馬鹿ばっか


 38

二発目抜こうとする五条を部屋に置いたまま飛び出した俺は真っ先に洗面台へと向かい、口を濯いだ。
そして、居間へと戻ってきた時。


「よっ、お疲れさん」

「……」


いつもと変わらない様子の岩片と、お通夜みたいな五十嵐が向かい合うようにソファーに座っていた。
五条にカルチャーショックを受けたらしい五十嵐にはこの際触れない方がいいだろう。
俺は岩片に詰め寄る。


「岩片、お前、どこから企んだよ」

「企みぃ?はいい?なにそれ。しんねーけど。お前からやったんだろ、全部」


「ま、ハジメ君にしてはなかなかいい判断だったな。自分をネタにするのは」にやにやと笑いながら手元のグラスに口を付ける岩片。
分かりやすいくらいのしらばっくれにムカついたけど、この様子じゃなにを言ったところでずっとこの調子なのは目に見えてる。
いつもそうだ。こいつはどこからが本気でどこまでが作戦なのかわからなくなる。
一番一緒にいる俺でも、だ。

なにも言えなくなって、でもなにか言い返してやりたくて、「どーも」なんて言いながら岩片から離れようとした時。
手首を掴まれた。


「でも、いつからそんなに淫乱になったんだろうな」


するりと手首裏に伸びた指先に血管をなぞられ、ぞくりと寒気にも似た感覚に背筋が震えた。
分厚いレンズ越し、向けられた視線に全身に、なんか嫌なものが走る。

先程、こいつに押し倒されたときの記憶が蘇り、落ち着きかけていた脈がまた乱れ始めた。


「……っ、ばーか。全部真似に決まってんだろ。くねくねしたやつらは前の学校で嫌ってほど見てたからな」


なるべく動揺を悟られないよう、笑いながら岩片の手を振り払う。
こいつはすかした顔してんのに、こっちばかりが狼狽えさせられるのは面白くない。
「ふーん」と呟く岩片はあっさりと俺から手を引き、グラスをテーブルの上に置いた。
ちゃんといつも通りできたかわからなかったけど、なにも言って来ない辺り大丈夫なはずだ。……ただ単に興味がないだけかもしれないが。


「それより、五条祭は?」


ふと、思い出したように顔を上げた岩片。
その言葉に、俺は部屋に置いてきた五条がまだ現れないことに気付く。
あそこには扉以外出てこれる場所はないし、恐らくまだ部屋に篭ってるのだろう。考えたくないが。


「ん……ああ、今、取り込み中」

「あんま目え離すなよ」

「言われなくてもわかってる」


しかし、今はあいつの顔は見たくない。本当なら俺も五十嵐の隣でお通夜モードに入りたいくらいダメージ受けているのだ。


「……俺は戻るぞ。また改めて顔を出す」


なんてやり取りを交わしていると、ようやく立ち直ったらしい五十嵐はソファーから立ち上がる。


「ああ、わりーな。わざわざ手伝わせて」

「……構わない」


そして、そのままふらふらとした足取りで部屋を後にする五十嵐を視線だけで見送った。

無口な五十嵐が退出したところで部屋の空気は然程変わらないが、やはり、なんとなく気まずくなってしまうのは俺が岩片を意識しすぎているせいだろう。
しかし、それ以上に手伝わせて、という岩片の言葉が妙に引っ掛かった。
と言うことは、やはり五十嵐があのタイミングで部屋にやってきたのも仕組まれていたということか?
じゃあ、岩片が、怒ったのも、全部。
……考えれば考えるほど思考回路がショートしそうだった。
全てあいつの掌の上で転がされていて、こうして一人悶々と悩んでいるのも全て岩片に筒抜けになっていると思ったら、途端にこうして真剣に考えているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
もういいや、岩片の頭は俺にも理解できない。よしおしまい。もう考えるのをやめよう。終わらない自問自答で知恵熱が出る。



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