天国か地獄


 40※

 裕斗とセックスをした。それも、俺から誘って。

「っぅ、ぅうう……ッ」

 腰を掴まれ、みちみちと体内に入ってくる久しぶりの性器の感触に堪らず声が漏れる。
 焼けるように熱く、裂傷の収まりかけていたそこが再び開くのが肌でわかった。それでも、その痛みすら俺の体を焚きつける興奮剤になるのだ。
 壁にしがみつく。そうでもしなければ床に崩れ落ちそうになるのだ。
 腹の中がゆっくりと満たされていくたびに声が漏れ、腰が揺れた。それをがっしりと掴んだまま、裕斗はあくまでゆっくりと腰を進めるのだ。
 労ってるつもりなのだろうか。乱暴に突き上げられるよりも恥ずかしくて、ねっとりと犯されてる感が強く、余計恥ずかしかった。
 犬のように浅くなる呼吸に、震える胸を撫でられ、体を抱き起こされる。そして、裕斗はゆっくりと挿入しながら、俺にキスをした。

「っ、ん……っ、ぅ……ふ……ぅ……っ」

 濡れた音が響く。腰が痙攣し、そこを押さえつけられたまま挿入を続けられる。無意識に開く足の間、勃起した性器が反り返ったまま震える。
 内側から押し広げられ、次第に腹の中が膨らんでいく感覚が強まっていく。くちゅくちゅと絡み合う舌、意識があっちこっちにいってしまい、複数の箇所から与えられる熱と快楽に目が回りそうだった。

「っ、ん、ぅ……っ」

 身を攀じるが、固定された体はびくともしない。首を軽く抑えられ、唇を更に深く貪られたとき、お尻に腰が当たる感触がした。腹の奥までパンパンに詰まったその肉の感触に全部入ったのだとわかった。
 全身が甘く痺れ、指先一つ動かすことが出来なかった。

「……齋藤、痛くないか?」

 耳元で囁かれ、背筋がぞくりと震えた。確認するように脇腹から胸元を撫でられ、奥歯が震える。首を横に振れば、裕斗は返事の代わりに腰を動かし始めた。

「っ、ぁ……はぁ……っ」

 ずっと内側を擦るようにゆっくりと引き抜かれる性器に、出したくもない甘い声が溢れ出る。そしてそのまま再度奥まで肉質のあるそれを捩じ込まれれば、「ぁあっ」と自分のものとは思えない声が漏れた。
 咄嗟に自分の口を抑えるが、遅かった。
 裕斗に手首を掴まれ、口から手を離される。
 そして、再度ピストンを開始させた。

「あっ、ぁ……っ、ぁ、……んひ、ゆ……と、せ、んぱ、ぁ……っ」

 裕斗に抱かれるのは恐ろしく気持ちいい。
 恐らくそれは罪悪感やこの状況によるものもあるのだろうが、痛みの伴っていない行為に慣れていない俺にとって純正の快感はあまりにも強すぎて。
 無意識の内に裕斗にしがみついていた。リズミカルに打ち付けられる腰に、内壁を犯されるその刺激に、裕斗に抱かれてるという事実に、どうにかなりそうだった。

「っ、ん、ふ……っ、ぅ……」

 唇を重ねる。舌を絡め、更に深く唇を交わす。
 いけないことをしてる自覚はあった。それでも、会長のために。そう思っていたのに、いつの間にか俺は裕斗のことしか考えられなくなっていた。

 淫乱だと会長が冷たい目で吐き捨てる声が聞こえた。
 そんなことはない。これは全部フリで、演技で、仕方なかったんだ。そう思うのに、驚くほどの量溢れ出す先走りは性器から溢れ足元に水溜りをつくるのだ。

 その内、何も考えられなくなった。
 ここがどこだというのも、相手が誰なのかというのも、自分が何をしてるのかもだ。
 ただ気持ちいいという単語に塗り潰され、何も考えられなくて、気付いたときには俺は志摩のベッドの上で倒れていた。開きっぱなしになった下腹部は力を入れても閉じる感覚がなかった。中でヌルヌルとした感覚が残っているようだった。
 裕斗の姿はない。無断に借りたシャワー室で俺の後処理を行った裕斗は俺をベッドに寝かせ、そして、今度は一人でシャワーを浴びに行っていたのだ。
 気分は最悪だ。
 ……行為自体は気持ちよかった。
 俺の体を労るように大事に抱かれて、わけがわからないくらい何度も射精してしまったし最後の方は精液すら出なかったほどだ。
 けれど行為自体が終わったあと、冷静になった頭に残ったのは罪悪感だった。
 シャワールールが開く音がして緊張する。
 寝たふりをしようと思ったが、部屋に入ってくる裕斗の気配に反応してしまったお陰でそれは失敗に終わった。

「具合は?大丈夫か?」
「……は、はい……」

 完全に風呂上がり、下着だけを身に着けタオルを首から下げた裕斗はそれで滴る水滴を拭う。
 目のやり場に困る……。この体に抱かれておいて今更ではあるが、明るい場所でこうして見るのとではわけが違う。
 入院してたというが、全然そんな印象を受けない。リハビリで鍛え直したのかもしれない、均等の取れた筋肉に健康的な肌の色、けれど。

「なんか飲むか?って……そうだ、ここ亮太たちの部屋だっけか。まあいいや、少しくらいならいいだろ」

 言いながら勝手に志摩の冷蔵庫を開ける裕斗。
 こちらに向けたその広い背中、そして右足の太腿に太い傷があるのを見て息を飲む。
 行為中はそれどころではなくて気付かなかったが、もしかして負担を掛けてしまったのではないか。今更そんな心配をせずにはいられなかった。
 対する裕斗は全く痛がる素振りもなく、冷蔵庫を漁って中のジュースを取り出す。そのキャップを当たり前のように開き、飲む。そして、それを俺に渡した。 
 絶対、志摩怒るだろうな。怒るどころではないだろう。
 けど、もう今となっては後の祭りだ。
 俺はそれを受け取ったまま、サイドボードに置く。
 起き上がろうとすれば、裕斗がベッドに腰を掛けてくる。

 距離を詰められ、条件反射で心臓がバクバクと騒ぎ出す。
 裕斗は、何も気にしてないのだろうか。平気なのだろうか。ムカついてないのだろうか。
 どんな顔をして裕斗と向き合えばいいのかわからなくて俯いてると、裕斗がこちらを向いた。

「それで、満足したのか?」

 なにが、というのはすぐにわかった。
 わかったからこそ余計恥ずかしくなって、息を飲む。かおが、熱くなり、目の前が赤くなった。
 覗き込むように見詰められ、動けなくなる。

 まるで駄々を捏ねる子供をあやすような優しい声だった。
 俺は、どうすることもできなくて、裕斗の手を握り締めた。もっと、自然に躱すことができればいいのに。上手く誘うこともできない。

「…………っ」

 重ねるというよりも触れることしかできない俺の手のひらを逆に握り締められ、ぎょっとする。
 骨太の熱い指に拳を包み込まれ、撫でられる。息が詰まる。顔を上げれば、裕斗と至近距離で視線がぶつかった。

「……っ、は……」

 いけないことをしてる自覚はあった。
 これは、あくまでもフリである。裕斗に印象づけするために、そう、だからこれは俺の本心ではない。
 自分に言い聞かせながら、俺と裕斗はどちらともなく唇を重ねた。触れるだけのキスは次第に激しくなり、離れられなくなる。
 握りしめられた手から伝わる熱に、鼓動に、浮かされる。
 シャンプーの匂いがする。濡れた指は余計吸い付くようで。

「……っ、ん、ぅ……」

 背中に回される腕に抱き寄せられ、背筋を撫であげられればそれだけで先刻の行為の熱が呼び起こされるのだ。
 駄目なのに、いけないのに。

「っ、も、っと……きす……」

 離れる裕斗の腕を掴み、そう口にすれば裕斗は答えるよりも先に俺の頭を掴んだ。唇を重ねられ、ふやけるくらいキスして、さっきまでしんどいと思っていた体の痛みもどうでもよくなるほどだった。

 けれど。
 裕斗の唇が離れる。咥えさせられていた太い舌が引き抜かれ、口の中、すっぽりと開いた咥内に一抹の口寂しさを覚えたとき。

「……齋藤、お前今日は俺の部屋に泊まれ」

 ゾクリと、腹の奥から嫌なものが込み上げてくる。
 向けられる目に、その奥に孕んだ熱に、腰を撫で上げる掌に、俺は何も考えることもできないままただ頷いた。
 成功したのか、分からない。それでも、服に着替えた裕斗を待って、部屋を出る。そこで志摩と出くわしたらどうしようなんて気にしていたが、現状はもっと最悪なものだった。

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