天国か地獄


 02※

 気づけば窓の外はとっくに明るくなっていた。
 汗で濡れた体を洗い流すことも許されないまま、俺は裕斗の腕の中に捕まっていた。満足したのか、人を抱き枕か何かのように抱きしめたまま眠る裕斗。服ぐらい着させてほしかったが、がっちりと胸元に回された腕は離れそうにない。
 それにしても、気持ち良さそうに眠ってる。イビキ掻いて眠る裕斗に一周回って微笑ましくすら思える。
 奇妙な関係だと思う。
 裕斗に抱かれてるときは何も考えられなくなるのに、終わったあとは毎回虚しさを覚えていた。けど、今は。

「……先輩」

 そっと名前を呼ぶが、反応はない。すやすやと眠ってる裕斗の方に体を向け、俺はその寝顔を眺めていた。
 本当に、マイペースというか……よくこうも俺に対し無防備な姿を晒せれるわけだ。
 ……信じてる、と裕斗は言った。それは本当なのだとわかったからこそ、俺も安心することができた。
 恐る恐る裕斗に体を寄せる。温かい。心臓の音が伝わってくる。……ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
 そんなこと無理だと思っていても、願わずにはいられない。わかっていた、全部、現実逃避に過ぎない。
 目を閉じて、今はこの時間に浸っていたかった。そう長くは続かない時間だ。だからこそ、今だけは。

 起きない裕斗を確認し、俺はその唇に自分の唇を重ねる。その柔らかい感触が触れたほんの一瞬、裕斗がピクリと反応したような気がした。慌てて唇を離すが、裕斗は目を覚まさない。……どうやらまだ眠ってるらしい。
 俺は自分がとった行動を後悔し、そして再度裕斗に背中を向けて目を瞑る。……もう少し、俺も眠ろう。

 ◆ ◆ ◆

 次に目を覚ましたとき、手探りで裕斗を探せばすぐにその手を握り締められる。指を絡められ、驚いて目を開けばそこにはこちらを見ていた裕斗がいて。

「お……はよう、ございます……」
「ああ、おはよう」

 そうにっこりと笑った裕斗は俺を抱き締める。前髪越しに額に押し付けられる唇の感触がこそばゆくて、それでも振り払う気にもなれなくて俺は暫く裕斗にされるがままになっていた。が、起き上がる気配もなく、それどころか足を絡め取られ、何気なく背中へと回される手の感触に驚いて「先輩」と顔を上げれば、「ん?」といつもの悪意のない笑顔。

「ぁ、あの……そろそろ、起きないと……」
「ああ、そうだな。……けど、もう少し」
「っ、先輩……」

 すり、と指と指の間、その谷間を撫でられればそれだけで昨夜の行為を思い出し、全身の血が沸く。
「なあ、齋藤」と裕斗に呼ばれ、耳を撫でられれば、それだけで体が反応してしまうのだ。はい、と声を絞り出せば、裕斗は俺の手を握り締めるのだ。

「もう少し……このままでもいいか」
「……っ、先輩……?」

 珍しい、わけではない。けれど、なんとなく俺を見る裕斗の目が普段とは違うような気がして違和感を覚えた。
 そんな風に甘えられて俺が断れないとわかっていてこういう真似をするのだ。……怖い人だと思う。俺は、答える代わりにその手を握りしめる。裕斗の目が細められる。近付く唇に俺は目を瞑った。
 なんとなく、落ち着かなかった。裕斗の目、裕斗の声、昨日の今日だ。今まで通りでいろと言う方が難しいだろう。俺は裕斗を裏切って、裕斗は俺を許してくれた。

「っ、ん、ぅ……っ」

 キスして、触れて、抱き締められて、名前を呼ばれる。
 してることはいつもと変わらないはずなのに、何故だろうか、違和感を覚える。髪を撫でる指先に、やけに優しい声に、その目に、心が引っかかる。

「ゆ、うと……先輩……っそろそろ……」

 起きないと。今が何時かはわからないが、とっくに窓の外は日が登っている。そう、唇を離せば、裕斗の目が細められた。

「……ん、そうか……そんな時間か」

 その一言に、なんとなく心が反応する。まただ。小さな棘のような違和感がちくちくと刺激するのだ。渋々といった様子だが俺から離れる裕斗に内心ほっとする。
 このまままたスイッチ入れられてはベッドから降りるのがいつになるかはわからなくなる。今の内に、と俺は裕斗の腕から逃げるようにベッドを降りた。腰が痺れるように痛み、違和感の残った腹の奥どろりとしたものを感じた。……そうだ、昨日、そのまま寝たのだった。思わず立ち止まる俺に、続くように立ち上がった裕斗は「どうした?」とこちらを覗き込んでくる。腰を撫でられたとき、思わず「ぁっ」と小さな声が漏れた。瞬間、裕斗の目の色が変わる。しまった、と口を塞いだときには遅い。

「……悪い、昨日ちゃんとしてやれなかったな」
「ぁ、あの、大丈夫……ですから、俺は……」
「体壊したら元も子もないだろ。風呂行くぞ」

「綺麗にしないとな」そう静かに続ける裕斗に、粘りつくようなその目に、俺は何も言えなかった。腰を抱く手に力が入る。断ろうと思えば断れたのだろう。けれど、俺にはそれができなかった。
 後ろめたさ?後悔?罪悪感?……或いはその全部か。
 体を綺麗にするだけでは終わらないだろう、わかってて俺は裕斗についていくことしかできなかった。
 わかっていた。裕斗を部屋に招き入れることがどういうことかくらい。理解していたしある程度覚悟していた。 
 泡のついた体を撫でられ、平らな上半身を撫で上げられればそれだけで散々嬲られた体は反応してしまうのだ。

「ゆ、うと先輩……っ、も……」
「……悪い、お前が可愛すぎて自制利かなくなる」
「っ、ん……ぅ……っ」
「齋藤、もう少しだけ……いいか、このまま」

 切羽詰まった声、背中から感じる裕斗の肌、お尻に当たる痛ましいほど勃起したその感触に息を呑む。……これ以上は、保たない。わかってても、逆上せきった頭の中、判断力すら残っていない。声に出すのも憚れた。恐る恐る頷き返せば、ソープを絡めた裕斗の手が下腹部に伸びる。ぬめるように体に触れる指先に、濡れた音が響く。タオルで隠しても隠しきれない、勃起し始めたそこを指でなぞられるだけで息が漏れた。

「っ、は……ぁ……ッ、ん……」

 項を舐められ、耳を噛まれ、キスを強請るように頬に唇を押し付けられ、裕斗の方を振り向けば噛み付くように唇を重ねられる。タオルを剥ぎ取るように腿を開かされ、その奥、すっかり解された肛門を指でぐるりと撫でられたらそれだけで反応して口を開きそうになるのだ。先程まで散々咥えさせられていたにも関わらず、性懲りなく反応する自分の体がただ浅ましく思えて恥ずかしかった。

「っ、ん……っ、ぅ……っ」

 少し力を加えただけで、裕斗の太い指先はぐぷ、と音を立て埋まる。声を抑えることで精一杯だった。浮きそうになる腰を押さえつけられたまま、体内へと入ってくる指に、その関節の凸部分が中を掠めるだけで全身が溶けるかの如く一層熱を持ち出す。

「……っ、は……お前の中は熱いな、齋藤」
「っ、は……ん……ッ」
「唇を噛むな。……声、聞かせろよ」

 濡れた髪を掻き上げれ、唇を舐められる。裕斗は、声を聞きたがる。楽しいのか俺にはわからないが、それでもくにくにと膨れた前立腺を指先が刺激するだけでじんと熱は増し、「ぁ」と出したくもない声が出てしまうのだ。満足げに笑うように息を漏らした裕斗は、そのまま俺の足を抱き上げ、更に奥まで指を挿入させる。ぢゅぷ、ぐちゅ、と聞きたくもない音を立て中を丹念に現れる。長時間の挿入で摩擦され、腫れ上がった内壁を指先で優しく撫でるように愛撫され、全身が震えた。呼吸が浅くなり、濡れた性器からは別の分泌液が垂れる。

「は……ぁ、う……っ、ん……ッ」
「齋藤、ここ撫でられるの好きだよな」
「っ、ふ、ぅ……ッ!ぁ、や、……っ、抜……ッ、ぃ……ッ」

 抜いてください、という言葉は声にならなかった。臍の裏側を二本の指で撫でられればそれだけで脳が蕩けそうなほど熱が増し、全身から力が抜けそうになる。背後の裕斗に凭れかかれば、裕斗は嬉しそうに笑うのだ。「可愛い声だな」と、必死に逃れようとする体を抱き込み、更に深く刺激してくる。それだけで全身からは滝のような汗が滲み、びくびくと内腿が痙攣した。痛いほど勃起した性器に視線を向け、裕斗は俺を宥めるように唇を落とす。そして、ひくひくと口を開くそこを左右に押し広げるように指を動かし、勃起した自身を開いた肛門へと押し付けるのだ。

「ぁ……っ、ぁ、待……っ先輩……っ」

 肉輪を更に押し拡げるように押し付けられる亀頭部分に、その圧迫感に息を飲む。溺れる。感覚に支配される。滲む汗、指先の震えまでどうすることはできなかった。裕斗先輩、ともう一度その名前を呼ぼうとした時、裕斗の手のひらに体を抱き締められた。かかる体重に、埋まる異物感に、貫かれる衝撃。汗が流れる。声は出なかった。

「……っ、悪い、なんか言ったか?」

 根本まで一気に飲み込んだ性器に、焼けるように熱くなる結合部。散々解されていたお陰で痛みはない。けれど、あの太さも長さもある性器を挿入させれて無事でいられるほど俺の体も丈夫ではない。腹の奥までみっちりと詰まった性器の感覚に、目の前が赤く点滅する。俺は、声を出すこともできなくて、石のように固くなる体。裕斗はゆっくりと腰を動かし出すのだ。
 浅い位置を亀頭で擦るように腰を動かされ、硬く勃起したそれに隈なく舐られる。痺れるような、毒にも似た快感が恐ろしくてそれから逃れようとすれば裕斗に手首を掴まれ、ぐ、と奥まで挿入されるのだ。

「っ、齋藤……っ」
「ッ、ひ……ッぅ、……っ」
「苦しいか?……っ、悪い、もう少し……すぐ済ませるから……っ」

 ああ、ずるい。ずるい、この人は。そんな風に気遣われたら、本当に愛されてるような錯覚に陥ってしまう。腰を動かす都度、腹の奥で品のない水音が響く。満たされるのだ、好きでもないセックスで、女みたいに犯されて。
 苦しいのに、触れられた箇所が甘く疼く。熱くて、酷く泣きそうだった。何度も唇を重ねる。それだけで下腹部に力が入り、裕斗のものを締め付ける。器用な真似なんてできないのに、俺が応えるのが嬉しいのか裕斗はただ何も言わずに舌を絡め、腰を動かした。ガッチリと抱き込む腕はちょっとやそっとじゃ離れそうにない。下から突き上げられ、腹の奥を何度も突き上げられる。ピストンを繰り返す程耳を塞ぎたくなるような音は大きくなり、硬度を増す。気持ちいい、頭がぼうっとして、まるでまだ夢を見てるみたいだった。逆上せてるのだろう、汗が止まらない。それでも、俺達は言葉もなくただ情交に耽るのだ。
 サウナ状態の風呂の中、ただ俺達はお互いの体を貪り合うのだ。膨れる腹部、ドクドクと脈打つ鼓動が大きくなり、やがて重なる。不毛で、非生産的。わかっていても、止められなかった。次第にピストンの間隔は短くなり、腹の中を出入りする裕斗のものがもう限界が近いのはわかっていた。はちきれんばかりに勃起したそれを受け入れることしかできなかった。

「っ、は……ッん、ふ、ぅ……ッ!」
「っ、齋藤……」

 好きだ、と、裕斗は言わない。その代わり、熱を孕んだ目で俺を見るのだ。……なんて顔をしてるのだ、この人は。お預けをされる犬のような、目。……本当に、ずるい人だ。俺は、裕斗の手を握り返した。裕斗が達するのにそう時間はかからなかった。引き抜かれた性器、下腹部に精液を浴びながら、俺はその熱の余韻に浸って暫く動くことはできなかった。

 home 
bookmark
←back