天国か地獄


 05

 栫井と共に保健室を後にした俺は、そのまま教室へと戻る。
 長い間保健室に居たような気がしたが、実際然程時間はかかっていなかった。
 もしかしたら栫井と阿賀松という俺的二大不安要素が集まっていたから錯覚を起こしたのかもしれない。
 思いながら、俺は前を歩く栫井の背中に目を向けた。
 やはり、保健室で見たあの怪我が強烈すぎたようだ。頭から離れない。
 阿賀松は栫井を傷付けたのが芳川会長だと言った。でも栫井は違うと言う。
 どっちが本当なのか判断するには、俺に情報はなかった。
 でも、確かに昨日会長と話したとき芳川会長はなんとなく気になることや仕草をしていたのも本当だ。
 ……このまま俺一人が考えても、俺の中の芳川会長に対しての疑念が膨らむだけだ。
 栫井に、話を聞いてみようか。まともに返してもらえる自信はなかったが、このまま会長を疑い続けるよりかはましだろう。

「……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「俺には無い」

 口を開いて数秒、ばっさり切り捨てられる。
 ここでへこたれてもしょうがない。こちらを見向きもせず歩いていく栫井を前に、俺は自分に喝を入れる。

「その背中の怪我……」

 構わず尋ねようとしたときだった。
 不意に、栫井の足が止まる。なんだ、もしかしてまずいこと言ってしまったか。
 自分に喝を入れたばかりにも関わらず、栫井の仕草ひとつひとつに気合いが削られていく。
 ここからは、慎重にいった方がいいだろう。

「お前、あんなやつの言うことを信じるのか?」

 足を止めた栫井がこちらを振り返る。
 目があった。静かに栫井が睨んでくる。
 じっと見据えられ、自然と次の言葉が浮かばなくなった。
 どうやら栫井は俺が阿賀松の言うことを信じていると思っているようだ。
 正直、半信半疑だ。今の段階では俺からしてみればなにも言えないが、言葉次第では栫井からなにか聞き出すことができるかもしれない。

「……だって、見たんだ。昨日、会長が栫井の部屋に行くの」

 勿論嘘だ。それらしき素振りはあったが、実際に栫井に会いに行ったかどうかはわからない。
 会長が栫井に会いに行っていないのなら、こんな意味のない嘘すぐにバレるだろう。
 俺としては、ただの嘘で終わってほしかった。だけどどうやら、嘘は本当だったようだ。

「……だからなんだよ、文化祭前で打ち合わせがしただけだ。それとこれとがなんの関係になる」

 一瞬目を丸くさせた栫井だったが、すぐにそれはしかめっ面になる。
 苛ついたような口調で続ける栫井の声には、どこか焦燥感が滲んでいた。

「打ち合わせって……もしかしてそれで喧嘩したんじゃないの?じゃないと、あそこまで……」

 あそこまで酷い傷はできない。そう言いかけたときだった。伸びてきた栫井にネクタイを引っ張られる。
 胸ぐらを掴むようにネクタイを引っ張る栫井は、そのまま俺に顔を近付けた。
 怖い、すごく怖い。至近距離で睨まれ、鼻と鼻が当たるくらい顔が近付いた。
 あまり他人を責めるようなことはしたくなかったが、栫井から話を聞き出すにはこれが一番てっとり早い方法だろう。
 そう思ってわざと会長を煽るような真似をしたが、やはりこういう役回りは性に合わないようだ。全身から嫌な汗が滲む。

「なにか言いたいことがあるんならハッキリ言え」

「お前みたいなねちねちねちねち回りくどいやつが一番うぜーんだよ」更に強い力でネクタイを引く栫井は、そう忌々しそうに吐き捨てた。
 てっきりぶん殴られるんじゃないかと思っていたが、栫井に話を聞いてくれる姿勢があるだけましなのかもしれない。
 顔を引きつらせた俺は、栫井から視線を離しそのまま泳がせた。

「……もしかしたらだけど、栫井が会長に怒られたのって生徒会室に隠しカメラ仕掛けてたのバレたからじゃないの?」

 あまり長い言葉を言うのに慣れてないせいか、自然としどろもどろな口調になってしまう。
 そう控え目に尋ねれば、栫井は目を見開いた。

「なんで……」

 お前が知ってるんだ。そう栫井の口が動いた。
 わかりやすいくらいの栫井の反応に、ついこっちまで戸惑ってしまう。
 どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。というか予想もなにも、会長にチクったのは俺だけど。

「阿賀松先輩に聞いたんだ。……その役が栫井っていうのは知らなかったけど」

 栫井相手にどこまで聞き出せるかわからないが、ここまで嘘をついたんだ。今さら引き返せない。
 栫井は阿賀松と俺が繋がっていることを確実に知っている。
 でも、芳川会長と繋がっていることまでは知らないはずだ。
 あくまで阿賀松から聞いたということにし、俺は栫井の傷のことを聞き出すことにする。

「……」

 俺の言葉に対し、栫井は黙り込んだ。
 図星か。そう思った瞬間、無理矢理体を離される。
 いきなり解放され、ほっとする反面戸惑いながら俺は乱れたネクタイを直した。恐る恐る栫井に視線を向ける。

「……その怪我、どうしたんだよ」

 もう一度尋ねた。
 別に、弱った栫井を詰りたいわけではない。ただ知りたかった。
 もしかしたら、俺は頼る相手を間違えているかもしれないというこの考え方が誤っているのかどうか。
 小さく舌打ちをした栫井は、訝しむような目を俺に向けた。
 暫くその場に沈黙が流れる。遠くから聞こえてくる文化祭に取り組む生徒の声がやけに煩く聞こえた。

「……自業自得だ」

 そう口を開いた栫井は「会長は悪くない」と続ける。
 それは、俺の言葉を肯定するものだった。
 俺が芳川会長に告げ口をしたせいで阿賀松と栫井の繋がりが発覚し、会長に怪我を負わされたということらしい。
 栫井の言葉を聞いてまだ俺は会長が本当にそんなことをしたのか信じきれなかった。
 でも、栫井が嘘をついているようにも見えない。
 恐らく、会長が栫井を傷付けたのは事実だろう。
 確かに栫井のしようとしていたことも問題があると思えたが、だからといってここまでする必要があるのかどうかもわからなかった。
 怪我を負わされても尚会長を庇うような発言をする栫井にも驚いたが、そこまで会長を尊敬しているのになんで阿賀松に手を貸したのかが理解できなかった。

「これで満足か」

 不意に、栫井に声をかけられる。
「聞きたかったんだろ、これが」そう鼻で笑う栫井は蔑むような目で見てきた。
 隠しても無駄だと悟ったのだろう。
 そう開き直ったように続ける栫井に、なんだか申し訳が立たなくなった俺は「うん、ごめんね」と慌てて謝罪した。
 そんな俺を一瞥した栫井は、小さく舌打ちをすれば俺に背中を向け再び歩き出す。
 すっかり嫌われてしまったようだ。
 元から好かれていたわけではないのであまり気にならなかったが、怪我をしているのにも関わらず俺から逃げるように歩いていく栫井を見ているとなんだか心臓に悪い。
 慌てて俺は危うい足取りで先を歩く栫井のあとを追った。

 今思えば、俺は会長のことをよく知らない。
 まだ会ってそんなに経ってないのだから当たり前だが、言い換えれば会って間もない人間に対しここまで尽くしている会長が不思議でしょうがなかった。
 栫井を傷付けたのも、元はといえば阿賀松からの命令が原因なのだろう。
 会長は別に俺自身を傷付けているわけではない。それどころか、寧ろ手助けをしてくれている。
 栫井の件も、本人が言っているように自業自得のようにしか感じなかった。
 裏でなにしてようが芳川会長は芳川会長だし、俺にとっては頼れる人だ。そうはわかっているはずなのに、なんでだろうか。本当にこのまま芳川会長に任せていてもいいのかわからなかった。
 取り敢えず、今回見たことは会長に言わない方がいいだろう。そう自分に言い聞かせるように口の中で呟いた俺は、先を歩く栫井の後をついて歩きながら教室へ戻った。


 教室前廊下。
 うちのクラスとは違い、禍々しい装飾が施された栫井の教室前までやってきた。

「中までついてくる気かよ」

 わざわざ俺が自分の教室までついてくるとは思っていなかったようだ。
 慌ただしく生徒が出入りする栫井の教室を眺めてると、栫井はそう呆れたように呟く。

「そういうわけじゃないけど……ごめん、つい」

 慌てて教室の装飾から目を逸らす俺に、栫井は「ふん」と呟きそのまま教室の中へ入っていった。
 見慣れない教室前に一人取り残され居辛くなった俺は、そのまま教室前から退散することにする。
 元々サボるために保健室に行ったというのに、それどころじゃなくなったな。このまま教室に帰りたくなかった俺は、学園附属の図書館で時間を潰すことにする。

 思ったよりも図書館には結構な数の人がいた。
 やはり訪問者の大半が文化祭の出し物がなく時間を持て余した一年で、二年三年は俺も含めてあまりいない。それでもやっぱりなにも言われないのは今日が特別だからだろうか。
 結局、今日一日文化祭準備のために用意された時間を図書館で過ごした俺は、全授業終了のチャイムが鳴るのと同時に読んでいた本を元あった場所に戻し、そのまま手ぶらで図書館を後にする。
 長い時間図書館にいると読むのも探すのも面倒になり、最終的に深海魚図鑑などよくわからないものを読み耽てしまったがそれなりに有意義な時間になった。

 図書館を出た俺は、再び自分の教室へ足を運ぶ。
 文化祭前日である今日は特別、HRをせず授業が終わってから好きに寮へ帰れるということになっていた。
 このまま寮へ帰ろうと思ったが、生憎教室に鞄を置いたままだった。
 それに、江古田のこともある。
 見張りの件はあまり乗り気じゃなかったが、もし江古田が教室前で待っているかもしれないと思うとこのまま無視することもできなかった。


 二年教室前廊下。
 通路の隅の方でぽつんと立っている江古田を見つけた俺は、話し掛けようか迷った末取り敢えず教室に鞄を取りに行くことにした。
 どうやらうちのクラスの出し物はもう完成したらしい。
 帰宅準備を済ませたクラスメイトたちがゾロゾロと教室から出てくるのを見て、なんとなく入りにくい。
 通りすぎ際にちらりと目を向けられ、すぐに逸らされる。
 無理もない。
 クラスメイトの言葉に甘えて文化祭準備も手伝いもなにもしていない俺自身に問題があることは自分でもわかっていた。
 ちくちくと刺さる視線から逃げるように、教室に入った俺はこっそり後方にあるロッカーに近付く。
 そこは布が被せられているだけで、ロッカーから荷物を取り出すのは簡単だった。

「齋籐」

 鞄を取り出し、そのままクラスメイトに紛れて教室を後にしようとしたときだ。
 ふと、背後から声をかけられる。聞き慣れた声に全身が緊張し、俺はその場から動けなくなった。

「今までどこ行ってたの?」

 恐る恐る振り返れば、いつの間にかそこに立っていた志摩が拗ねたように尋ねてくる。
「沢山電話したのに」と不機嫌そうに続ける志摩に、そこで俺は自室に置きっぱなしにしてある携帯の存在を思い出す。
 そう言えば、また連絡するとか言っていたな。色々なことがあったせいで志摩とのことをすっかり忘れていた俺は、慌てて「ごめん」と謝罪する。

「……携帯、部屋に忘れてきたんだ」
「そうなの?ならいいけど……無視されたかと思ってムカついてたからちょっと安心した。今度からちゃんといつでも連絡取れるようにしといてね?」

「じゃないと携帯の意味ないじゃん」別に志摩と連絡を取るために携帯を買ったわけではないが、下手に言い返して逆ギレされたくない。このままでは長くなりそうだ。
「……うん」志摩の言葉に曖昧に頷いた俺は、そのまま鞄を抱き締め逃げるように教室を後にしようとする。
 外に待たせている江古田の元へ向かおうとして、肩を掴まれた。

「ねえ、せっかくだし一緒に帰ろうよ。今から帰るんでしょ?」

 そう控えめに笑いながら誘ってくる志摩だが、その口調には有無を言わせない強引さがあった。
 確かに志摩と話したいことはあったが、今は江古田がいる。
 志摩に見張りのことを知られたくなかった俺は、どうすればいいのかわからず口を紡ぐ。

「……齋籐先輩?」

 不意に、教室の廊下の方からか細い声が聞こえてきた。
 声のする方を向けば、開いた扉の隙間から教室の中を覗く江古田がこちらをじっと窺ってくる。
 正直かなり気味が悪いが、助かった。助かったが、俺にとってこの状況、この組み合わせは吉なのか凶なのか。俺にはそれがわからなかった。

「……ああ、ごめん。今行くから」

 江古田を待たせている手前、あまり時間は無駄にしたくなかった。
 内心ほっとしながら、然り気無く俺は腕を掴んでくる志摩の手を離す。

「誰?齋籐の後輩?」

 志摩から離れるように立ち去ろうとすれば、言いながら志摩は俺の後ろからついてきた。
 まさか、このまま寮までついてくるつもりなのだろうか。
 尋ねてくる志摩に、俺は「そんな感じ」と曖昧に頷く。

「だから、今日はちょっと一緒に帰れない」
「なんで?」
「いや、だから江古田君と……」
「どこか行くの?」

 きっぱりと断りを入れるも、それでもしつこく聞いてくる志摩に俺は気圧された。
「別に、そういうわけじゃないけど……」あまりも粘る志摩に、なぜか俺が調子狂わされそうになる。

「ならいいじゃん。二人が三人になるだけでしょ?」

「ねえ、江古田君」結局廊下までついてきた志摩は、言いながら扉付近に立っていた江古田に声をかけた。
 いきなり志摩に話題を振られた江古田は、特に慌てるわけもなく静かに志摩に目を向ける。

「……齋籐先輩のお知り合いの方ですか?」

 直接志摩に返さず、俺の方を見上げてくる江古田は相変わらずの暗い表情で尋ねてきた。

「齋籐の友達だよ」

「うん、まぁそんな感じ」そう答えようとして、見事に横から口を挟んできた志摩に台詞を潰される。
 いつもの笑顔を浮かべながらそう親しげなオーラを滲ませ江古田に話し掛ける志摩に、なにを企んでいるんだと勘繰れずにはいられない。
 あくまでフレンドリーな態度で江古田に話し掛ける志摩だったが、江古田の志摩を見る目はあまりいいものではなかった。

「……齋籐先輩のお友だちですか?」
「うん、そうだよ」
「……その割りには、あまり齋籐先輩に好かれているようには見えませんが……」

「……もしかして、ただの思い込みではないでしょうか?」悪気があるのかないのか、そう遠慮なく志摩に言い返す江古田に俺の寿命がいくらか減る。
 まさかほぼ初対面の相手にいきなりそんなことを言われると思わなかったようだ。
 志摩の浮かべていた笑顔がピクリと引きつった。
 まずい、まずいぞ。確実に志摩が怒った。

「へぇ、結構言うんだね。でも齋籐は俺の友達だよ、誰がなんて言おうともね」
「……誰かになにか言われるかもしれないという自覚があるんですね。……ビックリしました」

 俺は江古田にビックリしました。
 相手をコケにするようなことをぼそぼそと口にする江古田に、慌てて俺は「江古田君」と止めに入る。

「寮まで帰るんだよね?……早く行こっか」

 このままではまずい。そう悟った俺は、そう江古田の肩を掴み自分に気を向けさせる。
 俺の言葉に、江古田は本来の自分の目的を思い出したようだ。
「……わかりました……」そう呟く江古田は、こくりと小さく頷き俺を見上げる。

「齋籐」
「悪いけど、今日は無理なんだって。……本当」

 このままでは江古田が志摩を煽って面倒なことになり兼ねない。
 そう悟った俺は、取り敢えず今は江古田を優先させることにする。

「……そんなにそいつと二人きりになりたいわけ?」

 不快感を露にし、怒ったような顔をする志摩はそう尋ねてきた。
 なんでそんなに嫌な言い方をするのだろうか。
 側に立ってぬいぐるみ遊びをしている江古田に目を向ける。無言で江古田は薄暗い眼差しで志摩を見ていた。
 江古田の手前、あまりこの手の話題は避けたかったが志摩を黙らせるためだ。俺は「そうだよ」と頷く。

「悪いけど、二人にしてもらってもいいかな。……本当に大事な用なんだ」

 そう言えば、江古田の目が俺に向けられる。
 志摩を諦めさせるためとはいえ、さすがに大袈裟すぎたか。
 不安そうな顔をしてこちらを見上げてくる江古田に、俺は「ダシに使ってごめん」と心の中で呟く。

「……ああ、そう」

 俺の言葉に、暫く呆けたような顔をしていた志摩は不愉快そうに口許を歪める。
 傍目に見て、志摩が怒っているのがよくわかった。

「ごめんね?大事な用があるところにわざわざ引き留めたりして」

「齋籐がそこまで俺と居たくないって言うんだったら、お望み通りいなくなるよ」そう笑いながら続ける志摩の言葉はかなり刺々しく、自虐的だ。
 前にもこんなことがあった。
 志摩が自虐的になるときは大抵臍を曲げているときだ。
 フォローした方がいいとはわかっていたが、自分の発言で相手を怒らせてしまうということは予想ついていた。

「……じゃあ、また明日」

 二人きりの場合ならともかく、今ここには江古田がいる。
 あまり無関係の生徒を自分たちの言い争いに巻き込みたくなかった俺は、そう言いながら志摩に背中を向けた。
 それに、もし志摩の機嫌を直したとしても江古田が一緒の時点でまた面倒なことになり兼ねない。

「江古田君、行こっか」

 俺は、隣に立っていた江古田に声をかける。相変わらずぼんやりしていた江古田は、こくりと小さく頷いた。
 ふと、なんとなく気になって志摩の方に目を向ける。ほんの無意識の動作だった。瞬間、ショックを受けたようにこちらを見ていた志摩と目が合う。
 ……なんでそんな顔をするんだ。別に無視したわけでもないし、文句を言ったわけでもない。
 なのに、なんでそんな傷付いたような顔をするんだ。
 いつも志摩の笑顔ばかり見ていたせいか、なんだか俺が酷いことを言ってしまったような錯覚に陥る。

「……先輩?」

 不意に、隣の江古田が心配そうに声をかけてきた。
 どうやら志摩を見たまま固まっている俺を不思議に思ったようだ。
「ん、ああ……ごめん」江古田に呼ばれ、慌てて俺は気を取り直す。
 志摩から顔を逸らした俺は、江古田とともにそのまま教室前を後にした。
 俺の選択肢は間違えていたのだろうか。先ほどからショックを受けたような志摩の顔が頭から離れない。
 しかし、見張りである江古田の目的を考えればあの状況で見張りの江古田を離すのも出来なかっただろう。
 謝った方がいいのだろうか。でも、謝る理由がない。謝り過ぎたあまりに過去志摩に嫌がられたことを思い出すと、なにも出来なかった。
 やっぱり、早く見張りを離してもらおう。
 櫻田と会長が話付ければそれが一番早いのだが、生憎保証がない。
 今の段階から考えれば、五味に相談するのが最善だろう。でも、いつになったら五味が部屋に戻って来るかわからない。待ち伏せするか、それとも確実に帰っている時間を狙うか。
 おまけに、時期が時期だ。最悪、五味が帰ってこない可能性もある。

「……あの、先輩」

 そんなことを考えて一人悶々していると、不意に隣を歩いていた江古田に声をかけられた。
 校舎と学生寮を結ぶ渡り廊下にて。

「どうしたの?」

 はっと我に返った俺は、慌てて江古田に聞き返す。
 ちらりとこちらに目を向けた江古田は、なにか言いたそうにしてすぐに視線を逸らした。

「……お腹、減りませんか」
「お腹?」
「……一緒に……」

 やけに歯切れの悪い江古田だったが、なんとなく言いたいことは伝わってくる。
 どうやら、一緒に夕食をとろうと誘ってくれているようだ。とうとうそのまま黙り込み、紛らすようにぬいぐるみをぎゅっと抱える江古田に「俺でいいなら」と返事をする。

「食堂でいい?」

 聞き返せば、江古田は小さく頷いた。
 丁度いい、昼抜いたお陰で丁度腹が減っていたところだ。
 江古田の承諾を得、俺たちは食堂へ向かうため学生寮ロビーへと歩いていく。

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