02
「……すまない。面倒かけてしまって」
芳川会長は気まずそうに俺に目を向けると、そう呟いた。
会長は、自分のせいで俺まで絡まれたと思っているのだろう。
要約するとそういうことになるのだが、芳川会長が安久に言い寄られていたのは半分俺のせいでもある。
「いや、別に……俺の方こそ、なんか、ごめんなさい」
しどろもどろと謝る俺。安久の言っていたことを気にすらしていない芳川会長に内心ほっとしながら、俺は苦笑を浮かべる。
「そーだ、元はと言えばお前のせいだ」
櫻田は、俺の方を睨みながら噛み付いてくる。
「何を言っているんだ君は。失礼なことを言うんじゃない」見かねた芳川会長は、櫻田を横目に呆れたような顔をした。実際櫻田のいう通りなもんだから、俺は言葉に詰まってしまう。
「……放課後、生徒会室に来てもいいんだからな」
無言の俺に気を遣ってくれているのか、芳川会長は心配そうにそう俺に言った。
「あ、ありがとうございます……」俺は少し驚いたように芳川会長を見上げ、戸惑ったように礼を口にする。
芳川会長の言葉は嬉しかったが、阿賀松たちの思惑通りにだけはなりたくなかった。
「あの、俺は大丈夫ですから……気にしないでください」
芳川会長に迷惑をかけたくない。そう思った俺は、芳川会長の好意を受け取らなかった。
「……そうか」俺の言葉を聞いた芳川会長は、どこか寂しそうな顔をしながらそう呟く。
罪悪感でいっぱいになるが、芳川会長を裏切るような真似をするくらいならまだこうした方がましだ。
いたたまれなくなって、俺は芳川会長から視線を離す。
「でも、いつでも来ていいんだからな」
優しい声に、俺は逸らしたばかりの視線を芳川会長に向けた。目があって、芳川会長が小さく笑う。
「は、はい……」つい、芳川会長の優しさに流された俺はそう頷いてしまった。
「会長、俺は?俺は?」
「……君はいつも勝手に来てるじゃないか」
すっかりいつもの調子に戻った櫻田は、芳川会長の腕に掴まろうとして無理矢理離される。
来てるんだ……。うんざりしたような芳川会長に、俺は内心同情する。
「じゃあ、俺たちはこれで失礼させてもらうよ」
そう芳川会長は俺に向き直ると、まとわりついてくる櫻田をあしらいながらそう言った。
どうやら会長たちは食堂から出た後だったらしい。
「友達と仲良くするんだぞ」そう笑う芳川会長は、そのまま廊下を歩いていく。
「待ってって会長ー」言いながら、櫻田は短いスカートをひらひらさせながら芳川会長を追いかけていった。
友達と言われ、志摩と阿佐美を交互に目を向けた。「友達だって」そう笑う志摩に、「早く行こうよ」と俺を急かす阿佐美。
なんとも形容し難い気分になり、俺は阿佐美に急かされるがまま食堂へと向かった。
会長たちと会ってからあまり時間が経ってないはずなのに、酷く神経が磨り減ったような気がする。たぶん安久のせいだ。
放課後空けとけと言う阿賀松からの伝言を思い出し、胃がキリキリと痛み出す。
出来ることなら芳川会長の言葉に甘えて、生徒会室に入り浸りたかった。
でも、生徒会には栫井もいるし、私情で他の役員に迷惑をかけることはできない。だからといって阿賀松の言葉を無視するほど俺は根性もない。
ようするに、俺は阿賀松の機嫌を損ねないようにするぐらいしかできないのだ。……それすら、出来ているのか怪しいところだけど。
「齋籐、会長と仲良いんだね」
食堂の扉を開き、だいぶ空いている食堂内へ足を運ぶ。
ふと、志摩はそんなことを言い出した。
軽いデジャヴに陥り、思わず俺は志摩の方に目を向ける。
「別に……世話になってるだけだよ」
言いながら、俺はカウンターから近いテーブルまで歩いた。
カウンター側のテーブルは殆どの席に生徒が座っていて、どこか賑やかな雰囲気を醸し出している。
俺は、丁度空いた席に腰を下ろした。続いて右隣に阿佐美、向かい側に志摩が座る。
「世話って?例えばどんな?」
「……なんでそんなこと聞くんだ」やけに食い付いてくる志摩に、俺は呆れたように呟く。
これじゃ、まるで尋問でもされているみたいじゃないか。
俺がそう言うと、志摩は可笑しそうに目を細める。
「そりゃあ、気になるじゃん。友達だし」
言いながら、志摩は目の前にメニューを広げる。
なぜだろうか。志摩の含みのある言い方に、無性に腹が立った。
本来なら喜ぶはずの志摩の言葉を素直に受け止めれない自分自身にも嫌だったが、なによりあまりにも白々しい志摩の態度が気にくわない。だからといってここでキレてもどうもならないだろうけど。
俺はそう自分を宥めるように心の中で繰り返しながら、二枚メニューを手に取る。
「はい」そのうちの一枚を阿佐美に渡すと、阿佐美は「ありがとー」と嬉しそうに笑った。
「あんまり、会長と仲良くならない方がいいよ」
「……それ、もう何回も聞いたよ」
「俺は齋籐のことを心配して言っているんだよ?」
うんざりしたように呟く俺に、志摩はやれやれといったように肩を竦める。
志摩が心配してくれているのは嫌なくらいわかっているが、いま俺にとって一番厄介なのは志摩自身だ。もちろんそんなこと口に出せるわけがないのだけれど。
親衛隊や生徒会アンチからも既に目を付けられてる俺からしてみれば、志摩の忠告も意味がない。
俺はメニュー表に目を向けながらなにを食べようか考える。
「俺が言ってるのは、会長にって意味だよ。……あ、俺日替わりランチにしよ」
同様、メニュー表を睨んでいた志摩そんなことを口走った。
「……会長?」一瞬志摩の言っている意味がわからなくて、俺はメニュー表に向けていた視線をあげ志摩を見る。
「齋籐、なににするか決めた?」
志摩は言いながら目を細め、笑いかけてきた。話を逸らされた。
「……会長がどうしたんだよ」うまくかわされたのが面白くなくて、俺は眉をよせながら志摩を見る。
「俺の話は聞いてくれないのに、会長のことは聞きたがるんだ」
目の前に広げたメニュー表を畳み、それを元にあった場所に戻しながら志摩はからかうように言った。
どうやら志摩は根に持つタイプのようだ。図星を指され、俺は思わずぐっと言葉に詰まってしまう。
聞きたがるというか、そんな意味ありげに言われると誰でも気になるのが普通じゃないのか。嫌味ったらしい言い方をする志摩に、俺は顔を強張らせる。
「否定してよ。悲しくなってきたじゃん」
押し黙る俺に、志摩はむっとしたような顔をしてそう言った。
悲しんでいるようには見えなかったが、俺に志摩の本心を読めるような技術はない。
「……別にそんなつもりはないけど」ここで謝るのもおかしな話だと考えた俺は、思ったことを素直に口に出すことにする。
「へえ、どうだか」
すっかり臍を曲げてしまった志摩は、そう面白くなさそうな顔をした。
なんなんだよ、もう。不機嫌になる志摩に俺はどういう対応をすればいいのか分からず、気を紛らすようにメニュー表に目を向けた。
「佑樹君、決めた?」
ふと、隣に座る阿佐美がメニュー表を畳みながら聞いてくる。
俺は「うーん」と唸り、メニュー表に羅列する文字をざっと目に通した。
「俺はBランチで」たまたま目についた文字を口に出せば、阿佐美は「俺もそれがいい」と言い出す。
別に人の朝食にまでケチをつける趣味はないが、阿佐美の言動が妙に引っ掛かった。
「じゃあ、俺言ってくる」
二人の注文を聞いた俺は、率先してカウンターへ行こうと椅子から腰を浮かす。
どうもこの席は居心地が悪い。言わずもがな、向かい側に座るのが志摩だからだろうか。
志摩の視線に耐えられなくなった俺は、それから逃げるようにして立ち上がる。
「俺もいこうか?」
俺の行動の真意を読み取ったのか、志摩は口許に笑みを浮かべながらそう聞いてきた。
「……すぐそこだし、一人で充分だから」言いながら、俺はさっさとカウンターへ向かって歩き出す。
なんで朝からこんなに神経を使わなきゃならないんだ。
歩きながら、俺は緊張を緩める。
なんとなく気になって、俺は背後に目を向けた。
後から志摩がついてくるわけもなく、そこには同じように食堂へ朝食を取りに来た生徒が疎らにいるだけだ。そのまま、志摩と阿佐美が座っているテーブルに目を向ける。
なぜか志摩と目があった。ずっとこちらを見ていたのだろうか。微笑む志摩は、俺に向かってヒラヒラと手を振ってくる。反応に戸惑った俺は、手を振り返すわけでもなく慌てて顔を逸らした。
志摩と阿佐美だけを残したのは、少しあれだったかもしれない。今さらになってそんな心配をしながら、俺はカウンターの傍まで行き注文をする。
無事、注文を終えた俺は志摩たちの待つカウンター側のテーブルへと戻った。
「おかえり、齋籐」
「た……ただいま」
ニコニコと笑う志摩に迎えられ、つられて俺はそう言い返してしまう。
これじゃ、本当に前となにも変わらないじゃないか。
昨日何事もなかったかのような志摩の態度に妙な違和感を感じながら、俺は阿佐美の隣の椅子を引きそれに腰を下ろす。
「……」
ニコニコと笑う志摩と打って変わって、阿佐美の方はかなりテンションが低い。
朝だからだろうか。それとも、今この場に志摩がいることを良く思っていないか。はたまた俺が気付かないうちに阿佐美を不愉快にさせたか。
考えても本当のことはわからないが、考えられるとしたらこの三つだろう。だからといって、阿佐美のテンションを無理矢理あげさせようとは思わないけれど。
「眠いの?」
俺は、やけにしおらしい阿佐美を横目にそう問い掛ける。
「そうだね。今日は早起きだったから」
返ってきたのは向かい側に座る志摩の声だった。志摩に話し掛けたつもりはないのだけど。
「……」わざわざ訂正するのも不自然だと思い、俺は敢えてなにも言わなかった。
「冗談だよ。そんなに怒らないでよ」
志摩は阿佐美に目を向けながら、そう可笑しそうに笑い出す。怒っていると言われ、俺はつられて阿佐美の方に目を向けた。
「……」阿佐美は何も言わずに、口を一の字に結ぶ。
俺には阿佐美が怒っているようには到底見えなかった。どうやら志摩の得意な揶揄のようだ。
暫くすると、ワゴンを押したウェイターが三人分の料理を運んでやってくる。目の前に置かれる料理を眺めながら、俺は小さく肩を竦めた。
これを食べ終われば、こんな気まずい空気を味わずに済む。全員に朝食が行き渡ったのを確かめ、俺は「いただきます」と小さく呟いた。
「齋籐、これいる?」
ふと、目の前に置かれた料理を目にした志摩は、小皿を指しながらそんなことを聞いてくる。
小皿の上にはお子さまランチでついてくるような可愛らしいプリンがちょこんと乗っていた。どうやらBランチについているデザートのようだ。
「いらないの?」
俺はプリンから視線を外せばそのまま志摩の方に目を向ける。
「俺、こういうの無理なんだよね。胃が気持ち悪くなるから」そう笑う志摩は、嘘をついているようには見えなかった。
どちらかと言えば甘いものが好きな俺からしてみれば、志摩の言葉はいまいち理解し難いものだったが世の中いろんな人がいる。
「志摩が、いいなら……貰う……けど」
言いながら、なんとなく自分が餌付けされているような気がしてしまって俺は口ごもる。
「そう。ありがとう」そう笑う志摩は、小皿を俺の方に置いた。
やっぱり、受け取らない方がよかったかもしれない。今さらになってからそんなことを考えてしまう。
とくに盛り上がるわけでもなく、ちらほらと他愛ない会話交えながら朝食をとる俺たち。
「ごちそうさま」
最後に、志摩から貰ったプリンを食べた俺は言いながら手のひらを合わせた。
「お粗末さまでした」向かい側の志摩が笑いながら答える。それは流石に厨房にいる人たちに失礼だろうと内心冷や汗を滲ませる俺。食後決まってこういう志摩に、今さら注意する気も起きなかった。
「じゃあ出ようか」
すでに食べ終わっていた志摩は、言いながら椅子から立ち上がる。
志摩の提案に異論はなかったが、なんとなく変な感じだ。もしかしたら、昨日の時点でこうして今まで通り一緒に行動することはないと思い込んでいたのかもしれない。だからこそ余計に、面白くなかった。
俺は空いた皿を重ね、テーブルの上のトレーを持ち上げる。結構重い。
「ゆ、佑樹君……」
「大丈夫だって」
ハラハラして俺を見る阿佐美。いつかのように皿を粉々にしてしまわないよう気を付けながら、俺はトレーをしっかりと持ちカウンター側の返却口へ向かった。
無事、椅子の足に躓いて醜態を晒すこともなく返却口に食器を戻すことに成功した俺は、カウンターから離れほっと一息つく。
筋トレでも始めようかな。いや、そういう問題でもないか。そう自問自答をしながら、俺は志摩と阿佐美が来るのを待つ。
「食べ過ぎた……」
先に俺の元にやってきたのは阿佐美だった。言いながら、阿佐美は口許を手のひらで覆う。
確かに、思ったよりもボリュームがあって俺も苦戦した。
「大丈夫?」自分がなんの心配をしているのかわからなかったけど、取り敢えず言ってみる。
「たぶん……」
阿佐美は項垂れるように頷いた。
昨日はバカみたいに食べていたのに、なんて変わりようだ。もしかして今朝なにか食べたのだろうか。
阿佐美と話ながらそんなことを考えていると、志摩が戻ってきた。
「待った?」
待ち合わせ時間に遅れた女みたいなことを言い出す志摩に、俺はどう返せばいいか戸惑う。
「……いや、別に」悩んだ末、なんとも冷めた口調になってしまった。それでも志摩は気を悪くするわけでもなく、「そう?」と笑う。
全員揃ったのを確認し、俺たちは食堂を後にする。
面白いくらい味のしない朝食だった。原因は概ね予想がつく。
もうこのメンツで食事はしたくないな……。そんなことを考えながら、俺たちはそのまま廊下を歩いていく。その足取りさえ、自然と鈍ってしまう。
今日の授業はなんだとか、食堂のあのメニューが旨いとか、そんな他愛ない会話を交わしながら俺たちはズラリと並ぶ店舗の前を横切り寮の出入り口へと向かった。
会話というよりも、志摩が話しかけてきて俺がそれに頷くようなものなのだけれど。
「だいぶ、暖かくなってきたね」
扉を押し寮の外へ出た志摩は、言いながら俺の方を見る。確かに、冬の名残もなく日差しも夏のそれになってきた。
「そうだね」俺は、志摩の言葉に小さく頷く。
「……なんかさ、齋籐、冷たくない?」
投げやりな俺の態度が癪に障ったのか、志摩は目を細めた。
志摩の怒りに触れないようと思ってとった言動が裏目に出るとは思ってもいなかった俺は、困ったように志摩の方に目を向ける。
「それって自業自得なんじゃないの?」
『ごめん』と、慌てて謝ろうとする俺よりも先に口を開いたのは俺の横にいた阿佐美だった。
「……どういう意味?」不愉快そうに顔をしかめた志摩は、笑みを浮かべながら阿佐美の方を見る。
「ちょっと……詩織」
一体なにを言い出すんだ。俺は一気に悪くなる周りの空気を感じ、恐る恐る阿佐美の方に目を向ける。
もしかして、庇ってくれているのだろうか。だとしたら有り難いが、いまの状況は素直に喜べない。
「なんとなくそう思っただけ」
だらだらと全身嫌な汗を滲ませる俺に構わず、阿佐美はそう続けた。
なんとなくそんな発言をしちゃう阿佐美に俺はかける言葉を失い、口を半開きにしたまま困惑する。
「だとしたら思い違いだよ。俺、嫌われるような真似なにもしてないし」
言いながら、志摩は可笑しそうに笑った。妙な言い回しをする志摩に、俺は眉をひそめる。
嫌われないような真似はしたけれど。志摩の言葉をそう受け取った俺は、寒気に似たようなものを感じた。
どうせいつもの軽口だろう。そうわかっているのに、それが本気か冗談かもわからなくて尚更気分が悪い。
「ね、齋籐」
急に、志摩は俺の方を見た。もろ目が合って、体が硬直したように強張り動かなくなる。
「……えっと」あまりにもいきなりで、反応に戸惑った俺は目を泳がせ志摩の視線から逃げようとした。
なんでそんなこと、俺に言うんだよ。二人の視線が向けられ、俺は今にも逃げたしたい気分になる。
「……」
なにか言わないと。そうは思うけど、言葉がでない。
妙なプレッシャーに押し潰されそうになり、気まずくなって俺は口を紡ぐ。
「……なにそれ。それじゃ、まるで俺が嫌なことしたみたいじゃん」
黙り込む俺に、志摩は可笑しそうに笑った。茶化すような口振りなのに、目が笑っていない。
怒った。いや、誰だってこんな態度を取られたら怒るだろう。
……それも、自分に非がない場合の話だけど。
「だって……っ」
だってお前、昨日いきなり逆ギレしてきたじゃないか。
そこまでいいかけて、俺は開いた口を閉じる。ここで、わざわざ志摩を怒らせるような真似をする必要はない。おまけにそのことを言って恥をかくのは俺だ。
「だって、なに?」
志摩は、言いながら俺の方に顔を近付けてくる。
中途半端に口を出した自分を後悔しながら、俺は志摩から顔を逸らした。
「志摩しつこい」言葉に詰まる俺を見かねたのか、阿佐美は俺の腕を掴み志摩から離す。掴まれた腕が微かに痛んだが、これ以上詰られるよりはましだった。
「しつこい?俺が?知りたいことを聞いてなにが悪いの?」
志摩は眉を潜め、浮かべた笑みをひきつらせる。
まるで心外だと言わんばかりの志摩。
阿佐美の一言に腹が立ったのだろうか、口調そのものは穏やかなもののその言葉は開き直ったものだった。
「……佑樹君が嫌がってる」
「俺にはそう見えないけど」
阿佐美の言葉に志摩はそう即答する。
「考えすぎなんじゃない?」そう続ける志摩は、嘲笑うような笑みを浮かべた。
どこからそんな自信がくるんだ。俺は呆れたように言い切る志摩を見る。
「嫌がられてるとしたら、それ、阿佐美の方じゃないの?」
笑いながら志摩は阿佐美に目を向けた。思わず俺は背筋を凍らせる。
おいおい、なんてことを言い出すんだ。昨日の今日、そういう話題に敏感な時に治りかけた傷口に塩を刷り込むような志摩の発言に、一瞬付近の空気が重くなる。軽くダメージを受けたのか、阿佐美は口を半開きにしたまま固まった。
「ああ、もしかして図星なんだ」
まさかここまで志摩が意地の悪いやつとは思ってもいなかった。
「ち……違う」俺は、言葉を詰まらせながらも志摩の言葉を否定する。
確かに一度も鬱陶しいと思ったことがないと言えば嘘になるが、嫌いとは思ったことはない。多分。きっと。いや、絶対。
「……別に、嫌がってないから」
言いながら、急に込み上げてくる恥ずかしさに語尾が霞む。
というか、なんで自分がこんなことを口に出さなきゃいけないんだ。こういうときに限って二人とも静かになるからかなり恥ずかしい。
「ゆ……佑樹君」
阿佐美は、嬉しいのか照れているのかはたまた呆れているのかわからないような顔をして俺の方を見た。
相手が志摩だとはいえ人前でわざわざこんなことをいうのは初めてで、阿佐美の声が若干上がっててこっちまで声が裏返りそうだ。
「…………」
一方、志摩はというといつもの笑みはそこにはなく、心底つまらなさそうな顔をして俺を見据える。
睨むような志摩の視線に気付き、慌てて俺は視線を逸らした。
ちゃんと、否定できた。違うことを違うと言った。思ったことをちゃんと口に出せた。
例え相手がどう思ったとしても、それらがいけないこととは思わない。
でも、なんとなく後ろめたく感じてしまう。理由は多分、目の前にいる志摩。
「……ふーん」
志摩はそう呟く。
もっとなんか、嫌味や皮肉を言ってくるんじゃないかと少し構えていたせいかあまりにも志摩の反応は素っ気ないものだった。
「……じゃ、そろそろ行こうか。こんなところでタラタラしてたらHRに間に合わなくなる」
言いながら、志摩は俺に背中を向けそのまま歩き出す。
自分から言い留めておいてなんだとは思ったが、確かに志摩のいう通りだ。
さっきまでしつこいくらい食い付いてきた人の言動とは俄信じられなかったが、志摩の性格だ。気が変わったのだろう。
腑に落ちないが、だからといってここに留まってもなにがどうなる話ではない。俺は先を歩いていく志摩の背中から視線を逸らし、阿佐美の方に目を向けた。
「……行こっか」
もろ顔が合ってしまい、なんとなく気まずい。
心配そうに俺を見る阿佐美にそう促すと、少し渋ってみせる。が、それも少しの間だ。
阿佐美は「うん」と頷けば、慌てて俺から手を離す。もう志摩が食い付いてこないと悟ったのだろう。
俺はそのまま校舎に向かって歩き出すが、志摩に追い付こうとは思わなかった。阿佐美はなにも言わずに、そんな俺の斜め後ろをついてくる。
後味も悪いし、居心地も悪い。
正直、今までとなんら変わりない志摩の態度に、もしかしたら今まで通り一緒にいれるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。でも、さすがにそれは無理があった。
それ以前に、もしかしたら俺の方が志摩を拒絶していたのかもしれない。
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