であっただけだからそんな長話はしてないよ」

「それに、俺あいつあんま得意じゃないし」そう控えめに笑えば、心なしか緊張した宇陀野の表情が和らいだような気がした。
 前から、宇陀野は分かりやすい。いつも不機嫌そうな顔をしているから周りから敬遠されているが、あれはまじで不機嫌だから周りの対応は間違っていない。
 その逆、嬉しいときは笑うし恥ずかしいときは赤くなる。
 宇陀野は能面みたいに無表情貼り付けたどっかの誰かさんに比べわかりやすく、良心的なやつだった。
 だから、俺は宇陀野のことは好きだ。なによりも扱いやすい。

「お前、漆葉にからかわれてんだよ」
「だったら、あの写真はなんだよ」

 この調子で機嫌を直してくれないだろうか。
 そう淡い期待を抱いてみたが、やはり甘かったようだ。思い出したように宇陀野は語気を強める。
 あの写真。俺が漆葉に見せられたものと宇陀野が見せられたものが同じならばやはりあの誤解を招いてもしかたない写真なのだろう。
 脳裏に蘇る写真の自分に寒気を覚えた。

「なにって、なにが」
「すっとぼけんじゃねえ。お前帯刀の足喜んで舐めたんだろ、気持ち悪い」
「舐めさせられたんだよ」
「舐めろって言われたら舐めるのかよ、お前は」
「舐めるよ」

 興奮してきたのか声を荒げ立ち上がる宇陀野を見上げる。
 目が合えば、宇陀野は硬直したように俺を見下ろした。
 口を開いたまま動かない、アホ面の宇陀野。

「命令されれば俺は宇陀野の足も喜んで舐めるよ」

 なるべく冗談っぽく言ったつもりだったのに、静まり返った部屋の中に自分の声は自棄に通った。
 怒りか、嫌悪か、血が昇った宇陀野の顔がわずかに赤くなる。

「ば……っかじゃねえの」

 そして、不快なものを見たかのように顔を歪める宇陀野は吐き捨て、そのまま座っていた俺の脇腹に蹴りを入れてきた。
 硬い爪先が脇腹を抉り、鈍い激痛に小さく呻いた俺は蹴られた脇腹を押さえる。

「……俺がどんなやつかくらい、宇陀野だってわかってるだろ」
「黙れよ、変態」

 痛みで歪む顔の筋肉を無理矢理動かし微笑めば、宇陀野が吐いた唾が頬にかかった。
 相手の咥内から分泌された生暖かい液体がどろりと滴り、皮膚が甘く溶けるような錯覚に陥る。
 俺を冷ややかに見下ろしていた宇陀野は見てられないと眉を寄せ、そのまま部屋を出ていこうとする。

「宇陀野、どこ行くんだよ」
「お前がいないところに」
「だから、それは無理だって」

 いいながら、顔のそれをぬぐった俺は宇陀野を追い掛ける。
 それでも無視してくる宇陀野に焦れた俺は咄嗟にやつの腕を掴んだ。
 こちらを見ようともしない宇陀野を無理矢理振り向かせ、その目を見据える。

「っ、依知川」
「風紀に入ることになったの、秘密にしててごめんね」

 思ったよりも自分の声は弱々しいものだった。
 囁くように口にすれば、眉を寄せた宇陀野は目を伏せる。

「っ……遅いんだよ、馬鹿」

 そして、苦々しく呟く宇陀野の声はそんな俺よりもか細くて、それとは裏腹に乱暴に俺の手を振り払った宇陀野はそのまま隣の寝室へと逃げ込んだ。
 後を追おうとしたが寸前、ガチャリと鍵を掛けられ強制的に遮断させられる。
 嫌われちゃったらどうしよう。なんて、今更思いながらも結局なにをすることもできずその結果宇陀野が寝室に籠ったまま消灯時間を迎え、約束通り俺は宇陀野の部屋を後にした。
 立っていた見張りの風紀委員には見張りを交代させると言い鍵を預かり、その鍵で宇陀野の部屋に二重の施錠を施した俺は誰もいなくなった廊下を歩き自室へと帰る。
 俺のことを理解してくれる数少ない友人である宇陀野和弥を敵に回したくない。
 口には出さないが、誰だって心強い味方は重宝するだろう。
 そんな態度が裏目に出たのだろうか。
 今回宇陀野を謹慎に追いやった漆葉の持っていたあの写真。あのとき、深夜の風紀室にいたのは俺と帯刀だけだ。
 帯刀が撮影したわけでもなければシャッター音やフラッシュなどもっての外。俺は撮影されていたことすらしらなかった。
 それならなぜ漆葉があれを持っていたのか。
 簡単だ。漆葉と風紀の人間が繋がっていたからだ。
 それが誰だという確証はなかったが、恐らく、いや80%あいつだろう。
 あのタイミングで足を舐めろだなんて恐ろしくキャラに合ったことを命令してきた風紀委員の頂点に立つあの男の顔が脳裏を過った。
 嫉妬深い男ほど厄介なものはない。本当に、そう思う。
 昼間とは違い閑散とした廊下の中。俺は改めて自分が厄介な立場になってしまったことを痛感した。

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