天国か地獄


 09

 生徒会の打ち上げに混ざるということで303号室にお邪魔した俺はそこにいた会長たちと他のメンバーがやってくるのを待っていた。そして五味たちと買ってきた飲み物を冷蔵庫に詰め込んだりしたりして暫く。
 私服姿の十勝と栫井が戻ってくる。

「あっれー佑樹じゃん、なにやってんのこんなところで」

 玄関に入るなり部屋で準備を手伝っていた俺を見付けたようだ。
 目を丸くする十勝に、十勝の私物を片付けていた五味は「暇そうだから誘ったんだよ」とぶっきらぼうに答える。意外と几帳面のようだ。
 ずぼらな持ち主の代わりに整理整頓をしている先輩になにをいうわけではなく、バタバタと部屋に入ってくる十勝は「へえ?五味さんが?」と驚いたような顔をする。

「たまには気が利くところもあるんすね!これなら会長が大人しあうっ」

 そして叩かれていた。

「あーほらさっさと座れよ、な!栫井も疲れただろ。ご苦労さん」

 また良からぬことを口走ろうとしていた十勝を察したようだ。
 冷や汗を滲ませ強引に話題を逸らそうとする五味に促された栫井はただなにも言わずに部屋へ入ってくる。
 横を通り過ぎていく栫井を目で追うが、栫井はこちらを見ようともしない。
 やつの愛想が悪いことは今に始まったことではないが、やはり、先日のことがあるせいで気になってしまう。
 それと同時に脳裏を掠める保健室で見た鞭の跡に自然と動悸が速くなる。栫井はどう思っているのだろうか、俺がこの打ち上げに参加していることを。

「これで全員揃ったな」

 生徒会役員たち全員が部屋に集まり、それを見渡した芳川会長が声をかける。
 それに対し、つられて辺りを見渡した十勝はジュースの入ったグラスに口つけながら「他の委員会の連中は?」と不思議そうな顔をした。芳川会長の眉間に皺が寄る。

「この前場所が場所だから俺たちだけで済ませようと言っただろう」
「あーそういやそうだったような気が」
「気ではなくそうなんだ」

「とにかく、食べながらでいいからこれを読め。風紀委員から届いた文化祭で起きた騒動や問題を起こした生徒についてだ」とぼけたように笑う十勝を睨んだ芳川会長はそう言って、「灘」と小さく側に立っていた生徒会会計に声をかける。
 小さく頷いた灘はどこからか一枚の書類を差し出し、役員たちが向かい合うように囲っているテーブルの中央にそれを置いた。

「今年度は昨年度よりも処分者が少なかったようですがその代わり損害した器物の額は上回っています」

 その言葉に櫻田がぶっ飛ばした便所の扉が頭を過る。居たたまれない。
 そんな俺の気を知ってか知らずか灘は損害対象について読み上げ、他役員たちに損害額を説明した。
 そして今年の売上、各出し物の評判など、打ち上げというよりもそれは生徒会会議そのもので、部外者としてなんとなく肩身が狭くなっているとどうやら早速この空気に飽きてきたらしい十勝が俺の隣にいた志摩にちょっかいをかけ始めた。

「そういや亮太お前なんでここにいるんだよ。出ていくって言ってただろ」
「煩いな、気が変わったんだよ」

 触れられたくなかったようだ。興味本意で尋ねてくる十勝に露骨に鬱陶しそうな顔をした志摩は笑みを浮かべ「ねえ、齋籐」と同意を求めてきた。
 どう答えればいいのかわからず「えぇと、まあ、うん」と適当に頷けば、「ほら」と志摩は十勝に向き直る。なにがほらなのかわからない。
 勿論そんなよくわからないやり取りで十勝は納得するはずがなく。

「部外者は出ていくとか言ってたのはどこのどいつだよ」
「別に、人間が一人二人増えたところで困りはしない」

 やはり不満そうな十勝に返したのは向かい側に腰を掛けていた会長だ。

「そんな心配をする前にちゃんとメモを取っているのか?書記」

 灘に説明を止めさせた会長は仏頂面のまま眉間に深い皺を寄せ、静かに尋ねる。
 役職名を呼ばれ、十勝は思い出したように顔を青くした。

「うっわ、忘れてた!すみません今取ります!……んで、なんでしたっけ」
「損害の修復代をどこから削るかという話です」
「了解了解」

 本当に大丈夫なのだろうか。ノートと筆記用具を取り出す十勝を眺める俺は内心冷や汗を滲ました。
 そして、本格的に生徒会が文化祭についての話し合いを始めて暫く。
 一番最初に痺れを切らしたのはやっぱり十勝だった。

「あー、これじゃいつもの生徒会と変わんないじゃん」
「なにを言ってるんだ、当たり前だろ。なんのために集まったと思っている」
「そりゃ、飲んで食って騒いで……」
「それは全て終わってからすることだ」

 懲りない十勝に額に青筋を浮かばせる会長はレンズ越しに十勝を睨み付ける。
「ひぃっ」と情けない声を上げながら五味を盾にする十勝。俺を巻き込むな、と五味。
 そんな三人と興味なさそうにぼんやりしている栫井の横、黙々と書類に筆記用具を走らせていた灘はそれをテーブルに置く。

「会長、決算書出来ました」
「ご苦労」
「よくやった和真!」

「ほら、会長食べましょう食べましょう!終わったんなら打ち上げってことでいいっすよね!」そして会長の雰囲気が僅かに緩んだのを見逃さなかった十勝はそうテンションを上げ、早速芳川会長に絡み出した。
 そんな十勝に怒るかと思いきや、僅かに頬を綻ばせた芳川会長は「そうだな」と小さく微笑んだ。そして、こちらを見る。

「こんな話聞かされても齋籐君たちも退屈だろうしな」
「流石会長ー!物わかりいいっすね!」

 俺の代わりに反応する十勝はボトルを片手に「ほら、喉が渇いてんじゃないんですか?じゃんじゃん飲んでください会長!」と機嫌を取ろうとするが「いや、俺はまだこれが残ってるからいい」と普通に断られている。というか然り気無くボトルにアルコールと記入されていたがきっと気のせいだろう。そう思いたい。

「齋籐君、悪かったな。つまらない話に付き合わせて」

 席を離れ、隣へと移動してくる芳川会長に緊張しながら俺は「いえ、気にしないでください」と慌てて首を横に振る。会長と栫井が一緒にいるとどうしても鞭のことが頭を過る。そして、逆隣の志摩の視線が痛い。

「栫井、そこにあるペットボトルをこっちに寄越せ」

 そんなこと知ってか知らずか、ここに来てまだなにも口にしていない俺を気遣ってくれたようだ。
 そう栫井に命令する会長に心臓が跳ねる。
 このタイミングでか。
 二人の関係を垣間見てしまった今、会長の栫井に対する言動のひとつひとつにびくついてしまう。それは栫井も同じなのだろうか。
 無言で席を立ち、生気のない表情のまま栫井はペットボトルのジュースをグラスに注いでくれる。

「あ、ありがとう……」

 そう慌てて笑みを浮かべてお礼を言ってみるが、やはり、栫井はなにも言わなかった。
 満たされるグラスを眺めたまま、なんとなく俺は相手の顔を見ることができなかった。

 ◆ ◆ ◆

 会議が終わり、改めて打ち上げが始まってどれくらい経っただろうか。

「あ」
「どうした」
「飲み物切れちゃいました」

 グラスが空いたから冷蔵庫から別の飲み物を用意しようとしていた十勝はそう続けた。
 先程からやたらハイペースでみんなのグラスが空いていたからもしかしたらと思っていたが、どうやらそのもしかしたらのようだ。

「もうか」
「飲み過ぎなんだよお前ら」

 思ったよりも早かったなという顔の芳川会長と五味。
 まあ、元々関係ない人間が加わっているお陰もあるのだろう。そう思ったらいてもたってもいられなくなった俺は「あ、じゃあ俺買ってきます」と慌てて名乗り上げた。
 それに一番に反応したのは十勝だった。

「お?まじで?佑樹気ぃ利くー!」

 そうニコニコと笑いながら絡んでくる十勝。そんな十勝を一瞥した芳川会長はつられるように立ち上がる。
 そして、

「俺も一緒しよう」
「いいんですか?」
「ああ、君一人じゃ運ぶの大変だろう」

 そう笑いかけてくる芳川会長の気遣いが嬉しくて、それと同時に戸惑いながら俺は「ありがとうございます」と慌てて頭を下げた。芳川会長は気にしなくていいと笑う。
 そんな俺たちのやり取りを眺めていた志摩はなにか言いたそうにこちらを見た。

「じゃあ俺も……」
「いやそんなに何人もいらない。志摩君はゆっくりしてくれ」

 そして言い終わる前に断られる志摩。その顔面がピキリと凍り付くのを見て、俺は青ざめた。
 が、志摩の表情の変化なんて気にしていないらしい芳川会長はこちらを向き直り、いつもと変わらない控えめな笑みを浮かべる。

「じゃあ行くか、齋籐君」

 笑いかけられ、突き刺さる恨めしそうな志摩の視線に冷や汗を滲ませた俺は咄嗟に頷いた。
 なんとなく、このタイミングでついてくると言い出す会長の言葉の裏に意図を感じた。昨日の今日だからだろう。

 学生寮、エレベーター。広い機内の中、幸い人はいなかった。しかし、なぜだろうか。
 複数の好奇の視線を向けられるよりも芳川会長と二人きりという事実に緊張する。
 栫井の怪我のこともあるだろうが文化祭の日のことを思い出せば顔から火を吹きそうになって、いち早くこの密室を脱け出したくてたまらなかった。

「あれからどうだ、あいつとは」

 早く一階に着かないだろうか。そうそわそわしながら階数を確認していたときだった。
 不意に、芳川会長がそう尋ねてくる。
 やはり、来たか。恐らくあいつと言うのは阿賀松のことだろう。
 内心ギクリとしながら俺は「……いえ、特にはなにも」と答えた。

「他に妙な言い掛かりをつけてきたりしてこないか?」
「大丈夫です」

 本当は昨日一日中ストレス解消の道具にされたのだが言いがかりはつけられてはない。
 わざわざ阿賀松との行為を説明する必要はないだろう。

「その……先日はご迷惑をお掛けしました」
「なに、君に迷惑を掛けているのは俺の方だ。畏まる必要はないと言っているだろう」

 なんとなく芳川会長の言葉が気になったが、どうすることもできず俺は「すみません」とだけ謝る。
 そんなへりくだった俺の態度になにを言うわけでもなく、難しい顔をした芳川会長は気を紛らすように小さく咳払いをした。

「……そう言えば、相部屋の件だが」

 そう相部屋について触れてくる会長に俺は顔を上げる。すっかり忘れられているだろうと思っていただけに会長の方から切り出してきたことに驚いた。

「あ、あの、そのことなんですがもう大丈夫です」
「大丈夫だと?」
「いえ、友達が相部屋になってくれるって言ってくれたので」
「阿佐美詩織か」

 会長の口から出たその名前に、一瞬俺の体が硬直した。
 確かに芳川会長は阿佐美と面識があるようだが、まさかすぐに当てられるとは思わなくて。まるで最初から全て知っていたようなその口振りに背筋に冷や汗が滲んだ。

「な……なんで知って」
「一人部屋の生徒で君と仲良さそうな生徒は彼しか思い当たらないからな」

 なるほど、と納得すると同時にまるで一人部屋の生徒を全員把握しているような会長の言葉が気にかかる。
 ……いや、生徒会長なら当たり前なのだろうか。わからない。

「なら、もう俺は心配しなくてもいいということか?」

 困惑する俺を他所に続けて尋ねてくる芳川会長に慌てて「はい」と頷き返す。

「一応明日申請するつもりです」
「そうか。それならよかった」

「またなにか困ったことがあったら気にせず言ってくれて構わないからな」そして、いつもと変わらない笑みを浮かべる芳川会長と目が会い、彼はいつもと変わらない言葉を口にする。

「俺に出来ることなら最善を尽くさせていただこう」

 エレベーターが止まる。どうやら目的地に到着したようだ。
 開くドアを一瞥し、会長を見上げた俺は「ありがとうございます」と頭を下げる。
 なんとなく、胸がざわついた。


 会長と一緒にショッピングモール一階で買い出しをし、飲み物を調達した俺たちは303号室へと戻る。
 騒がしい声が漏れるその部屋の扉を開けば、まず最初に志摩が出迎えてくれた。

「おかえり、齋籐」

「と、会長さん」わざとらしく思い出したように言い足す志摩の言葉に反応するわけでもなく、「ああ」とだけ応えた会長は部屋を上がった。
 挑発的な志摩の態度に内心ひやひやしていると小さく舌打ちをした志摩はこちらを振り返り、「持つよ」と俺の抱えていた荷物を持ち上げる。断る暇もなかった。
 仕方なかったので志摩の好意に甘えることにした俺は盛り上がっている室内(主に十勝だけ)へと足を踏み入れることにした。

「もうこんな時間か」

「おい、お前らいつまで邪魔するつもりだ」ゴミが散乱した室内リビング。
 姿勢を崩し、テーブルの上に俯せになったり背凭れにぐでっと凭れたりとかなり寛いでいる様子の灘を除いた生徒会役員たちを見渡す芳川会長に、同様床の上に寝転がっていた十勝は「えーまだ十時ですよーかいちょー」と唇を尖らせる。そんなだらしない十勝に眉を寄せた会長は「消灯時間は十一時だ」と切り捨てた。

「明日から学校なんだし早めに切り上げた方がいいんじゃないんですか」

 そして、俺の代わりに飲み物をテーブルに並べる志摩はそう薄く笑いながら提案する。
 その言葉に棘があるのに気付いたようだ。「うるせーよ亮太出しゃばんじゃねえよバーカバーカ!」と言いながら床の上でぐでぐで転がる十勝に志摩は「この酔っ払い……」と小さく吐き捨てる。先程からなんとなく十勝の様子が可笑しいと思ったらなるほど。無礼講にもほどがある。

「では俺はそろそろ失礼させていただきます」

 そんな他の役員たちのやり取りを眺めていた灘は手元のグラスが空いたのを確認し、言いながら席を立つ。
 勿論それを十勝が見逃すはずもなく。

「えーやだやだやだ和真帰らないでー!もっと愚痴聞いてー!」

 じたばたと灘の足にしがみつく十勝。普通に振り払われていた。
 どうやら灘は帰るようだ。さっさと帰宅の用意をする灘を一瞥した栫井は相変わらずのローテンションのまま「じゃあ、俺も」と口を開く。
 その矢先だった。

「栫井、お前は残れ」

 椅子に腰を掛けたまま、芳川会長はそう続けた。いつもと変わらない会長の態度なのに、その一言に室内が凍りつく。
 また、あの感覚だ。突き刺さるような冷めた空気に身がすくみ、心臓がぎゅっと絞まる。
 指名された本人はといえば眉ひとつ動かさずに「わかりました」と呟き、再び椅子に腰を据えた。

「あと五味もだ」

 栫井から視線を逸らした芳川会長が次に指名したのは五味だった。
 予め予想していたのだろう。浮かべた笑みを引きつらせた五味は「はいはいっと」と適当に流す。しかし、やはりその顔は浮かない。
 五味と栫井。この二人の名前が並ぶとどうしても文化祭や見張りの件が頭を過ってしまい二人が呼び出されたのは自分のせいではないかと思わずにはいられなかった。
 重い空気にいたたまれなくなって俯こうとしたときだ。会長と、目があった。

「齋籐君、君はどうするんだ」

 まさか自分まで呼び出されるのだろうかと思ったが、そうではなかった。
 尋ねられ、違うことを考えていたせいか上手く受け答えが出来ず言葉に詰まってしまう。

「……俺は」
「泊まるんでしょ、齋籐」

 そう、俺の言葉を遮るように口を挟んだのはグラスに飲み物を注いでいた志摩だった。
 どうやら五人分の空いたグラスにジュースを注いだ志摩はペットボトルをテーブルの上に置き、こちらを見る。

「だからこっち来たんだよね」

 確認するようなその優しい声。志摩が役員たちに飲み物を注いでいるということにも驚いたが、こいつもこいつで上っ面がいいのを思い出す。ここ最近志摩の腹の内ばかり見せ付けられていたせいだろうか、テキパキと手際よくグラスを配る志摩に違和感を感じながらも俺は促されるがまま「うん」と頷いた。

「なら帰るのは灘と十勝だけだな」
「あれ……ここ俺の部屋なんすけど……」

 なんて冗談か本気かわからない芳川会長と十勝のやり取りを眺めていると、ふと頭上から「はい」という声が聞こえ、そして目の前に並々とジュースが注がれたグラスが置かれる。顔を上げれば志摩と目があった。

「着替えは持ってきてるの?」
「……忘れた」
「ふふ、前も忘れてたよね。着替え。いいよ、俺の貸してあげる」
「いや、大丈夫。部屋に取りに帰るよ」
「遠慮してるの?」

 全員分を配り終え、となりの椅子に腰をかける志摩を目で追いながら俺は「何から何まで面倒掛けられないよ」と呟いた。
「すっごい今さらだね」そう皮肉げに志摩は笑う。そして、ふと真面目な顔をした。

「俺は帰らない方がいいと思うけど。あいつが帰ってきてたらどうするの?」

 会長たちには聞こえないように声のトーンを落とした志摩はそう忠告してくる。
 そうだ、それが心配だ。今までなら普通に帰っていただろうが今日からあの部屋には壱畝遥香もいる。
 時間が時間なだけに部屋にいる確率も高いだろうし、もしかしたら会う約束をしていたとかいう新しい友人のところにいって遅くなるかもしれない。
 今の俺には壱畝遥香の行動を判断する術はない。しかし、鉢合わせなんて最悪の事態は避けたい。それは志摩も思っているようだ。
 考え込んで、どうにか方法はないだろうかと思案してみるがどうしようもなかった。
 志摩に甘えることが出来たらそれが一番なのだろうが気軽に服を借りていたあの頃とはまるで状況が違う。あまり志摩に借りを作りたくない。が、壱畝遥香がいるかもしれないという部屋に戻るのも嫌だ。
 悩みに悩み抜いて、こうなったら服一式買いそろえるかと思ったがもう服屋は閉まっている時間帯だろう。ショッピングモールへ降りたときコンビニ以外の店のシャッターが降りているのを思い出す。
 十勝に借りれたらいいだろうがそんなことしたら志摩が臍を曲げるに違いない。
 どうしよう。優柔不断拗らせ、本格的に頭痛を覚えてきたときだ。

「一度部屋に帰るんですか?」

 俺たちのやり取りを聞いていたらしい灘がそう無表情のまま尋ねてくる。

「えっと……うん。着替え取りに帰りたいんだけど……」
「ご一緒します」

 即答だった。まさか灘本人がそんな提案をしてくるとは思わず「灘君が?」と聞き返せば、灘は静かに頷く。

「そうだな、それがいい」
「会長……」

 そして、先程まで黙り込んでいた芳川会長は同調した。
 わりと皆聞いているのかと内心冷や汗を滲ませつつ、断りにくいことになってしまった俺はどうすることも出来ずに「じゃあ、お願いします」と甘えることにする。その俺の返事に目を丸くした志摩は呆れたような顔をした。

「齋籐」

 そして、制止するように名前を呼ぶ。志摩の言いたいことも重々理解出来たがあまりにも渋り過ぎて会長たちに不審に思われるのは好ましくない。
 それに、灘がついてきてくれたら心強いのも事実だ。

「では行きましょうか」

 そんな志摩を気にするわけでもなくそう促してくる灘に俺は無言で頷き返した。

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