天国か地獄


 02

 場所は変わって学園内、職員室前。
 ショッピングモールもなかなか賑わっていたが、職員室前も職員室前で騒がしかった。
 ショッピングモールと違う点は、慌ただしい教師たちの姿だろう。
 やはり文化祭前だということで生徒よりも忙しそうだ。

「失礼します」

 開きっぱなしになった職員室の扉の前に立つ志摩は、扉の代わりに壁を軽く叩く。
「おー、どうした」暫くもしないうちに職員室から担任の喜多山の声が返ってきた。
 それを合図に、志摩は職員室内に入っていく。
 これは、俺もついていった方がいいのだろうか。俺は職員室を覗きながら、そんなジレンマを覚える。
 というか、入る場合はやっぱり俺もなにか一言いった方がいいのだろうか。
 そんなことを思いながら職員室を覗いていると、不意に肩に手が置かれる。

「なにをしているんだ」

 背後からかけられる聞き慣れた声に、思わず俺はビクリと肩を跳ねさせた。
 慌てて振り返ると、そこには芳川会長が立っていた。

「ど、どうも……」

 いきなりの芳川会長の登場に動揺しつつ、俺は慌てて芳川会長に頭を下げる。
 そんなに久しぶりに芳川会長と顔を合わせたわけではないのだが、やはり緊張してしまう。
 多分それは、外野の存在があるからだろう。

「どうした、また呼び出されたのか?」

 職員室前を立ち往生していた俺に、芳川会長は可笑しそうに笑う。
 芳川会長の言葉に、俺は先月遅刻のことで教師に呼び出されたことを思い出した。
 そう言えば、あの時も芳川会長に会ったんだっけ。
 からかうような芳川会長に、俺は「違います」と慌てて首を横に振った。

「わかっている。君も文化祭の準備なんだろう?」

 悪びれた様子もなく続ける芳川会長に、俺は怒る気にもなれなくて黙って頷く。
 君も、という辺り芳川会長も俺と同じのようだ。

「忙しいところに声をかけて悪かったな。準備、頑張ってくれ」

 どうやら芳川会長は本当に声をかけただけだったらしい。
 それだけを言えば、そのまま職員室の前を通りすぎていく。
 忙しいのは自分の方じゃないのだろうか。
 芳川会長の後ろ姿を横目に、俺はなんとなくそんなことを思った。
 頑張ってくれ、と言われてもなにを頑張ればいいのかがわからなくて、そんな自分になんとなく俺は気分が塞がってくる。
 芳川会長に、俺がハブられていることは話していない。
 もしかしたらもうすでに耳に入ってきているかもしれないだろうけど、わざわざ自分から芳川会長に弱音を吐く気にはなれなかった。
 一人で抱え込まないでくれ。芳川会長はそう俺に言ってくれた。
 その時は確かに嬉しかったけれど、俺がそれを実行するのはそんなに簡単な作業ではなかった。
 芳川会長と別れて暫くもしないうち、志摩は職員室から出てきた。

「ちょっと齋籐、さっきから呼んでんのに無視しないでよ」

 大きな段ボールを抱えた志摩の両腕にぶら下がるビニール袋の数が先程よりも明らかに増えていた。
 段ボールのおかげでどんな顔をしているかわからなかったが、間違いなく怒っている。
 芳川会長と話していたときだろうか。全然気付かなかった。

「ご、ごめん……持つよ」

 素直に気付かなかったと言えば志摩がもっと怒りそうなので、俺は話を反らすように志摩から段ボールを受け取る。
 食器かなにかが入っているのだろうか、かなり重く腕がもげそうだ。
 油断していた俺は顔をしかめながら、フラフラと廊下を歩き出す。
 前が見えないだけに、自然と足元を見てしまう。

「やっぱりいいよ。俺が持つって」

 不安定な俺の足取りに嫌な予感でもしたのだろうか。
 志摩は俺の肩を掴み、無理矢理立ち止まらせる。
 内心志摩の申し出にほっとしてしまう自分が情けない。

 一旦広い場所に移動した俺と志摩は、そこで持つものを交換した。
 志摩に渡されたビニール袋には模擬店に飾るものであろう花束からぬいぐるみまで様々なものが入っている。
 段ボールよりかはまだ軽い方だったが、動く度にガサガサとなるビニールが煩わしかった。それでも、我慢できないというほどではない。
 持っていたビニール袋を俺に渡し手ぶらになった志摩は屈み、床の上に置いた段ボールを持ち上げた。

「取り敢えず、教室にこれ置きに戻ろっか」

 言いながら、志摩は教室に向かって足を進める。
 確かに、そんなに重い段ボールを持って歩いてても邪魔になるだけだ。俺は志摩の提案に同意する。
 弱音は上げないものの、志摩も志摩で辛そうだ。無理もない。

「俺、半分持つよ」

 スタスタと先に行く志摩の後についていきながら、俺はそう志摩の背後に声をかける。
 しかし、志摩は「いいよ、別に」と言って断った。
 別に自分が志摩の力になれるとは思ってはなかったが、やっぱり断られるとなんとなく落ち込んでしまう。

 教室に戻るまでの間、俺と志摩はそれ以上会話を交わさなかった。
 俺も俺で手が塞がってたし、そんなにお喋りをしたいわけではなかったので大した苦痛にはならなかったので別にいいのだけど。
 教室に戻り、志摩は教卓の上に段ボールを乗せた。
 腕を伸ばす志摩の横を通りすぎ、俺は段ボールの横にビニール袋を重ねて置く。

「助かったよ、ありがとう」

 志摩はそう言って、俺に笑いかけてきた。
 大したことしてないような気がしたが、素直に俺は志摩の言葉を受けとることにする。

「じゃあ、俺、戻るから」

 俺はそう志摩に言い、賑わう教室を後にしようとする。
 しかし、いきなり志摩に腕を掴まれ強引に引き留められた。

「まだお使い残ってるんだけど、どうかな。俺、齋籐が一緒に手伝ってくれたらすごい助かるんだけど」

 志摩は、よく俺の性格を把握できているなと思う。
 そう言えば俺が手伝ってくれるとでも思っているのだろう。
 まったくもってその通りだ。頼られてしまうと断れなくなってしまう俺は、志摩の言葉に困惑してしまう。

「だめ?」

 返事に躊躇する俺に、志摩は残念そうな顔をした。
 どうせ、これも演技なのだろう。わかってはいるが人の目があるからか、きっぱりと断ることができなかった。
 正直な話、お使いに行くのが面倒になってきた俺だったが、見栄を張って志摩を手伝うことにする。
「わかったから」と頷く俺は、志摩に手を離すよう視線を向けた。

「ああ、ごめんね。齋籐って捕まえとかないと逃げていきそうだからさ、癖になっちゃった」

 俺から手を離す志摩は、そういいながら笑う。
 逃げられるような真似をするやつが悪いんじゃないのかと言い返してやりたかったが、やめておく。
 自分から揉め事を起こすような真似はしたくなかった。
 確か、前にも似たようなことを言われた気がする。いつの日かの記憶を掘り起こしながら、俺は志摩とともに再び教室を後にした。

「次はどこに行くの?」

 教室を出た俺は、隣の志摩に問い掛けた。
 まだ職員室にさっきの段ボールみたいな重い荷物が残っているのだろうか。
 だとしたら、あまり自分が力になれる自信はない。

「どこ行こうかな。取り敢えず俺の部屋にでも来る?」

 隣を歩く志摩は、ヘラヘラと笑いながらそんなことを言い出す。
 文化祭の手伝いじゃなかったのか。
 志摩の口から出た軽薄な言葉に、俺は顔を強張らせ相手の顔を見る。

「そんな顔しないでよ。ちょっとした可愛い冗談だからさ」

 あからさまに動揺する俺を見て、志摩は可笑しそうに笑った。
 なにが可愛いだ、質が悪すぎる。志摩にからかわれ、なんだかいちいち過敏に反応してしまう自分に馬鹿馬鹿しくなった俺は無言で足を進めた。

「まあ、行くのは俺の部屋だけどね」

 シレッとした顔でそんなことを口走る志摩に、俺は「なにしに」と問い掛ける。
 怪訝そうに志摩を見る俺に、志摩はやれやれと肩を竦め「実行委員に頼まれてた資料、部屋に忘れてきちゃった」と笑った。
 それが本当か嘘かはわからなかったが、志摩のあっけらかんとした態度を見ていると変に勘繰っている自分が恥ずかしくなってくる。

「別に、齋籐を部屋に閉じ込めて無理矢理犯そうとかそんなAVみたいな真似はしないよ」

「そんなに俺が信用できないなら阿佐美でも連れてきたら?」いまこの場にいないクラスメートを引き合いに出す志摩に、俺は絶句した。
 周りの生徒がいる前でなにを言い出すんだと目を丸くする俺だったが、どうやら周りはただの健全な男子校生同士の猥談としか取っていないらしい。
 一人動揺する俺は段々居心地が悪くなって、「わかったよ」とだけ呟いた。

 志摩の忘れ物とやらを取りに行くために寮のロビーまで戻ってきた俺たちは、そのままエレベーターに乗り込んだ。
 密室内に志摩と二人きりというだけでも寿命が縮みそうだったが、また志摩に笑われたくはない。
 平然を装って自分からエレベーターに乗り込んだ俺だったが、なんかもう生きる心地がしなかった。
 文化祭が近付いているからだろう、一般の生徒の大半は放課後にも関わらず教室に残っている。
 寮に戻る生徒は滅多にいない。
 三階までやってきて、エレベーターが静かに開いた。
 行事がないときはある程度賑わっているはずの廊下は無人で、ある種の気味悪ささえ感じる。

「やっぱどこも忙しいみたいだね。いつもこれくらい静かならいいのに」

 言いながら、志摩は開いた扉からエレベーターの外へ出た。
 見事に自分の考えと食い違う志摩の言葉に、俺は素直に同意できなかった。
 志摩とある程度の距離を取り、エレベーターを降りる。

「なんか喋ってよ」

 なにも答えない俺に、志摩は面白くなさそうな顔をした。
「……なにかって言われても」話題がないんだから仕方ないだろう。
 我が儘をいう志摩に、俺は困ったような顔をした。
 確かに、黙っているよりかは適当に話してた方が気が紛れるのは間違いない。
 肝心の話題がないと話にならないのだけれど。

「うーん、それじゃあ俺が話すから、齋籐は適当に相槌でも打ってよ」

 話題がないと言う俺に、志摩はそう笑いながら足を進める。
 内心、別にそこまでしなくてもいいと思ったが、断るのもあれだ。俺は「わかった」とだけ答える。
 ただ志摩が喋るだけなら楽だし、と怠けた思考を働かせる俺に志摩は特になにも言わなかった。

「……俺が話すとか言っちゃったけどさ、いざとなったら言葉が出てこないよね。頭に」

 話題に悩む志摩は、そう俺に言ってくる。
 その気持ちはわからないこともなかった。
「そうだね」志摩に言われた通り、俺は小さく頷く。

「そうだな、なに話そう。齋籐とは話したいことがいっぱいあったんだけどな、どうしよう。ありすぎて困っちゃうな」

 なんとなく、志摩の言葉に含みを感じた。多分それは気のせいではないだろう。
 志摩の横顔に目を向けたとき、志摩の眼がこちらを向いた。
 見詰め合うような形になり、志摩は口許に笑みを浮かべる。

「取り敢えずさ、一応聞いておくけどなんで齋籐って俺の話を聞かないの?」

 久し振りに聞いた、笑っていない志摩の声。
 蛇に睨まれた蛙みたいに言葉に詰まる俺に、志摩は「ねえ」とねだるような声で促してくる。

「なんで会長と付き合ってるなんて噂が流れてんだよ」

 前のように掴みかかってこなかっただけましのように思ったが、いつつっかかられてもおかしくない状況だ。ましも糞もない。
 やっぱり、知っていたのか。だとしたら、いつから知っていたのだろうか。
 気になることはたくさんあったが、いま俺がその疑問を口にできるようなほどフレンドリーな空気ではない。

「あれ程、生徒会と関わるなって言わなかったっけ、俺」

 歩きながら、怒りを圧し殺したような声で志摩は続ける。
 確かに、志摩からは忠告のようなものを何度か聞いたことはあった。
 が、その忠告をしてくる本人が本人なだけ素直に信じることができなかったのも本当だ。
 志摩に謝ることは火に油を注ぐようなものだとわかっている俺は、とうとうどう答えればいいのかわからなくなる。

「なんで会長たちがあんなに嫌われてるかとか、考えたことないの?」

 黙る俺に構わず、志摩は責めるのを止めなかった。
 恐らく、志摩は阿賀松たちのことを言っているのだろう。人気もあれば、当然嫌ってくる人も出てくるはずだ。だから、アンチの存在は仕方ないものと認容していたが、そうじゃないのか。志摩の言い種からすると、他に理由があるように聞こえる。

「他のやつらはともかく、会長は駄目だ。だってあいつは」

 目的地の志摩の自室の前までやってきて、志摩は足を止めた。
 俺に向き直り志摩が続けようとしたとき、志摩の部屋の扉が乱暴に開かれる。
 勢いよく開く扉に驚いた俺は、扉の奥に立っていた人物を見て更に顔を青くした。

「よく俺の部屋の前で会長の悪口言えんな、お前」

 部屋から出てきた十勝は、志摩の顔を睨みつける。
 志摩も志摩で十勝が部屋にいるとは思ってなかったようだ。志摩は面倒臭そうに舌打ちをする。

「ほんっと、タイミング悪いなあ。まあいいや、退いてよ。部屋入るから」

 悪びれた様子もなくそう顎で十勝を促す志摩に、十勝は顔をしかめた。
 なんでそんな十勝を煽るようなことを言うのだろうか。
「志摩」咎めるような視線を志摩に向けるが、当の本人はどこ吹く風で。

「何様だよ、お前。部屋に上げるわけねーだろ、アホ!」

「さっさとあっち行け!」まるで動物でも追い払うような仕草で志摩を払う十勝。
「どうしてそうなるんだ」あまりの十勝の言い種に、志摩は呆れたような顔をした。

「まあ、別に構わないけど。丁度鬱陶しいルームメイトにこっちも苛々してたところだったんだよね」

 買い言葉に売り言葉と言うのだろうか。二人を取り巻く険悪な雰囲気に、俺はどうすることも出来なかった。
 どうしたらそこまで話がいくのかがわからなかったが、お互いに鬱憤が溜まっていたのは事実のようだ。

「じゃあ齋籐、場所を変えようか」

 そういいながら、志摩はこちらに振り返る。
「いや、その……忘れ物は?」ここまでやってきた理由を思い出し、俺は恐る恐る志摩に問いかけた。
 確かに十勝を怒らせた今部屋に上がるのは難しいだろうが、大切な資料となればさすがの十勝もわかってくれるだろう。
 心配する俺に志摩は思い出したように「ああ」と声をあげれば、

「いいよ、もう。やっぱ提出してた気がする」

 と言って笑った。
 薄々気が付いてはいたが、平気でたぶらかそうとする志摩に俺はなんかもう絶句する。

「戻るなら一人で戻れよ。つーか佑樹に構うなって」

 十勝は俺の腕を掴み、強引に志摩から離す。
 いきなりの十勝の行動に驚く俺に、十勝は「ごめん」と小さく呟いた。

「……生徒会長にそう言えって言われてるの?」

 つまらなさそうにする志摩に、十勝は「わかってるなら黙ってろよ」と邪険にする。
「可哀想だな、齋籐は。友達と話すことも自由に出来ないなんて」大袈裟に肩を竦める志摩は、言いながら俺に視線を向けた。
 意味深な志摩の言葉に、なんだか俺は不愉快で堪らなかった。理由はわからない。

「ぐだぐだ言ってねーでさっさとあっち行けって言ってんだろうが!」
「おお恐い恐い、さっすがチンピラ生徒会の方は血の気が多いなあ」

 怒鳴る十勝に、志摩はにやにや笑いながらそんなことを言った。
 チンピラ生徒会って……。流石に言い過ぎじゃないかと思ったとき、十勝が志摩の胸ぐらに掴みかかる。

「と、十勝君!」

 志摩に殴りかかる十勝の腕を掴み、俺は慌てて十勝を引き止めた。
 十勝から離れた志摩は、制服の襟を掴み整えれば可笑しそうに笑う。

「じゃあ齋籐、また後でね」

 志摩は十勝を押さえる俺に目を向ければ、そう微笑んだ。
 また後でって、また会いにくるということなのだろうか。
 返事に詰まる俺に、志摩はなにも言わずに廊下を歩いていく。

「糞……ッ」

 悔しそうな十勝の声が、静かな廊下にやけに大きく響いた。

「ほんと、ごめんな。なんか気い遣わせちゃって」

 志摩が立ち去ってから暫くして、ようやく頭が冷めたらしい十勝は言いながら俺の腕を離した。
「別に、大丈夫だから」謝られると逆に緊張してしまって、俺は慌てて首を横に振る。

「そう?ならいいや」

 どうやらすっかりいつもの調子に戻ったようだ。けろりとした顔でそんなことを言い出す十勝に、内心俺は安心する。
 まさか十勝がキレるとは思ってもなかったので、なんとなく気まずかった。でも、それを引きずらない十勝の性格はなかなか羨ましい。

「あー、もう、恥ずかしいところ見られちゃったなあ。いまの、会長たちに言うなよ」

 恥ずかしそうに廊下に踞る十勝は、側に立つ俺を見上げそう言った。
 最初から言うつもりはなかった俺は、十勝の言葉に数回頷いて見せる。というか、普通に言えるわけがないだろう。あんなこと。そんな俺に、十勝は安心したように頬を緩めさせる。

「あーよかった。佑樹がいいやつでよかった。そりゃあ、会長も気に入るわけだよなあ」

 十勝にいいやつと言われ、なんとなく素直に喜べなかった。
「ありがとう」苦笑を浮かべた俺は、そう十勝に返す。
「おう」俺の言葉に十勝は満足そうに笑い、そのまま勢いよく立ち上がった。

「……志摩のいうことなんか信じるなよ」

 俺に背中を向けた十勝は、そう静かに呟く。
「あいつは根性がひん曲がってるからな」そう忌々しげに吐き捨てる十勝に、俺はどう答えればいいのか反応に戸惑った。
 急に様子が変わる十勝に戸惑っていると、「あ、そうだ!」と十勝はなにか思い付いたように声を上げる。
 何事かと目を丸くさせる俺に、十勝は明るい笑みを浮かべながらこちらを振り向いた。

「そういや佑樹、これから暇?ちょーど生徒会室に用あったんだけどさ、一緒に行かね?」

 そう言う十勝はいつもとなんら変わった様子はない。
 コロコロと表情を変える十勝に戸惑いはしたが、俺としてはいつものように十勝が笑っていた方が嬉しい。
 十勝の誘いに、これからの予定もなかった俺は「行くよ」と頷いた。

「お、行く?行っちゃう?よっしゃ、じゃあ行こうぜ」

 妙にテンションの高い十勝に、俺はつられて笑う。

 先月の芳川会長とのことがあってから、俺はちょくちょく生徒会に足を運ぶようになった。
 栫井以外にはちゃんと俺と芳川会長のことを説明していたが、もしかしたらすでに栫井の耳に届いているかもしれない。
 念のため芳川会長は『口外しないように』と釘を刺していたが、『栫井には言うな』とは言ってはいないから役員同士で会話していたときうっかり漏れても仕方ない。
 もし栫井が知っていたとしたら、阿賀松の耳にも届いているはずだ。だが、最近阿賀松からそれらしい様子は感じなかった。
 多分、阿賀松はまだ知らない。
 阿賀松が知ったとしたら、なにかしらアクションを仕掛けてくるはずだ。
 どちらにせよ、俺と芳川会長のことが耳に入っていることは間違いないだろう。
 近々阿賀松からなにか言ってくるはずだ。
 このままなにもなければ、それが一番好ましいのだけれど。

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