天国か地獄


 24

 サイトウと別れ、病室を後にする。
 病室前のベンチには裕斗が腰を掛けて待っていた。俺が出てくるなり、動き辛そうに立ち上がる。

「一度、お前の病室に戻るか」

 聞きたいことは色々あっただろうに、俺の表情から何かを察したのだろう。そう裕斗は俺の背中を撫でる。俺は、はい、とだけ頷き返した。
 サイトウが協力してくれることになった。詳しい話は手術の日程が決まってまたサイトウに会って話すことになる。
 喜ぶべきなのだ、ここまであっさりと上手く行くなんてと手放しで喜ぶべきなのだろう。
 けれど、サイトウの言葉が耳にこびり付いて離れない。
 サイトウが俺に協力してくれるのは何にも固執していないからだ。そんなサイトウが変わろうとしたきっかけを俺が奪う。……その先にはなにもない。サイトウは今までと変わらないと言っていた。けれどその言葉の意味を知ってしまった瞬間、全てが意味が変わる。

 裕斗とともに自室へと戻る。
 そして病室の扉を開いたとき、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。無造作に伸びた黒髪。広い背中。ベッド側の椅子に腰を掛け、もぬけの殻のベッドを眺めているその人物に思わず息を飲む。

「し、おり」
「良かった、裕斗君と一緒だったんだね」

 いつからここに、と続けることはできなかった。
 ゆっくりと椅子から立ち上がった阿佐美は、俺と、その後ろにいた裕斗に顔を向ける。ひやりとした、もしかしてずっと俺を探していたのか。……サイトウの部屋に行っていたとバレてないだろうか。

「裕斗君、まだゆうき君は本調子じゃないから連れ出さないでって言ったよね?」
「暫くここにいるんだったら中案内しといた方がいいと思ってな。……それに、俺の部屋もな」

 そう、裕斗は笑う。冗談のつもりか、あまりにも笑えない。それは阿佐美も同じだ。ぴくりとも笑わない。それどころか裕斗を咎めるような空気は一層濃くなるばかりだ。

「裕斗君だって過度な運動は控えろと言われたはずだったろ」
「わかった。悪かったって。……けど、俺は大丈夫だから」

 ほらな、と手を開いて指を動かしてみせる裕斗に阿佐美は何も言わない。それどころか。

「それで、二人でどこに行ってたの?」
「言っただろ、この施設の案内を」
「……ゆうき君、俺は君に聞いてるんだよ」

 裕斗の言葉を遮り、静かに問い掛けられれば冷たい汗が背筋から流れ落ちる。

「上の階に行ってたんだよ」

 嘘ではない。裕斗の部屋も五階にあると聞いていた。
 長い前髪のせいで表情は見えないが、それでもおそらく疑われているのだろう。阿佐美に嘘を吐いて心苦しくならないわけではない。けれど、サイトウと会ったことを今このタイミングで言うべきではないというのはわかった。

「具合は?大丈夫なの?」
「ちょっと、歩き過ぎたかもしれない。少しだけ休んでもいいかな」

 そう、やんわりと一人にしてくれと言えば阿佐美も察したのだろう。少しだけ不安そうな顔して、「先生呼ぼうか?」なんて言っていたが少し横になれば治るだろうからと断った。
 それから阿佐美と裕斗は部屋を後にする。……気を遣ってくれたのだろう。裕斗とは話したいことはあったがここで裕斗だけ残るのも不審だろうと俺は裕斗にも帰ってもらった。

 ベッドの上、一人になった部屋の中。そっと腹部の傷に触れる。……痛みというよりも、熱い。俺の感情と連動してるかのように傷口は疼く。
 人一人の人生をめちゃくちゃにするほどの価値が自分にあるのだろうか。何度も問い掛ける。
 その度に脳裏に芳川会長の顔が浮かんだ。会長だけではない、裕斗だってそうだ。……俺がいなければ、俺に付き合わなければこんなことにならなかった。
 布団を頭まで被り、硬く目を瞑る。
 ……眠れるはずがなかった。俺と同じ顔をしたあの人は俺と正反対だ。……いや、違う。あれは以前の俺だ。芳川会長に捨てられたとき、俺もああだったのだ。
 ……なにもない。どうなってもよかった。
 けれど、今はそんなサイトウを踏み台にしようとしている。死にたくないと、逃げたくないとしがみついてる。
 ――また、あの人に会いに行こう。
 遅かれ早かれ阿佐美には気付かれるだろう。それでもよかった。……成り代わることができればいい。言い訳はいくらでも用意してる。抜け道も全部。
 それでも、俺にはサイトウが考えを改める方法など皆目見当もつかなかった。

 ◆ ◆ ◆

 翌朝、阿佐美の姿も裕斗の姿もなかった。
 サイドボードの上には阿佐美からの置き手紙があるだけだ。何かがあったらすぐにナースコールをすることと、万が一の緊急連絡先が書かれている。この手紙がわざわざ置かれているということは今日は来ないということか。
 阿賀松を裏切ってまで俺を匿っている阿佐美のことを考えると気が重くなる。人に嘘を吐くことは楽ではないはずだ。
 俺はメモを仕舞い、ベッドから降りようとした。
 その時、扉がノックされる。はい、と応えたとき扉が開いて裕斗が現れる。

「おはよう、齋藤。具合はどうだ?」
「俺は、大丈夫です。裕斗先輩は……」
「そうか、よかった。俺も大丈夫だ。それよりも、どこかに出かけるつもりだったのか?」
「いえその、裕斗先輩に」

 会いに行こうと思って、と言い掛けてなんだかむず痒くなってくる。
 口籠る俺に、裕斗も気付いてくれたようだ。「俺も、同じこと考えていたんだ」と裕斗は笑いながら扉を閉めた。そしてそのままベッドの側までやってきた。

「昨日は詳しく聞けなかったからな。あいつと話したこと」

 そうだ、結局昨日あのまま話せなかったのだ。
 椅子に腰を掛ける裕斗。同じようにベッドに腰を下ろす。

「っと、その前に朝飯は食ったのか?」

 どう切り出すべきか、と迷っていたとき。裕斗に問い掛けられ俺は自分が昨日からまともに食事を取っていないことを思い出した。
 いえ、と首を横に振れば裕斗は「まじか」と目を丸くする。

「それなら先に飯だな。待ってろ、用意してきてもらうから」
「あ、お、俺も……」
「大丈夫、すぐ戻ってくるから待ってろ」

 さらりと頭を撫でられれば、それ以上何も言えなくなってしまう。わざわざ裕斗を動かせるのは忍びないが、なんだか着いてくるなと言われてるみたいで余計動けなくなってしまったのだ。
 ナースコールを使うこともできたのに。それとも別口になっているのだろうか。
 思いながらも、裕斗に言われたとおり俺は大人しく待つこと数分。裕斗は戻ってきた。

「ほら言ったろ、すぐ戻ってくるって」
「裕斗先輩……どこまで行ってきたんですか?」
「このテナントビルに入ってるコンビニがあるんだよ、そこで腹に優しそうなもん選んできた」
「すみません、わざわざ」
「気にすんなよ。俺も動かねーと身体鈍るからな。それに、ここの飯はあんま食わない方がいいだろうな」

 言いながらも、サイドボードに裕斗が買ってきた食事が並べられる。固形物がまだ受け付けられないと気付いてるのか、飲み物やゼリーなども用意してくれたらしい。気遣いに心が暖かくなる反面、裕斗の口から出たその言葉に思わず動きを止めた。

「っ、それは……」
「あいつも、何かまだ腹に抱えてるみたいだからな。……けど、俺が戻ったあとでいいから一応ナースコールだけしとけ。そんで飯用意させて、食べたフリだけしとけばあいつも安心するだろ」
「……はい」
「ま、そのためには齋藤の腹満たさないといけないからな。どうだ?好きなもんあったか?」
「あ……その……」

 空腹は感じるものの、何を見ても食欲が沸くことはない。どうしても喉に物が通ると嫌な感触が蘇ってしまい、胃の奥から吐き気が込み上げてくるのだ。
 けど、どれも食べれないと我儘を言って裕斗を必要以上に心配させるようなこともしたくなかった俺は、一番近くにあったパックジュースを手に取る。

「これ……いただきます」
「ゼリーは好きじゃなかったか?」
「あ……じゃあそれも」

 そうしどろもどろ答えれば、裕斗は安心したように微笑んだ。そして、どうぞ、と俺の手に握らせるのだ。ひんやりとした感触と、熱い裕斗の指に少しだけ驚いた。

「ありがとう、ございます」
「ん、別にいいんだよ。俺も腹減ってたから」

 言いながら裕斗も自分用の朝飯を取り出す。朝からガッツリした丼系の弁当を取り出す裕斗はそのまま部屋に備え付けのレンジを使って温め出すのだ。

「あ、匂いとかは大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

 なんて会話を交えながらも軽食を取ることになる。裕斗がいるお陰だろうか、ずっと沈んでいた気分が僅かに軽くなっていくのだ。
 それから、温め終わった弁当を取り出した裕斗は再び椅子に腰を掛けた。

「いただきます、っと……どした?」
「あ、いえ……」
「ははーん、お前も食べたくなったのか?」
「そ、そうではないんですけど……」
「ん?」

 こうして裕斗が居てくれることが嬉しい、なんて言ったら重たく思われるのだろうか。
 ……いや、裕斗はそんな人ではない。それは俺が知っている。

「夢じゃないんだって、思って……」

「先輩が、いるのが」と言いながらも恥ずかしくなってくる。語尾が消え入りそうになる前に、裕斗の表情が和らいだ。そして、立ち上がった裕斗に片腕で抱き締められるのだ。

「ゆ、裕斗先輩……っ」
「どうだ?……夢じゃないだろ?」

 驚きのあまりに心臓が早鐘を打つ。
 力は弱いが、それでも俺をしっかりと抱き締めてくれる裕斗に次第に心地よさが広がっていくのだ。先の見えない不安な状況で逆立っていた神経が和らいでいくのがわかった。
 はい、と小さく応えれば、裕斗はそのままぽんぽんと俺の背中を擦って、それからゆっくりと身体を離す。裕斗は辺りを見渡し、溜息を吐いた。

「……こんな場所じゃなければな」
「……先輩?」
「いや、なんもねえよ。それより聞かせてくれよ。昨日何あったのか」

 部屋の中に充満していた甘く微睡んでいた空気が切り替わるのがわかった。俺は頷き返す。
 そして、裕斗に昨日身代わりの男――サイトウとの会話を伝えた。けれど、彼が自分の命に頓着していないということまでは言うべきか迷い、結局口にしなかった。しかし裕斗は気付いたのだろう、深く追求することなくただ「そういうことか」と頷くのだ。

「齋藤、お前あいつのこと気にしてるんだろ?」

 そして、ずばりと指摘され思わず言葉を飲む。
 責められてるわけではないとわかっても、一瞬でも自分の行いに対する生じた迷いを見透かされているようで心がざわついた。恐る恐る頷き返せば、裕斗は「通りでな」と優しく微笑むのだ。

「それで、あいつのこともどうにか救える道はないかと考えてる」
「……っ、ど、して……」
「お前の考えること、大体わかってきた。自分のことよりと人のことを考える。……そのせいで余計首を絞めていくんだろ」
「……ッ!」
「先に言っておくが俺はお前が幸せになれればそれで構わないと思ってる。それにあいつは、あの男は最初から何も固執してないからな。ぴったりの配役だと思ってる。……酷いやつだと思うか?」

 何も言うことはできなかった。
 裕斗のいう幸せとは、阿佐美の提案を受け入れるということだ。そうでなきゃ、そんな言葉は出てこない。けれどその裕斗の言葉も俺のためだと分かってるからこそ、何も言えなくなるのだ。

「まあ、これは俺の考えだからな。けど、そんなに気になるならまた会いに行ってみたらいいんじゃないか?」
「……い、いいんですか?」
「正直、心配ないわけじゃないが……気になってるんだろ?あいつのこと」

 ここまで気付かれているのなら隠すのもおかしな気がして、恐る恐る頷き返せば裕斗は微笑む。

「俺が止めても会いに行く気だったんじゃないか?」
「……っ、裕斗先輩……」
「その顔、さては図星だな。……別に止めはしねえよ、危なくなったら俺がいるし」

「それに」と伸びてきた手に頬を撫でられる。手の甲でそろりと撫でるように首筋まで指を這わされれば、くすぐったさに思わず身動いだ。

「俺がお前の立場でもそうしてただろうからな」
「……ゆ、うと……先輩……」
「…………」

 なんとなく優しい声音とは裏腹にその目は悲しそうだった。いや、後悔とも言うべきか。それでも裕斗の心が垣間見え、嬉しくも思えた。俺と同じ風に考えている裕斗にもだ。
 裕斗の言葉に背中を押され、決意する。
 ……サイトウに会いに行こう。
 何がどう変わるかは分からないが、このまま何もしないでいるのは耐えられなかった。
 五階、サイトウの病室までやってきた俺と裕斗は相変わらず面会謝絶の札が掛かったその扉の前にいた。
 この面会謝絶の札もサイトウが用意したのだろうか、それとも阿佐美か。気になるが、それよりもいざ扉を前にすると躊躇わずにはいられない。
 ……そもそも、サイトウは俺に会いたくないだろう。心配だとか余計なお世話だとか思われたら、と今更になって怖じ気づきそうになったとき。

「入らないのか?」
「……いえ」

 ……そう、全部今更なのだ。覚悟を決め、恐る恐るノックする。――反応はない。
 もしかして外室してるのだろうか。思いながら続けてノックしたとき、バタバタと足音が聞こえてくる。そして。

「っ、おい、いい加減に……」

 しろ、と開いた扉の向こうには俺と同じ顔の男がそこにいた。そして、サイトウは扉の前にいたのが俺とは思わなかったようだ。

「お前……」
「ごめんなさい……その」
「今日は俺じゃなくてこいつだ、サイトウ」
「……………………」

 笑う裕斗を睨み、サイトウは苛ついたように髪を掻き上げる。

「あのな、暇ならそっちで仲良くしてればいいだろ。……俺のことは放っておいてくれ」
「す、すみません……その……」
「ずっとここに居なきゃなんねーのも退屈だろ?だから遊びに来たんだよ」
「余計なお世話だ、帰ってくれ」

 そう、目の前の扉がピシャリと閉められた。続けて鍵を掛けられたらしい。あまりの勢いにかたりと音を立て面会謝絶の札が揺れる。

「おお、相変わらずだな」
「や、やっぱり……余計なお世話ですよね」
「ま、気にすんなよ。退屈なのはあいつも同じだからな、その内向こうから来るようになるって」

「な」と扉を叩く裕斗に、扉の向こうから『勝手に決め付けるな』とサイトウの声が響く。
 ……どうやらこちらの声まで聞こえているようだ。
 けど、ちゃんとこうして応えてくれるだけでもましなのだろう。

「す……すみません、お邪魔しました」

 そう声を掛け、俺達はサイトウの部屋の前から移動する。そして、そのまま同じ階にあるという裕斗の部屋まで来ることになった。

 ◆ ◆ ◆

 ――五階・裕斗の病室。
 俺よりも長くいるからか、裕斗の病室内は俺の部屋よりも散らかっているように見えるのは私物が多いからだろう。
 ベッドに腰を掛ける裕斗はそのまま自分の隣をぽんぽんと叩くのだ。
 齋藤、と名前を呼ばれ、恐る恐る隣に腰を掛ければ視線が近付いた。

「あの、裕斗先輩……っ?」
「なんかさ、こうして齋藤が――誰かがこの部屋にいんのって本当変な感じだよなって思って」

 そう、裕斗に頬を撫でられる。触れたがりの裕斗のことは知っていた、それでもこうして確かめるように触れられる度に胸の奥が苦しくなるのだ。

「ここでは、阿佐美しか会わなかったんですか?」
「一度、伊織のやつも来てたらしいけどな。俺は会ってねえんだよ」
「……ッ!」
「まああいつも俺の顔なんて見たくないんだろ。それでもまた病室を用意させるんだからあいつも大概だな」

 阿賀松がここに来ていた。その言葉を聞いて内心ざわめき立ったがそうだ、俺は秘密裏に入院させられたが裕斗はそうではない。元はといえば縁が阿賀松に頼み込んだと聞いた。

「裕斗先輩は、どうするんですか?」

 学園へと戻る。そのことだけを考えていたが、裕斗の話を聞いていなかった。裕斗は俺のことばかり考えてくれていたが自分のことはあまり話さない。

「俺はそうだな、お前と一緒に行くことはできないだろうし。多分、あいつのところに暫く邪魔することになるかもな」
「あいつって……?」
「サイトウだな」

 なんで、と思ったが本来ならばサイトウの位置にいるのが俺だったのだ。裕斗は最初から俺に着いてくるつもりだったということか。

「……許してくれますかね」
「どうだろうな、このことについては早めに言っておかねーとな。ま、詩織には齋藤の……お前の面倒は俺が見るって最初に詩織にも伝えてるからどっちにしろ最初は我慢してもらわねーとな」
「その後は……」
「少しやることがあってな。そっちの用事を片付けてねえと親に合わせる顔もねーしな」

 親、という言葉に脳裏に志摩の顔が過る。
 俺を刺して、実兄である裕斗までも殺そうとした志摩。裕斗は深くは言わなかったが、志摩のことと関係してるのだろう。
 志摩に会うつもりなんですか、なんて聞くことはできなかった。

「そんな心配そうな顔をするな。俺のことよりもだ。俺にとってはお前の方が心配だからな、齋藤」
「お、俺……ですか」
「本当にいいのか?これが最後のチャンスになるかもしれないんだぞ」

 別人として生きるチャンスなんて、最初から俺は望んでいない。裕斗の言葉に「はい」と頷いた。何が起こるか分からない。それでも、それが他人の流されてここまで辿り着いた俺が出した答えだった。真摯な眼差しを向けてくる裕斗を真っ直ぐ見返す。暫く俺達の間に沈黙が流れた。
 そして、やがて裕斗は息を吐いた。

「……はあ、なんかすげー……なんだろうな」
「先輩……?」
「本当……お前を止めなきゃいけないって思うのに、俺、どうかしてんな……」

 どういうことなのだろうか、と聞き返そうとしたときだった。こちら側に身体を向けた裕斗にそのまま抱き締められる。背中に回るがっしりとした腕は負担がかからないよう、それでもしっかりと俺の身体を抱き締めるのだ。

「ゆ……」
「危ないと思ったらすぐに逃げろ。……それと、これは詩織にも言われるだろうけど学園ではあまり喋るな。声ばかりはどうにもならないからな、喋っただけで本物だと思われる可能性もある」
「はい」
「お前は、齋藤佑樹じゃなくなる。お前を演じる他人を演じなきゃならない」
「……はい」
「……事が落ち着くまでの辛抱だ。それまで、伊織と詩織だけには隠し抜いてくれ」

 それが出来なければ、今度こそ未来はないだろう。
 裕斗は口には出さなかったが、暗にそう言ってるのがわかった。
 志摩も縁も栫井もいない……あとは阿賀松伊織が学園から居なくなれば。口の中で繰り返す。
 そうすれば、芳川会長の望んだ平穏な学園が取り戻されるのだろうか。

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