天国か地獄


 04※

「……!」

 咄嗟に俺は飛び起きた。なにかあったわけではないが、急に意識が覚醒したのだ。
 気が付けばそこは生徒会室のソファの上で、いつの間にかに眠っていたらしい俺の膝の上にタオルケットがかけられている。

「起きた?」

 ふと声が聞こえた。栫井だ。
 テーブルを挟み、向かい側にあるソファに腰をかけた栫井は俺の方を見ている。なにか言おうと思ったが、声がでなかった。
 生徒会室の壁に取り付けられた大きな窓に目を向ける。薄い生地のカーテンの隙間から、薄暗い空が覗いた。昼間の空はこんな色をしていない。

「俺、もしかして、寝てた……?」
「ああ、ぐっすりと」

 みるみる内に青ざめていく俺に、栫井はけろりとした顔で答える。
 最悪だ。午後の授業を寝過ごしてしまうなんて。

「……今、何時?」
「八時過ぎ」
「……」

 昼寝にしては長過ぎる。栫井の言葉を聞いて、俺は酷い脱力感に襲われた。
 こんなに眠ってしまうほど疲れが溜まっていたのだろうか。自分で自分の体がわからなくなって、俺は小さく息をついた。

「会長たちは?……いないの?」

 俺は、生徒会室を見渡しながら栫井に問い掛ける。
 俺がこんなところで何時間も眠っていることで間違いなく迷惑をかけたはずだ。
 一言言いたかった。しかし、生徒会室には俺と栫井以外に人気がない。

「会長たちならいない」

 栫井から予想していた通りの言葉が返ってくる。
 しんと静まり返る生徒会室に、栫井の声が響いた。

「つまり、俺とお前の二人きりってこと」
「……」

 あながち間違いではないが、嫌な言い方をする栫井に俺は顔を強張らせる。
「……迷惑かけて悪かった」言いながら、俺はタオルケットを適当に畳みソファから腰を上げた。
 いつまでもここに長居するわけにはいけない。栫井しかいないなら、尚更だ。

「戻るのか」

 立ち上がったところで、栫井の声がかかる。
「……そりゃあ、いつまでもここにいるわけにはいけないし……」返答に迷った俺は、素直にそのことを栫井に伝えることにした。

「……それは駄目だ」

 同様、ソファから立ち上がった栫井に強く肩を掴まれる。
 珍しく嫌味を言ってこない栫井に内心油断していた俺は、栫井の行動にビックリした。
「ど、どうして……」言葉の意味がわからなくて、俺は目を丸くしたまま栫井の方を見る。

「会長に言われている」

「……お前を部屋から出すなってな」言い足すように呟く栫井。
 俺を?会長が?生徒会室から?
 全くもって理解できなくて、俺は顔をしかめた。

「……なんで」

 俺、生徒会室から出ちゃいけないようなことでもしたっけ。
 あまり役に立たない記憶力を酷使して記憶を掘り返してみるが、心当たりすら見当たらない。
 他にもなにか、なにか大切なことを忘れているような気がする。

「なんででも」

 そう返す栫井は、言いながら俺の肩を押すようにして再びソファに座らせた。
 それはあまり優しいといえるような動作ではなく、まともに受け身を取れなかった俺は柔らかいソファのクッションに腰を打つ。

「……っ」

 軋むスプリング。慌てて体勢を立て直す俺の隣に、栫井は腰を下ろしてきた。
 なんなんだ、一体。いまだに自分の置かれた状況がイマイチ理解できてない俺は、栫井から逃げるように少しだけ距離をおく。

「なんで離れるわけ」
「……いや、別に……」

 さりげない俺の不自然な動作が目についたのか、相変わらず無表情の栫井は言いながら俺の方を見た。
 正直栫井のことは好きじゃないというか苦手だ。
 表情が乏しくなにを考えているかわからないし、なのに俺に対しての悪意はバシバシ感じる。
 この間の阿賀松たちとのこともあるし、簡単に気を許せるような相手じゃない。

「……」
「……」

 本当に、なんなんだこの状況は。
 隣にいる栫井と極力目を合わせないようにしながら、俺は一人緊張していた。
 生徒会室からでるなと言われたいま、見張りである栫井を振り切って生徒会室を飛び出す勇気はない。
 そもそも、なんで俺はいつまでもここにいなきゃいけないんだ。色々栫井に聞きたいことはあったが、なかなか言い出せない俺。お互いずっと無言だし、ろくにタイミングが計れなかった。

「……あの」

 思い切って、栫井に話し掛ける。
 返事はないが、どこかを見ていた栫井の目が俺の方へ向けられた。
 ……近い。無言のプレッシャーというやつだろうか。
 栫井の視線から続き促すようなものは感じず、俺はその後の言葉を口にしようか迷う。

「俺、いつまでここに居れば……」

 俺は遠回しに早く解放してくれと訴えかけた。
 栫井はじっと俺を見据える。まじまじと顔を見られるのはあまり気持ちいいものではなく、俺は咄嗟に顔を逸らした。

「知らない」

 栫井から返ってきた言葉はあまりにも無責任なもので、俺は思わず栫井に視線を向ける。
「知らないって……」投げやりな栫井に、俺は顔を強張らせた。じゃあ俺は、どうすればいいんだ。

「……暇?」

 不満そうにする俺に、栫井は相変わらずの無表情のままそんなことを聞いてくる。
 確かに暇かと言われれば暇だ。
 栫井と二人きりな上、場所は生徒会室。俺の私物は一切なければ、退屈しのぎになるようなものも見当たらない。でも、なんでそんなことを聞いてくるんだ。
 俺は、栫井に伺うような視線を向けながら小さく頷く。曖昧な返事をする俺に、栫井はソファの背凭れに腕を回した。顔が更に近付き、条件反射で俺は慌てて離れる。

「え、な、なに……」
「暇なんだろ」

 確かに暇だとはいったが、なんでこんなに雲行きが怪しくなるんだ。
「……そうだけど」顔をしかめながら、俺は口ごもる。

「お前ホモだろ」

 慌ててソファから降りようとして、腕を引っ張られた。
 バランスを崩した俺は、ソファの上に寝かされるように無理矢理引き戻される。
「……ち、違うっ」どうやら栫井は俺について酷い誤解をしているようだ。必死に否定する俺。栫井の上に馬乗りになるように膝をつけば、見下ろすように俺を見た。

「まあ、どうでもいいけど」

 ネクタイを引っ張られ、無理矢理顔を上げさせられる。心底興味なさそうな顔をする栫井。
 俺は全身の血が引いていくような感覚に襲われた。

「退けって」

 この体勢はさすがに問題があるんじゃなかろうか。
 俺は栫井から顔を逸らしながら、栫井の肩を掴む。

「俺も、丁度退屈してたところだ」

 いいながら、栫井は俺のネクタイを緩めた。
 まったく人の話を聞かないなこいつ。今さらそんなことを思いながら、俺は慌ててネクタイを掴むがそれよりも早く栫井に抜き取られた。
「まじで、やめろよ」本格的に嫌な予感がしてきて、俺は栫井の下から逃げ出そうとするが仰向けというのは意外と不自由な体勢だと改めて実感する。両手首を掴まれた。

「初めてじゃないんだろ?なら騒ぐなよ、うぜーから」

 どこぞの強姦魔のようなことを言い出す栫井に、俺は改めてこの男が苦手なのを再確認する。栫井に睨まれて、ちょっと泣きそうになった。
 栫井は俺が黙ったのを見ると、俺の両手首にネクタイを回す。
「ちょ……っ」さすがに腕まで封じられてしまえばとうとう身動きが取れなくなってしまう。
 慌てて俺は腕を動かし栫井を離そうとしたが、その俺の行動が気に入らなかったのかかなりキツくネクタイで手首を縛られた。
 最悪だ。いや、栫井と二人っきりになった時点で最悪だったのかもしれない。

「なにその顔」

 一つにまとめられた俺の腕を掴み、それを頭上にもっていかせる栫井は俺の顔を見ながらそんなことを口にする。
 残念ながらいま混乱しきっている俺の脳ミソからは自分がどんな顔をしているのかわからなかった。間違えなく、笑顔ではないのは確かだけれど。

「……ホモは、そっちじゃないのか」

 咄嗟に、ぼそりと口からそんな言葉が漏れる。相手に届かない程度の小声で言ったつもりだったが、どうやら栫井にはばっちし聞こえていたようだ。

「俺は、どっちもイケるんだよ」

 そう答える栫井は、いいながら俺の胸元に手を伸ばす。
 胸ぐらを掴むようにして、着ていたシャツのボタンを外していく栫井。妙な沈黙が嫌だった。

「俺のこと、嫌いなんだろ」

 どうやら俺は思ったよりも相当混乱しているようだ。思ったことがぽんぽん口から出てしまう。ボタンを外す栫井の手が止まった。
「……大嫌いだけど」悪びれもせずそう答える栫井に、俺は若干傷つく。わかってはいたけれど、ここまで開き直られると少し傷ついてしまう。

「ならなんで……」

 なんでこんなことをしてくるんだ。いいかけて、俺は口を紡ぐ。
 もしかして、新手の嫌がらせなのだろうか。これは。顔を強張らせる俺をみてなにか悟ったのか、栫井は口許を歪めた。

「そんなの、どっちでもいいだろ」

 そう笑う栫井は、俺の首元に顔を埋める。生暖かい吐息が吹き掛かり、全身が泡立った。
「……っ」首筋に唇を寄せ、濡れた舌が血管をなぞるように這う。
 あまりの不愉快さに足をばたつかせるが、足の付け根を掴まれた無理矢理股を開かされた。
 その間に栫井が膝立ちになる。足が閉じれないようになり、あまりにも情けない姿に俺は死にたくなった。

「まじで、やめてください……っ」

 相手は同い年だというのに自然と敬語になってしまう。
 それくらい嫌だった。この体勢は、いまの状況は。もちろん栫井がそんな俺の懇願を快く聞き入れてくれるはずもなく、相変わらず涼しい顔で首筋を噛み付くように吸い付いてくる。

「は……っ」

 別に変なところを触られているわけじゃないのに、ひどく恥ずかしい。
 首筋に当たる息が生々しく、痕が残りそうなくらい吸われる皮膚がじんじんと痺れてくる。そこまで考えて、俺は顔を青くした。

「ちょ、栫井、やめ、なに吸って……!」

 嫌な水音がすぐ側で聞こえる。
 一旦唇を離した栫井は、首筋から鎖骨周りへと唇を落とした。
 まさか、わざと痕を残すような真似をしてるんじゃないだろうか。
 運良くネクタイが緩んで腕が使えるようにならないかと必死に腕を動かすが、手首が死にそうなくらい強く縛られたネクタイが簡単に緩むはずがない。

「栫井……っ」

 腕の自由が効くならば、俺は栫井を殴ってでも逃げるだろう。
 だがいま、俺の腕はまともに使えない。踵を下ろして栫井の背中を叩くが、体勢的にかなり辛い。主に関節部分が。

「自分から腰を押し付けてくるなんて、どんな変態だ」

 おまけにこの言われようだ。引いたようにいう栫井に、俺は絶句する。
 そんなつもりなんて一欠片もないのだが、言われてみればと顔を熱くする俺はあまりの羞恥心に死にたくなった。

「そ、そういうわけじゃ……」

 慌てて否定しようとして、自然と声が震える。自分でもわかるくらい弱気になってきている自分がいた。
「あっそ」栫井は短く呟けば、鎖骨をなぞるように舌を滑らせる。ゾクゾクと背筋が震えて、俺は思わず顔を逸らした。

「それ、やめろ……っ」

 酷い不快感ともどかしい快感が全身に走り、なんともいえない気分になる。
「誰に命令してんの」もちろん栫井が俺の言葉を『はいそうですか』といって聞き入れるような人ではないと身をもって経験している俺は、栫井のこの言葉は想定内のものだった。
 逃げる術もないし、栫井は俺の意見を聞き入れてくれない。
 いま俺にできることは、この栫井から逃げるチャンスを見つけるか第三者がここへ来るのを待つか、それか栫井が満足するまで好きにさせるか。
 悲しいくらい他力本願な俺の三択に、自分で言って切なくなってくる。

「もうちょっと、嫌がるとかないわけ」

 さっさと終われと頭で念じていると、不意に栫井から声をかけられた。
 なんとも不満そうな顔をする栫井に、俺はどういう注文だと顔をしかめる。
 どうやら、やるならさっさとやれよという投げやりな俺の態度が気に入らないようだ。我が儘なやつめ。

「これでも、嫌がってる……けど」

 語尾が段々小さくなっていく。
 無理矢理縛られて舐められて痕をつけられて抵抗すれば変態扱いされて、いい気分になるやつはいないだろう。
 少なくとも俺はいい気分じゃないし、寧ろ泣きそうだ。だからといって、大声出して死に者狂いで抵抗するつもりもない。
 抵抗して痛い目を見るくらいなら、黙って従った方がまだましだ。

「なにそれ。つまんない」

 そう言って俺の首元から顔をあげた栫井は、上半身を起こした。
 栫井が俺を見下ろすような形になる。笑みすら浮かんでいない仏頂面は確かに楽しそうには見えない。
 肩で息をする俺は、栫井から視線を逸らす。
「……っ」いきなり、栫井に前髪を掴まれ引っ張るようにして俺は強引に上半身を起こされる。

「お前見てると興奮しねーから、勃たせろよ」

 顔の真っ正面に栫井の下腹部があって、俺はあまりの嫌な予感に顔を青くした。

「な、な、なにいって……!」

 あまりにも突拍子のないことを言い出す栫井に、俺は目を丸くして勢いで舌を噛みきりそうになる。
 ようするに俺にしゃぶれとでも言っているのだろうか。全身の血の気が引いていく。

「なんなら、69でもいいけど」
「そういう問題じゃない……っ」

 涼しい顔してサラリととんでもないことを言い出す栫井に、俺は慌てて首を横に振った。
 嫌だ嫌だと顔をしかめる俺に、栫井は「じゃあどういう問題だよ」とズレたことを言い出す。

「勃たないと突っ込めないだろ」

 呆れたようにそういう栫井に、俺はじゃあ突っ込むなよと悪態をついた。
 人のものを舐めるのは初めてじゃない。だからこそ、その行為の苦しさを知っているからこそ二度と体験したくなかった。

「……」

 あまりにも嫌がる俺に、栫井はうんざりしたようにため息をつくと俺の上からずれる。
 まさかの栫井の行動に驚く俺は、もしかして俺の気持ちが通じて止めてくれるのだろうかとそんな希望を抱いた。が、もちろん栫井がそんなことをするはずがない。
 ほっと全身の緊張した筋肉を緩めた瞬間、ガチャガチャと金属の留め具が外れる音と共にベルトを外された。

「マグロの癖に、注文が多いんだよ。お前」

 言いながら、栫井はガバッと俺のズボンを膝上までずらす。
 無理矢理縛っておいてその言い種はどうなのだろうか。
「ちょ、なに……っ」あまりにも強引な栫井の行動に、俺はビックリして足をバタつかせる。

「なんだと思う?」

 捲るように下着のウエストを引っ張られ、俺は慌てて腕を伸ばそうとするが、そうだ俺は縛られていたんだ。
 ずらされる下着を上げることも出来ず、諦めた俺は栫井から顔を逸らす。なにか会議で使われていたのだろう。テーブルの上に転がる数本の太い油性ペンに手を伸ばした栫井は、冗談とも本気ともいえないような淡々とした口調で俺に問い掛けてきた。

「なにって、なに……が……」

 まともに会話も通じない中、ふと栫井に目を向けた俺は全身に冷や汗を滲ませる。語尾が掠れ、俺は目を見張った。油性ペンを手にした栫井は、俺の太股をぐいっと上半身に押し付けるようにあげさせる。

「い……っ」

 もちろん体の柔らかくない俺にはその行動は酷く苦痛なもので、鋭い痛みに顔をひきつらせた。

「お前なら、これで充分そうだな」

 なんてとてつもなく失礼なことを言いながら、栫井は露出させられた俺の肛門に油性ペンの先端を当てる。
 無機質で固いその感触に、俺はみるみるうちに青ざめた。

「待っ……っ!」

 慌てて声を上げ栫井を止めようとして、舌を噛みそうになる。
 慣れさせていないそこに無理矢理異物を突っ込もうとする栫井に、俺は目を見開いた。
 肉を裂くように強引に奥へ進むペンに、俺は全身を強張らせる。

「やだ、待たない」

 一本目を挿したまま、栫井は二本目のペンを手にした。
 手に取るように栫井の次の行動が読めてしまった俺は、足をばたつかせ栫井を離そうとするが身体的に辛いこの体勢じゃまともに力が入らず、その抵抗すら虚しく終わる。
 冗談じゃない。大体それ、生徒会で使うものじゃないのか。あまりの恐怖で余計なことまで考えてしまった俺。脳裏に芳川会長の顔が浮かび、背筋が凍り付いた。

「嫌だ……っ」

 これが、背徳感というやつだろうか。なにに対してかわからないくらいのひどい罪悪感に押し潰されそうになる。
 懇願するように栫井に訴えかけるが、栫井は俺を一瞥するだけでその手を止めようとしない。
 問答無用に、二本目のペン先が一本目の側に当てられそのままめり込むように押し込む。

「痛い?」

 口許に薄い笑みを浮かべる栫井は、言いながらペンの尻を押した。
 痛くないはずがない。現に、俺の体がペンの進入を拒もうとして悲鳴を上げている。
 言い返してやりたかったが、いま喋ったら舌を噛みきってしまいそうで俺は歯を食い縛った。
 裂けるような鈍い痛みに、俺は汗を滲ませ顔をしかめる。

「ぅぐ……っ」

 固く縛られた手首のネクタイを無理矢理外そうと動かすたびに、ギリギリと皮膚に擦れ痛い。
 それでも、裂けるような尻の痛みに比べればまだましなものだけれど。口から呻き声が漏れる。

「かこ……、抜い……っ」

 言いかけて、声が掠れた。三本目のペンを手にした栫井は、それをくるくると指先で弄びながら俺の顔を見る。
「やだ」再び手の中へペンを納めた栫井。言いながら、俺の太股を強く掴めば一本目と二本目の間にできた僅かな隙間に三本目を捩じ込んできた。ギチギチと肉が裂けるような嫌な音が耳元で聞こえる。

「────っ」

 三本目は、もう声にすらならなかった。
 下腹部の異物感に圧迫された喉。顔を強張らせ、もうやめてくれと懇願するように頭を横に振る俺に、栫井はなにも言わない。霞む視界の中、俺はソファー側のテーブルに目を向けた。残りのペンはもうない。
 さっさと終わってくれ。ひどい圧迫感と異物感に、俺はぐったりとソファーに凭れた。刺さったままの三本のペンを掴んだ栫井は、ぐりっと捻るように数本のペンで俺の中を掻き回す。

「っ、ぐぁ……!」

 疲労感で気力を失った俺の体が、激痛にビクリと跳ねるように動いた。

「やめ……っ」

 痛がる俺に構わず、ペンを動かしては俺の反応を見て面白がる栫井に、俺は涙目になっていた。
 あまりの痛みに下腹部の感覚が麻痺してくる。まるで玩具でも弄っているかのようにぐりぐりと乱暴に掻き回され続け、全身が粟立つような奇妙な感覚が襲ってくる。

「なに興奮してんだよ」
「し、てな……っ!」

 言いかけて、栫井は俺のに手を伸ばした。
 いきなりそれを掴んだ栫井は、「してんじゃん」と嘲笑を含んだ視線を俺に向ける。確かに、勃ちかけていた。でもなんで俺が?どうして?いままでで俺が興奮するような要素があったのだろうか。
 栫井に半勃ちになっているのを指摘され、俺はとんでもない絶望感に襲われる。
 その瞬間、生徒会室に無機質な音が流れた。いままで静かだったせいか、俺はその些細な音にまで過敏に反応してしまう。どうやら、この音は部屋に取り付けられているインターホンから流れているようだ。
 スプリングを軋ませ、栫井はソファーから降りる。
 助かったのだろうか。ふとそんな思考を働かせるが、ケツにペンを突っ込まれて助かったもなにもない。

「……はい、こちら生徒会」

 だるそうな栫井の声が響く。インターホンの元へ移動した栫井は、受話器を耳に当てたままそう口にした。

「……会長?どうしたんですか?」

 少しだけ驚いたような栫井の声が足音と共に近付いてくる。
 背凭れ越しに栫井の様子を伺おうとして、いきなり口を塞がれた。受話器を片手にソファーの側に立つ栫井は、俺の顔を覗き込む。様子からして、どうやら受話器の向こうの相手は芳川会長のようだ。
 芳川会長に俺の声を聞かれたくないらしい。息苦しかったが、幸い鼻は塞がれていないだけましだ。

「齋籐?ああ、寝てますよ。ええ、ぐっすりと。あれ、効きすぎたんじゃないんですかね、知りませんけど」

 人の口を塞いだまま涼しい顔をして嘯く栫井。
 現に俺はこうしてバッチシ目を覚まして二人の会話を伺っているわけなのだけれど。とはいっても聞こえるのは栫井の声だけで、それも断片的なものだ。
 あれってなんだ、効きすぎた?なにが?
 栫井の言葉で会話の内容を理解するのは難しかったが、芳川会長が俺の様子を伺っていることがわかる。

「あー晩飯?さあ、なんでもいいんじゃないっすかね。会長に任せます。あ、俺はいらないんで」

 まるで何事もなかったように淡々と話す栫井。
 晩飯の心配までしてくれているのだろうかと若干感動しそうになったが、いま俺がこういう状況になっているのは元はといえば芳川会長の理解不能な栫井への命令のせいだ。
 芳川会長と一言でもいいから話したかった。というか、なんで俺が生徒会室に閉じ込められているのかを聞きたかった。

「……灘が?ああ、わかりました。用件はそれだけですね。……それじゃあ、失礼します」

 もちろん栫井は最後の最後まで俺に芳川会長の声を聞かせてくれるはずがなく、そう言い栫井は芳川会長との通話を終了させる。わかってはいたが、少しだけ期待してしまった自分が悔しかった。とはいっても、いまの状況で会話させられてもただの拷問でしかないのだろうけど。
 俺の口許から手を離した栫井は、再び壁際に歩いていき受話器を元の場所へ戻す。そんな栫井から視線を離し、俺は新鮮な空気を求めるように深く息を吸った。
 再びソファーの元へ戻ってきた栫井は、自由の利かない俺の腕を掴み上げネクタイを緩める。
 どういう風の吹き回しだろうかと目を丸くして栫井を見上げる俺。血が止まりかけていた腕からネクタイが垂れ、俺は赤くなった手首と栫井の顔を交互に眺めた。

「灘がここへ来る。さっさと服を直せ」

 そう短く告げると、栫井は俺に背を向ける。
 せっかく自由になれたというのに、なんだろうかこの敗北感は。
「……はい?」後始末は自分でしろと言っているのだろうか、こいつ。
 散々人を暇潰しと称した嫌がらせ染みたことをしてきたくせに、中途半端な上にあまりにも自分勝手すぎる。
 怒る所が違うとはわかっているが、一人空回りしているみたいで恥ずかしくてなんかもう穴に入りたかった。

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