06
「……」
別にそんなに食べたかったわけではなかったのだが、思ったより自分は食い意地が張っているらしい。
俺は空になった袋の上を眺めながら、なんともいえない気分になる。
「あっ、もしかして齋籐食べたかったの?」
凹む俺に気がついたのか、志摩は「ごめんね」と笑いながら俺の隣に腰を下ろした。
俺はお菓子の一粒や二粒で気分を上下させるやつとは思われたくなくて、慌てて首を横に振る。
「ほら佑樹、これやるから元気出せって」
「……ありがとう」
そう十勝は俺を哀れむように、別のスナック菓子の袋をそっと寄せてくれる。
いらないといって突き返そうかと思ったが、流石に俺にはそんな度量はない。
俺は小さくお礼を口にし、有り難くそれを貰うことにした。が、流石に袋一個分はキツいのでスナック菓子を一粒摘まみ、袋を中央に寄せておく。
「そういや、佑樹って転入生なんだよなあ」
「……うん、まあ」
ボリボリとクッキーに歯を立てながら、十勝はいきなり話を振ってきた。
覚悟はしていたが、やはりその話題を持ってこられると自然と顔が強ばってしまう。
「前の学校の話とか聞かせろよ。俺、佑樹のこと知りたいかも」
「……あはは」
十勝は口許を綻ばせる。
悪意があるようには到底思えなかったが、俺は言葉に詰まり苦し紛れに乾いた笑い声をあげた。
十勝が扱いやすい男でよかった、そう俺は胸を撫で下ろす。
「でさー、優衣のやつ。まじで有り得ねえの!『まじ雰囲気ぶち壊しなんだけど』ってマジキレして」
「大変だったね」
「そう、しかもグー!泣きながら殴りかかってきて、俺の方が泣きたかったし」
十勝はテーブルに頬をつけながらぶちぶちと愚痴を垂れる。
俺の話を聞きたがっていた十勝に、「そういえば今日どこか行ってたの?」と露骨に話を変えてみればこの様だ。
人の話を聞くよりも話すことの方が好きなのか、それともよっぽど不満が溜まっていたのか。
どちらにせよ、俺はこの十勝の性格に助けられたことになる。
「齋籐。これ美味しいよ」
「ホントだ」
俺は十勝の愚痴に適度な相槌を打ちつつ、志摩が指すお菓子を摘まんだ。
もう満腹だと思っていたのだが、どうやら別腹というものは本当に存在するらしい。
むしゃむしゃと口を動かしながら、グラスに注がれた炭酸飲料を喉に通した。
「あーあ、佑樹が女で美人で胸がでかかったら最高なんだろうなあ」
そう譫言を呟く十勝の目はどことなく据わっていて、俺は額に冷や汗を滲ませた。
それもう俺じゃないような気がする。俺は心の中で呟きながら、グラスをテーブルの上に置いた。
それから、一時間もすれば十勝の愚痴は猥談に変化を遂げる。更に何時間も経つと、十勝は質の悪い酔っぱらいと化した。
「佑樹ー、お前彼女とかいんの?セフレは?ってか初体験いつ?好きな体位は?」
「十勝君、そろそろ寝た方が……」
セクハラとしか言いようがないあまりにも下品な十勝の質問攻めに、俺は困惑しきっていた。
「あ?」十勝は閉じかける瞼を必死に持ち上げ、俺を睨む。
確か十勝の用意した飲み物にアルコールの入ったものはなかったはずだ。これが素面だというのだから質が悪い。
「どうしよう志摩」
「ほっときなよ、いつもの事だから」
志摩は空になったペットボトルや空いた袋をまとめながら答える。
素っ気ない志摩の言葉に俺は戸惑いながら、小さく溜め息をついた。
案の定十勝はテーブルの上に突っ伏し、気持ち良さそうに寝息をたて始める。
「寝るなら布団で寝ないと、風邪ひくって。十勝君、十勝君」
俺は椅子から腰を浮かせ、十勝の肩を何度か揺する。しかし、十勝は唸るばかりで一向に起きる気配はない。
椅子から立ち上がり、俺は十勝のベッドから一番暖かそうな毛布を引っ張ってくる。それを十勝の背中にかけた。
「お節介」
「そんなわけじゃ……」
志摩の言葉に、思わず俺はむっとした。
良かれと思いとった行動をそんな風に言われると、いくら志摩でも頭にくる。
拗ねたように黙り込む志摩は、周りのゴミを片付け椅子から立ち上がった。
「俺ももう寝るよ」
「……」
志摩はゴミ袋を十勝の部屋のゴミ箱に放り込みながら呟いた。
俺がなにも答えずにいると、志摩は俺の方に目を向ける。
「齋籐はどこで寝るの?」
「え?……床、とか」
志摩の問い掛けに、自分の寝床のことなんてなにも考えてなかった俺はごにょごにょと語尾を濁らせた。そんな俺を見て、志摩は目を細め小さく笑う。
「じゃあ俺と一緒に寝る?」
志摩からの誘いに、思わず俺は志摩の顔を見た。
優しい笑みを浮かべる志摩に、俺は少し考え込む。
「俺は、床でいいから」
「それじゃあ、風邪ひくかもしれないだろ?」
「でも……」
「なら、俺が床で寝るよ。齋籐は俺のベッドを使って」
突拍子のないことを言い出す志摩に、俺は眉を寄せる。
どうしてそうなるんだ。志摩は俺の反応を楽しむように、にやにやと笑う。
部屋の主が床で寝ているというのに自分だけベッドでのうのうとできるはずない。
わざわざこんなことを言い出したのも、きっと俺の性格をわかってからのことだろう。
「わかったから、一緒に寝るから、志摩はベッドで寝て」
「仕方ないなあ、齋籐がそこまで俺と寝たいっていうなら断れないし」
わざとらしい志摩の言葉に、俺は嵌められたと呟く。
どことなく嬉しそうな顔をする志摩に、俺はなにも言えなかった。
「志摩、狭いって」
「……」
「志摩」
電気を消した真っ暗な部屋。俺は志摩のベッドの中にいた。
シングルベッドに男二人は結構きつい。
腰に回される志摩の腕を退けながら、俺は寝返りすら打てずにいた。うなじに志摩のなま暖かい寝息がかかり、変に緊張してしまう。阿佐美で耐性をつけたつもりだったが、やはり慣れないものだ。
俺は体を強張らせたまま、眠れずにいた。
「……はぁ」
振り向けば、きっと志摩の顔がすぐ傍にあるだろう。
流石に男と向き合って眠るのには抵抗があった。
寝れない。こんな状況だからだろうか。それとも隣の部屋から聞こえてくる十勝のイビキが煩いからだろうか。はたまた昨日眠りすぎたせいなのだろうか。
眠気は一向にやってこない。
「……」
俺は目を瞑るが、目の前にはただ闇が広がるばかりだった。
寝る前に甘いものを食べたのが悪かったのか、妙に頭が冴えている。
眠ることを諦めた俺は、志摩を起こさないようゆっくりと体を起こせば、静かにベッドから降りた。
ピクリと志摩が反応したような気がしたが、暫くすると志摩は再び寝息を立て始める。
俺はベッドに凭れ、床の上に体操座りになって目を瞑った。もちろん、眠れるはずがない。
俺は目を閉じたまま、日が昇るのをひたすら待った。
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