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まず、状況を整理しよう。
寒椿に突撃しようとしたはずが、何故かこの保健室にいた能義と居合わせてしまい、俺と政岡が組んでることがバレそうになってる。以上。
うーん最悪だ。
「何故貴方と尾張さんが一緒にいるのですか?」
「ああ? 居ちゃわりぃのかよ、僻んでんのか?」
「ひが……ッ、誰がですか。どうせ貴方のことです、尾張さんに無理言って連れてきたんでしょう」
政岡の言葉に眉間ヒクつかせる能義だったが、なんとか勝手に良いように解釈してくれたようだ。しかも割と間違いではないんだよな。
しかし、問題はまだある。
「寒椿さんを探されていたようですが、彼に何か御用でも?」
「うるせえ、テメェこそなんでこんなところに普通にいやがんだよ! しかも仕切ってんじゃねえ! もっと慎め!」
「私が慎んでたら尾張さんの負担が激増するからですよ、主に貴方のお陰で」
「ああ? 誰が脳味噌お荷物野郎だコラ!! やんのか?!」
今にも能義に掴み掛かりそうな政岡を「やるなやるな」と慌てて止めながらも、確かに能義の言葉に納得してしまいそうになる自分もいた。癪ではあるが。
「寒椿へは少し聞きたいことがあってな」
「おや、尾張さんがですか?」
「ああ、そういうことだ。政岡はついてきてもらっただけだ、誰かさんのおかげで独り歩きが怖くてな」
ついでに皮肉の一つでも放れば、能義は悪びれた様子もなく「それはいい案ですね」などとにこやかに笑うのだ。こいつ、政岡にボコボコにされてもやはり図太さは現在のようだ。
「僕に用事というのは」
「まあそれは後で言うよ。それより、今度はお前の番だろ、能義」
「その怪我どうしたんだ。前よりも男前に磨きがかかってんじゃないか?」話の主導権は渡さないように意識しつつ、俺は能義に問いかけた。
能義はおやおややはりそうきましたかとでも言いたげな顔して肩を竦める。
「なに、ちょっとした擦り傷ですよ」
「その割には大層な手当をされてるみたいだけどな」
「おや、尾張さん心配してくださっているのですか?」
「もしかして誰かに襲われたのか?」
こいつの話題逸しの手に乗るつもりはない。そう畳かければ、能義はすっと目を細めた。
この反応はどちらだ。鎌掛けのつもりだったが、やはりこの男、わかりづらすぎる。
「おや、まるで具体例があるような口振りではございませんか。尾張さん」
それどころか、薄ら笑いを浮かべたまま尋ねてくる能義に『こいつ』と息を飲んだ。
矢先、ぐっと拳を握りしめてる政岡を見て慌てて俺は政岡の肩を掴む。「ややこしくなるからやめろ」とアイコンタクトを送れば、政岡はみるみるうちに縮み込んだ。やること多すぎんだよ。
「能義、お前は俺と話す気はないのか?」
「おや滅相もございません。……ですが、そこに座って威圧してくるゴリラが恐ろしくて思うように喋れないのですよ」
「ああ?! 誰がゴリラだと?!」
自覚はあったのか、と思いながらも「仕方ねえな」と息を吐く。
「政岡、ちょっとカーテンの外で待っててくれないか」
「お、尾張?! なんでそんな冷てえこと……っ、俺が駄目な子だからか?!」
「うーん……今のままならそうせざる得ないんだよな」
甘やかし過ぎもよくないな、と心を鬼にして口にすれば、ショックを受けたような顔をしたまま政岡は静止する。
そして、
「……分かった。尾張がそういうなら、外で待ってる」
可哀想なくらい縮み込んでしまったな、言い過ぎたか?と思った矢先、「妙な真似したらすぐぶっ飛ばすからな」と能義を睨みつけて威嚇しながら政岡は出ていった。
本当にあいつは心強いのか厄介なのかよくわからないやつだな、なんて思いながら俺は政岡がいなくなったあとのカーテンを締め切った。
「これで文句はないな? ……このまま話を聞かせてもらうぞ。能義」
政岡がカーテンの外へとすごすご出ていったのを横目に、そのまま能義はにやにやと笑いながらこちらに視線を向ける。
「おやおや、いいのですか? 大事な番犬を自ら手放すなんて。余程私とお喋りをしたかったのでしょうか。それとも、元々手に余っていたのか」
「勝手に話を進めないでもらえるか? それに、あいつがいると話せないって言いだしたのはお前だろ」
「なに、ちょっとした可愛い戯れではありませんか。そうピリピリしないでください、仲良くしましょう」
「聞こえてんぞゴラァ!!」
聞こえていたのか。
カーテンの外から貫通して聞こえてくる政岡の声を無視し、どさくさに紛れて肩組もうとしてくる能義を避ける。
すると、おや、と能義は眉を寄せた。
「つれないではありませんか」
「お生憎様、俺はお前と仲良しこよししたくて残ったわけじゃねーんだわ」
そうだ、あくまで本題はそこではない。
「この怪我、誰にやられた?」
伸びてきた能義の腕を掴み上げれば、能義は痛がる素振りを見せるわけでもなくただくすくすと笑った。
「なんだかんだ私のことが気になって仕方がないようですね」
「能義」
「最初に言っておきましょうか、ここで私が貴方の問いに正直に話すメリットは何一つ御座いません」
「……」
「それから、私がでたらめに答える可能性は大いに――」
それ以上やつの言葉を聞く気にはなれなかった。
そのまま能義の胸ぐらを掴み、馬乗りになったときだった。
「バンビーナ」
気の抜けるような呼称とともに、案外強い力で肩を掴まれる。
振り返らずとも、そんな訳のわからない呼び名で俺を呼ぶ男などこの学園内でたった一人しかいない。
顔をあげれば、寒椿はどことなく寂しそうな目でこちらを見下ろしていた。
「狂犬の彼を何故わざわざ隔離したのかい? 君が冷静さを欠いてはなんの意味もないだろう」
――まさか、寒椿に宥められる日が来るなんて思いもよらなかった。
この際政岡のことを狂犬の彼とか言ってるのは置いておくが。
それにしても、自分では冷静のつもりだったのだが傍から見るとどうやら俺は冷静ではないらしい。
取り敢えず、一旦深呼吸でもしておくか。頭に酸素をたっぷりと送り、上がりかけた熱を冷ます。
「……能義、お前はなにか勘違いしてるよな」
「はい?」
そしてそのまま、俺は能義の手に指を絡めた。掌の下、能義の手の甲が僅かにぴくりと反応するのがわかった。おや、と睫毛に縁取られた目がこちらを見上げる。
そのままベッドの上、寒椿からは見えないようにシーツの下へとやつの右手を抑え込んだまま俺は能義に顔を寄せた。
「これはただのお話でも仲良しこよしでもなんでもねーんだよ」
そして、俺は能義の指を思いっきり締め上げたのだ。
「……っ、おやおや、随分と積極的ではございませんか」
「お前には大層借りがあるからな、別にここで全部返してもらってもいいんだぞ」
「貴方は人の興奮を煽るのがお上手ですね。……私にその気があれば即射精ものでしたよ」
「ですが、残念ながら私に被虐趣味はございませんので」もう少し言い方はないのか、とツッコミそうになったとき。華奢な指に逆に指を絡め取られそうになる。
ねっとりと絡む指に腕を引かれ、能義はそっと耳元に唇を寄せるのだ。
「しかし、私も鬼ではありません。――貴方の愛らしさに免じて一つだけ教えて差し上げましょうか」
お前が鬼ではないのならなんなのだ、と顔を上げたとき。思いの外近い位置にあった能義と至近距離で視線がぶつかった。
「恐らく、私の怪我は貴方が想像するようなものとは違いますよ」
この男、とつい顔面の筋肉が反応しそうになった。
能義がただの見た目通りの華奢で軟弱そうな変態ではないということは俺が知ってる。綺麗なのは外見だけだ。
そんなゴリラのような能義に勝てる相手なんて限られている。そしてそれは政岡でもないとしたら、と俺は踏んでいた。
そのことを能義に読まれていたという事実は癪だった。
「で、その根拠は?」
「貴方が私のことを信じてくださるその心、でしょうか」
「……」
「バンビーナ、暴力はいけないよ!」
「落ち着け寒椿、俺は至って冷静だ」
「冷静な人はベッドフレームの形を歪ませないと思うんだけどな」
危うくまた器物損壊で説教食らう羽目になるところだった。
能義の言葉を真面目に聞くなと散々知っていたはずだ。俺は自分を叱咤しつつ、そのまま能義の手を振り払う。
そのままベッドから降りようとすれば、「おや、もういいのですか?」と能義は薄ら笑いを浮かべるのだ。
「お前は最初から俺と話す気なんてなさそうだからな」
「私のことを信じて下さらないのですね」
「それはお互い様だろ」
そのままカーテンを開けば、一生懸命聞き耳を立てていた出待ちの政岡と目があった。
びくりと背筋を伸ばす政岡を見つめたまま、俺は「寒椿」と背後の男に声をかけた。
「なんだ、今度は僕の番かい」
これ以上能義に付き合っても無駄だ。かと言って今更報復する気にもなれない。
俺は寒椿の言葉に頷き返した。
それから、寒椿と政岡とともに能義を放置して場所を移すことにした。
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