天国か地獄


 16.5

(???視点)

「っ、クソ、やられた……ッ!!」

 聞こえてくる怒声。何事かと思い、全身を動かしてそちらに目を向ける。そこにいたのは八木夏生。現・風紀委員長だ。

「……」
「おい、方人さん……いや、縁方人見てないよな」
「……ここ数日は見ていないけれど」

 答えれば、八木は苛ついたように「あークソッ!」と髪をぐしゃぐしゃに掻き毟る。ただならぬ様子に気になって「どうかしたの?」と尋ねれば、八木は少しだけ渋った後に「実は」と口を開いた。
 八木の話を纏めると、どうやら八木がいない間に縁方人が風紀室で八木の机を漁っていたようだ。
 そこには数人の生徒もいたにも関わらず、誰も咎めなかった。縁方人は「八木から頼まれて取りに来たんだ」といけしゃあしゃあと口にしたらしい。
 そして現在、何も知らない八木が風紀室にやってきたときには既に引き出しの中は空になっていた。

「その盗られたのって、大切なものだったの?」
「大切も何も、下手に漏洩でもしたら俺の首が飛ぶレベルだよ。……電話しても出ねーし、どこ探しても見つかんねえし……」
「あっちゃんには言ったの?そのこと」
「言っ……言ったら、まじで殺される……ッ」

 ……どうやら只事ではないようだ。
 青褪める八木に、少しだけ考える。どうして方人さんがそんな真似をしたのか。それも、人前に出て。姑息なあの人のことだ、人目を盗んだり欺いたりは朝飯前だろう。
 敢えてその痕跡を残した理由は、見せつけるためか。お前を裏切ると、煽ったつもりだったのか。

「夏生、お前はそれを取り返すのが目的なの?それとも、縁方人に会いたいの?」
「その両方だよ」
「そう、できるだけ善処するよ」
「……っ、詩織?」
「少し、席を外すよ。あっちゃんが戻ってきたら、散歩に言ってるって伝えて」

「それと、盗まれたこと、まだあっちゃんに言っちゃダメだよ。失くなったと決まったわけではないし、あまり大事にするのはよくない」約束だよ、と念を押す。こうでも言わなければ嘘がつけない八木は罪悪感に駆られ、ポロポロと口にしてしまうからだ。八木は変な顔をしてコクコクと頷く。本当に分かったのかは不安だが、このまま監視してる暇はなさそうだ。

 肩周りのギプスにはまだ慣れそうにない。比較的痛みは和らいだが、動けばその振動が伝わり、鈍い痛みが上半身に走る。当初はろくに腕が動かず不便な思いをしたが、大分この痛みと不自由感にも慣れた。
 ……縁方人。あの人の考えることは想像つく。
 数週間前、ゆうき君との性行為の映像を生徒会室のPCに流してくれと頼んできたときのことを思い出す。恐らく芳川知憲を煽って内部分裂させるつもりなのだろうが、どこまでが本気なのか。
 正直縁方人のことを許せるわけがない。が、貸しを作ってしまった今あくまでこの立ち位置でいるしかないのだ。自業自得ではあるが、相手を間違ったなと今更後悔しても遅い。
 共有スペースを出て、携帯端末を取り出した。時間は午前11時20分。連絡先から縁方人の名前を探す。すぐに見つかった。電話を掛ければ、何コールかを繰り返したあとに方人さんは出た。

『よ、久し振りだな。元気か?』
「……方人さん、今どこにいるの?」
『どこって、どこだと思う?当ててみろよ』

 今遊んでる場合ではないのだが、縁方人の様子は相変わらずだ。付き合うつもりはなかったが、縁方人の音声がどこか変なことに気づく。エンジンの音。篭ったような音声。

「……車の中?」
『そ、丁度エンジン掛けたところ。車の中って焼けそうなくらい暑いのな。やんなるよ』
「方人さん……時間がないから単刀直入に聞くけど、方人さんはまだあっちゃんの味方なの?」

 長話よりも手っ取り早く、確かめたかった。
 その言葉に、電波の向こう側の空気が微かに静まり返った、気がした。沈黙の末、縁方人は「さあ、どうだろう」と笑う。俺は、通話を切った。その反応は判断するのに充分だった。
 端末を仕舞い、自室へと向かう。確認しなければならないことは色々ある。伊織には完治するまではあまり動くなと言われていたが、そんなに悠長に待ってられる暇はないはずだ。それは、伊織自身も頭で理解してるに違いない。
 一人になるのは危ないだとか散々言われ、誰かしらがいる共有スペースになるべくいるようにしていたのだが俺からしてみれば第三者がいる環境の方が危険だと思えて仕方ないのだ。冷房の入っていない、噎せ返るような熱の篭った部屋の中。俺は速攻で冷房をつけ、ソファーチェアに腰を沈める。スリープモードにしていたPCを開く。
 画面に並ぶフォルダの中から、無記名のフォルダを開いた。
 そして、画面には無数の映像が写し出される。
 それは見覚えのある教室の前で、昼休み前、授業中である現在そこに映る人影はない。
 ライブストリーミング中のそれを一時停止し、設定と時間を変更した。そして、一つの映像を画面いっぱいに表示する。
 朝、縁方人が風紀室に訪れたという時間帯。
 その数分前に時間を設定し、現れた青髪の男を監視する。この学園中に仕掛けられたカメラの映像を追えば、たかだか一人の行動の把握は容易い。
 それはリアルタイム、今どこで何をしようとしてるかまでたどり着くことだって。
 24倍速で遡る映像を目で追うする。冷蔵庫に入っていたミルクティーを片手に、それを眺めていた。
 いくつものカメラを跨ぎ、辿った日付は昨日までも遡る。映像の中、一人の腕を引っ張るようにとある通路から現れた縁方人を見て、映像を止めた。
 実物のカメラの映像を引き伸ばしてるそれは決して鮮明とは言い難い。けれど、それが誰なのか判断できるくらいは可能だ。
 ……芳川知憲。間違いない。謹慎を食らっていた芳川知憲と接触していたのだ、縁方人は。
 途中胸倉を掴まれていたが、二人がすぐにその場で別れることはなかった。
 これは、氷山の一角か。この人の行動を掘り返せばまだまだ出てきそうだ。……問題はその時間が間に合うのかだが。時計を一瞥する。いつの間にかに正午を回っており、部屋の中はキンキンに冷えていた。
 引き続き、時間を巻き戻す。昨夜の午前。縁方人はある人物と出会っていた。それは、予想通りでもあった。
 荒い画質でも分かるほどの赤い髪。あっちゃん、阿賀松伊織だ。

 学園敷地内、駐車スペース。
 縁方人は阿賀松伊織と何か話していた。
 つい昨夜、あっちゃんは、縁方人とは会っていないと言っていた。連絡がないとも言っていた。嘘だったのか。だが、正直その嘘は些細なものだ。
 問題は、この時の縁方人と阿賀松伊織のやり取りの内容だ。人目を盗んで会話している二人だが、いつものような和やかな空気は感じない。笑みがないのだ。内容は想像つく。方人さんのことだ。おそらく、いや、十中八九志摩裕斗のことだろう。
 一度、あっちゃんにも聞いてみるべきか。縁方人本人に聞いたところで、本当のことは言わないだろう。
 それに、俺も信じる気にはなれない。
 それから何日か遡ってみたが、縁は数日学園から姿を消していたようだ。どのカメラにも写っておらず、もしかしたらカメラの死角を狙ったのかもしれないが、だとしたら何故あっちゃんとの密会はカメラに収まるような場所を選んだのか。
 俺がこの映像を見ることを踏んだ上か?だとしたら、相変わらず食えない男だ。俺は、一週間程遡ったところでカメラの映像を停止した。続きはまた後でにしよう。
 震える端末。阿賀松伊織からの着信を受け取ったそれを手に、俺はミルクティーで喉を潤した。

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